第096話 渚さんとボンジュール熊谷
そして一行は進んでいく。コウノスエリアを越え、先にあるのはクマガヤエリア。とはいえ、その光景はいつもと変わらぬものだ。
『ここがクマガヤ……』
そこは本当になんの変哲もない、岩がゴロゴロと転がる瘴気に覆われた砂漠であった。渚の脳内では熊谷は暑いという謎の知識が浮かび上がっているのだが、残念ながら、隆起している岩があまり多くはないという以外にクキシティ周辺との違いはあまりない。
『ここら辺には町とか村はないんだよな?』
『コウノスにいけばあるが、圏境付近は瘴気の濃度が高いからな。それに機械獣も出やすい。人が住むにはちと厳しいところさ』
ルークの言葉に渚が首を傾げる。
『圏境付近って……埼玉って別に丸いわけじゃないよな。なんで瘴気もそこで止まってるんだ?』
『浄化物質のナノマシンは恐らく埼玉圏を囲むように設定されているんだろう。だからかつて存在した国の地方のひとつの境がそのまま瘴気の区切りになっているんだ。浄化物質はただの有害なものではないし、一種のシェルターだからね』
『シェルターねえ。だったら俺らにもう少し住みやすくして欲しかったんだがなぁ』
『浄化物質を散布した人間は、地上に人が住むことを想定してなかったんだろう』
ルークの問いにミケがそう返す。
『恐らくではあるけどね。元々地上には出ずにアンダーシティの中だけで生きることを前提にしていたんだと思うよ。浄化物質で膜を作り、さらに地下に隠れて過ごせば、黒雨の影響も最小限で済む。地下都市が離れているのも通信網が少ないのも黒雨対策だろう。隔離がしやすいからね』
『通信も駄目なんだっけ?』
『うん。構成情報とナノマシンプラントがあれば、黒雨は自分をその場で生成できる。黒雨は人間を殺すためだけに作られたナノマシンだけど、種そのものを抹殺するために作られている。広域で情報をやり取りできる技術を編み出してきたから人間は発達してきた。それを利用して黒雨は広がるし、浄化物質はそれを防ぐための壁なんだよ』
『厄介だな』
ルークのため息交じりの言葉に『まったくだね』とミケが返す。
『黒雨は今よりも、僕が製造された頃よりも、高度な文明があったときに生み出された技術だ。それを覆すのは容易なことじゃない』
『本当に厄介な話だよ。む、今右のほうで何か動かなかったか?』
ルークが己のマシンアイを動かしながらそう口にすると映像データを見直したミケが頷いた。
『確かに動体反応はこちらでも感知した。機械獣が来ている。みんな、戦闘準備だ』
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『四本足の獣タイプ? スケイルドッグか?』
車内にいたリンダを呼び出して戦闘態勢になった渚が迫る機械獣を見て、そう口にする。すでに近付きつつある機械獣は、確かに渚の指摘の通りにスケイルドッグに似ていた。けれども、ルークが首を横に振る。
『いいや。ありゃあ、似ているが高速機動が得意なソニックジャガーだ。ここも圏境付近だからな。ちょっと手強いのも出てくるんだよ』
その言葉にリンダがやや伏し目がちに挙手する。
『あ、あのルーク。終わったらちょっと試したいことがありますがよろしいですか?』
『いいが、戦闘後のことなら今は戦いに集中しろ。来るぞ。連携はしないが、単体の性能は高い個体だ』
『任せろっての。そんじゃ先行くぜ』
そう言って渚が一輪バイクのアクセルを噴かして突進していく。
その渚のバイクのタイヤの左右には今はそれぞれライオットシールドが装着されていて、後部にはグレネードランチャー、ショットガン、アイテールチェーンソーが積まれ、渚専用の戦闘バイクと化している。
『渚。広域スキャナーの情報が届いたけど、離れ過ぎると接続が切れるからね』
『分かってるっての』
ミケの言葉に渚がそう返した。
ダンジョン・アゲオアンダーシティで発見した広域スキャナーは今ビークルに設置され中距離の敵の索敵を行っている。瘴気内ではそれ以上の範囲は調べられないが、岩場に隠れた相手などにも有効であり、センサーヘッドによって中距離でならば瘴気の中でも渚たちに情報が届けられるのだ。
『で、あれか。確かに速いな』
渚が接近してくるソニックジャガーを見ながら、そう口にする。
『渚、バイクの操作は僕がやる』
『できんのか?』
『岩場の上をポンポン飛び回るような曲芸は君じゃないと無理だけどね。まあ普通に動かす分には問題ないよ』
そう言いながらミケがマシンアームからコードを伸ばしてバイクと接続し操縦を変わると、渚はライフル銃を構えてソニックジャガーに対して引き金を弾いた。
『うわ、外したか』
一発目は見事に避けられた。弾道予測線と移動予測の双方で確認したのだが、急加速したソニックジャガーはチップの予測を超えた動きを見せたようだった。またわずかに背から緑の炎が見えたことから、小型のブースターが装備されているタイプのようだと理解したミケは今の状況を解析して予測を再計算し始める。
『ブースター付きか。渚、今の加速を情報に追加した。次はいける』
『了解。けどミケ……バイクはオートに。近いし突っ込むわ!』
渚はライフル銃を手放しショットガンとアイテールチェーンソーを持つと、すでに近距離まで接近していたソニックジャガーの一体へとバイクからジャンプして飛びかかった。
『散弾ならどうよ』
『駄目だ。避けた』
ほぼ至近距離で撃ったショットガンだが、ソニックジャガーはそれすらも避ける。だが渚もそこまで読んでいた。
『甘いっての』
そして渚が避けたソニックジャガーへとアイテールチェーンソーを振るって、上半身と下半身を斬り離す。
『よくやったね渚。残り二体』
『いや、一体だ』
その渚の言葉と共に、迫ってきていた一体のソニックジャガーの頭部が弾け飛んだ。それがルークの狙撃銃によるものなのは言うまでもないことだ。そして残り一体だが……渚が動く前に砲弾を受けて砂漠をゴロゴロと転がっていく姿が見えた。
『転んだ? ああ、ありゃリンダの捕縛弾か』
『けど、倒せたわけじゃあない。さっさとトドメを』
『待ってくださいふたりとも』
すぐさまトドメに動こうとした渚に、慌ててやってきたリンダがそう声をかけた。
『なんだよ、リンダ?』
『試したいことがあると言ったでしょう』
その言葉に渚が先ほどのリンダとルークのやり取りを思い出した。
『ああ、ルークと話してたヤツか。何をしようってんだよ?』
『これ、これをちょっと使ってみたいんですわ』
そう言ってリンダが取り出したのは、スパイダーロードのコクピット内で発見した、ミケも使い方がわからなかった装置である。
【解説】
ソニックジャガー:
戦闘能力はそれほど高いわけではないが、移動速度はスケイルドッグを上回る。小型ブースターによる加速で変則的な機動を行うため、銃弾を避けて接近されやすく狩猟者たちには嫌われている。




