第053話 渚さんと雨の予感
「ふぅ、今日は全部ハズレだったな」
ビークルに戻った渚がそう言うとリンダも頷きながらソファに腰をかけた。
ルークもすでに帰還しており、ミランダとビークルにも問題はなかったようである。
成果といえるものは狩ったテクノゲーターのアイテールとパーツのみで巣の方はまだ見つかっておらず、ビークルの後ろにはテクノゲーターの装甲板とその制御装置が積まれていた。それを見ながら渚が口を開く。
「で、回収したのは電磁流体装甲だったっけ。あれって何に使うんだ?」
渚が尋ねるとルークが「アンダーシティ行きだな」と返した。
「テクノゲーターの装甲の弾丸を弾く特殊なシールドは、テクノゲーターが演算処理をしてこそ発揮されるものだ。アンダーシティでは、その装甲を砕いて摩擦係数を調整しながら研磨剤に使用するとかそんな話を聞いたことがある」
その話はリンダも知らなかったようで、渚と共に「へぇ」という顔をした。
「まあ、テクノゲーターの装甲自体は薄くてあまり強度はないんだ。対装甲弾でも装甲に対して角度が直角に近ければ簡単に貫通する。あれは、逸らしてこその効果だからな」
「実際にやってみて分かったよ。正面からだとほんと弾いて当たらないし。まあ、リンダは簡単に倒してたけど」
渚がリンダを見る。正面から低い姿勢で迫るテクノゲーターの装甲に直角で当てろというのは非常に困難だ。実際渚もライフル銃では撃ち漏らして接近を許してしまったし、最後にはショットガンやメテオファングに頼って戦わざるを得なかった。対してリンダは……というと、渚に比べて実にスムーズに狩っていたのである。
「言ったじゃありませんか。あれは得意だって。ヘルメスなら追いつかれることもありませんし、足場が良ければ一気にジャンプして上空から当てると結構簡単に倒せるんですわ」
「リンダ、そりゃお前ぐらいしかできない」
「だなあ」
リンダのマシンレッグの機動性と跳躍力は折り紙付きの性能であった。
それから渚が思い出したようにビークルの窓の外を見た。
「けど、ルークのバイクの後ろに積んであったのはテクノゲーターの装甲じゃないのか? なんか、それっぽい様に見えたけど」
外に止めてあるルークの一輪バイクには、まるでソリのようにテクノゲーターの装甲のようなものが繋がれていた。ルークはそれにテクノゲーターのパーツを乗せて持って帰ってきていたのである。
「いや、色が違うだろ。あれはテクノゲーターの上位種、ランドゲーターのものだ。装甲も強固だし、アイテールの出力装置と繋げて安定的に動かせるのは装甲板自体がオート制御を行えるランドゲーターだけなんだ」
「ランドゲーター?」
「アーマードベアに対するアーマードベアアンサーのようなものですわ」
首を傾げた渚にリンダがそう補足する。
「ああ。つまり、ボス的なヤツか?」
「まあ指揮をしている機体だから、そう考えていい。ウチらで言うとライアン局長だ」
その言葉に渚も「なるほど」と頷いた。
「ま、あっちはワニではなくゴリラだけどな。けど、今日の中にはいなかったよなリンダ?」
「ええ、倒した個体はすべてテクノゲーターでわたくしたちは八体、ルークは二体でしたわね」
「お前らちょっと狩り過ぎだ。あくまで調査だからな。戻らない数が多いと相手も警戒する」
そう言いながらルークが自分のタブレット端末をテーブルの上に置いた。その画面には今回遭遇したテクノゲーターの位置がマーキングされた地図が表示されている。
「遭遇の分布を見る限り、テクノゲーターはルートの東側に集中している。明日は範囲をその辺りに限定して三人で調べてみよう」
「分かれなくていいのか?」
「ああ、そうするには範囲が狭いからな。遭遇戦の危険も増しているし、慎重に行こう」
実際には渚たちだけだと暴れ過ぎるから……という判断も含まれていたのだが、口にしないのはルークが大人だからであった。
「そういえばさルーク。センスブースト、あんたも使えるって言ってたよな?」
それから渚が思い出したという顔でルークに尋ねた。
「ああ、俺もサイバネストでね。右の目と右の腕がマシン化してる。まあ、マシンアームは銃を固定するだけの能力しかないが、こっちは別だ」
そう言って、ルークが自分の右のこめかみをポンッと叩いた。
よく見ればルークの右目は若干だが生身のものとは違う違和感があった。とはいえ、よく見なければ分からないくらいの精巧さである。
「このマシンアイは眼爺みたいにガチガチにレーダーに特化したものとは違って視覚限定なんだが性能はそこそこでね。で、リンダには話してなかったがこいつにはセンスブーストの機能も付いてる」
「教えてもらっていませんわ。渚にも」
リンダが口をとがらせて言うと、ふたりは真顔で言葉を返した。
「聞かれなかったから」「聞かれなかったから」
「ハモってますわ。仲良しですか!?」
そのリンダの反応にルークが笑うと「まあ、簡単に話すことじゃないからな」と口にする。
「そりゃあ能力はあまり口にはしないものってのは分かっておりますけど」
「そういうことだ。とはいえ、本当に隠してるわけじゃないんだ。知ってるやつは知ってるしな。で、俺のはそう何度も使えるもんじゃないが一秒間を十倍の感覚で認識できる。腕と合わせて狙撃に特化した構成になってるわけだ」
視覚を強化した目、銃を固定する腕、さらにはセンスブーストも使用できるのだからルークの得物が狙撃銃であるのも納得であった。
『もっとも、それなら近接にも覚えはありそうだけどね。あの右腕、言う通りだけのものではないと思うよ』
ミケが渚にだけ聞こえるように口にする。それを渚にだけ聞こえるように口にしたのは何かしら意味があるのだろうと理解した渚は、特に反応せず自分も口を開いた。
「あたしのは倍率と持続時間は変えられる。持続時間は負荷によって変わるみたいだな」
「そうか。ミケもいるし制御が優秀なんだろうが、ある程度倍率は固定しておいた方が使い勝手はいいと思うぞ」
「そういうもんか。んー、今度試してみるわ」
渚の言葉にルークは頷き、それからリンダを見た。
「で、これが俺の精密射撃とナギサの早撃ちの種明かしだな」
「そんな能力もあるんですのね。知りませんでしたわ」
「まあ、強化技能の一種だ。実際に速度が出るお前に比べると地味なもんだとは思うぞ」
ルークはそう返すと話を打ち切った。
それから先は明日の行動の流れの確認であり、その後は見張りを交代しながら渚たちは眠りにつくことになった。
その翌日、今度は三人揃っての探索だ。朝早くにビークルから出た渚たちは、ハニュウルートの東側を調べ始めたのである。
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『ここもハズレか』
『いないですわね』
そして探索は続いていく。
もう昼も過ぎて五つめの候補地を調べ終えたところだが、ふたつめの候補地でテクノゲーターと接触した以外は特に成果もなかった。
そう思って落胆した渚とリンダにルークが『いや』と口を開いた。それから自分のタブレット端末を開いてふたりに見せる。
『ここまでの探索である程度の絞り込みはできてきた。ほら、見てみろ』
そう言って地図を表示させたルークの端末には、遭遇したテクノゲーターの位置と、ハズレの候補地の位置が表示されたマーカーが並んでいる。
『これは?』
『数が少ないから分かり辛いが、円形状に分布されてるだろう。基本、連中は巣の周辺では狩らないからな。となると』
『ここに巣があるってことか?』
渚がテクノゲーターを見かけていないこの場を含む空洞地帯を指差すと、ルークが『そうだ』と頷いた。
『サンプルは少ないが目安にはなる。午後はその辺りを調べていこう。それで……うん?』
話をしていたルークが急に顔を上げて東の空を見た。
その様子に渚とリンダが何事かと視線を追うと、その先は当然瘴気の霧がかかっていたのだが、若干だが薄黒く、また微妙に点滅しているようにも見えた。
『なんだ? なんかあるのか?』
『何かってお前……』
ルークが呆気にとられた顔をすると、リンダは『渚は知らないのですね』と呟いた。それからリンダがその先を指差して、渚を見た。
『ナギサ、あれはですね。黒雨というものですわ』
『黒雨?』
ナギサが首を傾げると、ミケの声が端末から響いてきた。
『リンダ、ルーク。ナギサに説明をしている時間はないと思う。今は戻ろう』
『お、おう。なんなんだ?』
『ビークルに戻ったら説明するよ。僕の想像通りのものならすぐに退避しておきたい』
その言葉に渚は首を傾げながらも従ってバイクに乗って走り出すと、獣の咆哮のような音が背後から響き渡ってきた。そして渚がビークルの元まで辿り着いたときには、その音が雷であると気付けるほどに大きくなっていて、さらには瞬く間に雷の雨が降り始めたのである。
【解説】
黒雨:
終末戦争の最後に使われた、人類だけを殺すことだけを目的としたナノマシン。
数百年が経過してなお大気中で増殖を繰り返し、地球上では例外を除いて人類が生き残れる環境は存在しない。そして、その例外のひとつが埼玉圏である。




