第311話 渚さんと複雑な関係
「ここならメットを取っても大丈夫だよ。防音もしっかりしてるしね」
ウィンドと再会した後、渚は仲間たちとは一旦別れてウィンドの案内する部屋へと訪れていた。そして部屋の中に入った渚は促されるままに猫耳ドクロメットを外すと首を振って髪を揺らす。
「んー。かぶいたメットだよね、それ」
「まあな。あたし専用に造り直されてて便利だしカッコいいし」
ドクロメットはデザインまでもお気に入りの渚さんだ。
元々高性能だったドクロメットはミケに渚が強化された際に一緒に専用のものへと改造されている。渚から直接生えている猫耳レーダーや箱庭の世界と連動することで様々な状況に対応できるようになっていた。
「それで、あたしに話ってのはなんだよウィンドさん。ここまでの報告なら別にあたしだけ呼んでする必要はないよな?」
訝しげな顔をした渚の問いにウィンドが頷く。
当初の予定であるハイアイテールジェムを返還し、クキアンダーシティにアゲオアンダーシティ復興計画委員会への協力をさせる……という目的はすでに達成している。対グリーンドラゴンに必要なものもすでに手に入れ、今はカワゴエシティ奪還のためにここまで戻ってきた。
そして、それらの報告は仲間たちに隠すようなものではない。
「そうだね。君たちの成したこと、これから成そうとしていることとは別の、プライベートな要件だよ。ただ、ちょっと込み入った話になるから、まずは渚の要件の方から先に話してくれるかな?」
「そっか。そんじゃあ遠慮なく。ほい、こいつはドクから渡されたもんだ」
渚がスッと懐から写真を一枚取り出して手渡すとウィンドが目を見開き、それから眉をひそめて写真に視線を集中させる。そこに写っているのはウィンドらしき少女と渚らしき小さき少女が今ではない時代の建物の前で笑って並んでいる姿だ。
それを見てわずかに動揺を顔に出しながらもウィンドは渚に視線を向ける。
「これをドク……ディ・マリアが渡してきたの?」
ドクはクキアンダーシティに行く前にこのコシガヤシーキャピタルに立ち寄っており、ウィンドにも面識はあった。その時の経験から一筋縄な相手ではないことも把握しており、だからこそ渚が渡した写真に対しても強い疑念を覚えたのだ。
「そうだよ。こいつをあんたに見せろって言われた」
その言葉を聞きながらウィンドは己の内に仕込んでいる端末を思考操作し写真の解析を進めていく。
(私……それも今の私か)
結果として写真に写っているウィンドは今現在のウィンド本人だと弾き出された。長く生きたウィンドの顔は再生体として生まれてすぐの時とは違い、シミや傷などの生きた証が刻まれている。それが写真の人物と一致していた。であれば、それは間違いなくウィンド本人で、つまりは合成された写真ということであった。
「この私は私だと思うよ。それもここ最近のね」
写真自体は捏造されたものであるのは間違いない。けれども無視できない部分もある。問題は渚らしき小さな少女と後ろの建物だ。小さな少女に関してはウィンドにも分からないが、建物については知っている。
それは再生体として造り出された際にすでに脳に刻まれていた記憶。4000年以上も昔に存在していたはずの彼女のオリジナルの生家に酷似していたのである。
「つまり、そいつはドクの捏造写真ってことか」
「そうだね。嘘が混じっている時点で信ぴょう性は薄くなったけど……それで、渚はこれを見てどう思ったのかな?」
「本物かどうかはともかく、この写真はあたしと姉貴のツーショットという意味合いを以って用意されたもんだと思うぜ。けどウィンドさん、あんたは姉貴じゃない。それだけは分かってる」
渚がハッキリとそう返す。記憶は確かではない、そもそもがそんな記憶自体が存在しない可能性はあったが、渚は姉とウィンドは別だという確信があった。そして、その認識をウィンドは頷きで肯定する。
「そうだね。君の認識しているお姉さんは、確かに私じゃない」
「ああ。でも、関連はあると思ってる。あたしの姉貴は特別な存在だったって聞いているし、あたしという存在が再生体になったのも姉貴の妹だったかららしいしな」
「…………」
「だからさ、ウィンドさん。あんたもあたし同様に姉貴に近い存在から造られた人間なんじゃあないのか?」
渚の指摘にウィンドが眉をひそめた。
「なるほどね。惜しいかな。いや、言葉通りでいうなら正解ではある。確かに私は君の姉に非常に近しい存在だよ」
それは渚の予想通りの言葉であり、けれども続けて口にしたウィンドの言葉は渚の目を丸くさせた。
「血縁関係で言えばね。私は由比浜渚の姉で正しいんだよ」
「は?」
渚が目を丸くする。それはつい今、渚自身が口にした言葉を覆したものであった。
「わたしも君も再生体だし、私は色々といじられてる。そもそもがこの時代……いや旧文明において血縁関係というのはあまり意味のあるものではなかったりもするのだけれど」
再生体などいくらでも造れるし、長命処理、精神負荷処理、成長固定などをウィンドは再生体として生を受ける際に処理されている。それは機械種より強化を受けた渚も同様で、どちらも血の関係性などどうとでも誤魔化せてしまうような処理を受けていた。
旧文明においてそれは市民IDという魂に刻まれたシリアルコードで判別し、保証されていた。逆に言えばその判断なしでは事実として血の繋がりがあっても意味はないし、再生体同士の血縁などそれこそ無価値でしかないということでもあったのだが。
「ただね。私はオリジナルの記憶を保持しているけど、君という妹がいたという記憶はない」
「それって……記憶が消されたってことか? それにウィンドさんはあたしの知っている姉貴とは雰囲気からして違う」
姉の存在を弄ばれてウィンドが生まれたのでは……そんな怒りが渚の中に湧きあがったがウィンドは首を横に振る。
「そうじゃないんだよね。そもそも私は君が生まれる前の君の姉を元に生み出されているんだ」
「それってどういうことだよ?」
「ゲームで言えば私はストーリー序盤のセーブデータから復活させられたようなものなのさ。だから渚が生まれたことなんて私は知らないし、君の姉として生きてきた記憶も当然ないんだよ」
「ちょっと待ってくれウィンドさん。それはおかしい」
「おかしい?」
渚が驚きの声をあげ、ウィンドが首を傾げる。
「だってそうだろ。あんたがあたしの姉貴の過去? ……だったとして2000年頃ってことだよな?」
「正確に言えば2034年だね」
「そう、それ。その頃には再生体を造れるほどの人間の情報を保存できる技術は存在していないって聞いてるぜ!」
そうした事情があるからこそ渚は本来の再生体ではないと予測されていたのだ。だというのにその渚と同じ年代の人間のデータがあるというのは矛盾している。
「ああ、そういうことか。そうだね。それは渚の言う通りだ。人間の情報を解析して保存する……ということもそうだけど、再生体を造るための情報の規格なんてあの時代にあるわけもないし、データを残しておくなんて当然無理だ」
「だったらウィンドさんの話は」
「けど、それはデータは……ということなんだよね」
そう言ってウィンドが足元をカツンとカカトで叩くと、床一面が輝き出し、まるで床が、地面が透き通っていくかのような映像が映し出された。
「な、なんだよ。いきなり。これってなんだウィンドさん?」
「このコシガヤシーキャピタルの地下を視覚化したものさ。渚、君もドクから聞いているだろう? 4000年以上も生きている恐るべき生命体の話を」
映像は地下をズームアップしていき、その先にあるものを映し出す。
その光景を渚は知っていた。はるか地下にある空洞の中でアイテール結晶の大木となっている少女の姿は以前ドクにも見せられていたのだ。けれども一つだけ違うことがあった。
「ほら渚。よく見て」
拡大していくアイテール結晶の大木の中心部にいる少女。その姿がはっきりと映し出され、以前には見えなかったその顔までもが鮮明に表示されていく。そして、その少女の顔を渚は知っていた。
「姉貴!?」
渚が確信した声をあげ、ウィンドは頷く。
「そうだよ。あそこにいるのは君の姉だ。『由比浜風音』。すべての始まり。最初の少女さ。アレは現在も生きていて、この地下に存在している。そして実物があるなら当時生きていた人間を複製することも可能なわけで」
ウィンドが映し出された結晶化した少女を睨みつけながら口を開いた。
「私はそうやって造られたんだよ」
【解説】
由比浜風音:
渚の姉であり、ただのゲーム好きの女の子。年齢より幼い外見をしているが際だった特異性を有しているわけでも、特殊な技能を持っているわけでもない。
唯一の異常は魂の許容量が測定不能であるということ。それは有り体に言えば膨大な魂の奔流の中でも自己を保ち続けられるか否か、その許容できる上限を示す数値だ。これが高いほどにアイテールに対しての耐性があるとされていて、由比浜風音は計測することができないほどに大きな許容量を持っていた。
それはある種の突然変異であり、アイテール災害に巻き込まれなければ発現しなかったものだ。理論上は不老不死に耐えうる精神性を有していると推測されており、遠き未来においてその異常性は魂の強度などとも表現されていた。




