第310話 渚さんとお揃いのジンロ
『なんかずいぶんと荒れてないか?』
コシガヤシーキャピタル。
それは埼玉圏の西方にある埼玉唯一の海(自称)を持つ埼玉の首都(自称)であり、埼玉圏全土に食料の藻粥を供給するプラントであり、騎士団なる武装集団を擁している組織でもある。
その存在は長きに渡り、この地の食料供給と治安維持を担ってきた埼玉圏の生命線だ。だからこそ野盗たちにとっては奪うべき楽園に映っていたし、未だ奪われたことがないという事実からそこが堅牢な要塞でもあることを物語っていた。
また土地としてのコシガヤシーキャピタルは巨大なクレーター湖だ。内側の湖を埼玉海といい、藻粥の原料である藻の栽培を行っていて、クレーターの内の斜面に内街、外の斜面に外街と呼ばれている街が存在している。渚たちが外街側にある門に辿り着いたのは夜に差しかかろうという頃合いだった。
そして、クレーターの崖を越えるためのエレベーターに向かう途中にあった外街の様子を見た渚が呟いた一言が先ほどのものだ。武装ビークルの上で警戒している渚から見た外街の様子は以前に来た時に比べて人の数が多く、どこか殺気立っていたのだ。
『カワゴエシティからの難民だね。どこもかしこもストレス値の上昇が著しい。暴動が起きていないのが不思議なくらいだよ』
『そりゃあ、そうならないようにこっちも苦労してるからな』
箱庭の世界による解析を口にしたミケに反応したのは街の入り口で待ち構え、案内役としてついてきていた上級騎士のジンロであった。
『正義執行の剣たる騎士団のこたぁ、連中も身に染みて理解してるのさ。お前はそうじゃなかったけどなナギサ』
『悪いねジンロさん、あたしは世間知らずでね』
渚が肩をすくめてそう返す。
混沌の地である埼玉圏において、コシガヤシーキャピタルの騎士団が正義であり、法そのものとして機能しているのは確かだ。力による抑え込みは人々を威圧し、またそれを特権として一部の騎士たちが増長している事実もあるが、それでも人は法で縛られねば獣に戻る。騎士団の力及ばぬ埼玉圏東方に野盗が多くいるのが良い例だし、その野盗とて集団で生きている以上はそこにかれらの法が存在してもいる。
もっとも、この場が一応の平穏であるのは騎士団が睨みを利かせているから……というだけではなく、コシガヤシーキャピタルに対する信頼が彼らにあるからだ。ここまで積み上げた実績がこの場の仮初めの平和を維持していた。
『と言ってもさジンロさん。カワゴエシティから退却した時に殿だったんだろ? あの人たちが大人しいってのは、そういうところで信頼を勝ち取ったからってことじゃあねえの?』
『ここに来る途中、騎士団の方からジンロさんたちが大変勇猛であったと伺っておりますわ』
『止せよふたりとも。単にケツまくって逃げただけだぜ俺は』
その言葉には若干の自虐の色が含まれている。
グリンワームに侵略されたカワゴエシティから難民をここまで連れてきたのがジンロなのは確かだ。無論、彼の独断専行ではなく正しく騎士団の任に沿って行われた行動であるためにジンロが負う責はない。が、それでも何かしらの責任を感じてしまうのが人間というものなのだ。
カワゴエシティを護れなかったこと、退却の際に仲間と住人に多くの犠牲を出したこと、そして難民を連れてきたことでコシガヤシーキャピタルの住人に多くの負担をかけていること。そうした事実がジンロに強くのしかかっている。粗暴なところもあるが、騎士団に所属しているだけありジンロはこの世界において良い意味での人間だった。
『早いとこ、カワゴエシティを奪還しねえとな。お前らもそのために来たんだろ?』
『ああ、勿論だ』
『期待してるぜナギサ』
そう返すジンロにかつて渚に突っかかってきたときのような侮りはない。それは渚たちの功績と人柄が認められていることの証左であった。
『で、あたしらは万全だけどさ。ジンロさんの方は大丈夫なのか?』
渚の視線がジンロの右腕に向けられる。
強化装甲機を操作するために見た目は今までの腕と同じ形状ではあるがその腕は生身ではなくマシンアームであった。また右腕だけではなくジンロの全身のいくつかの部分がマシン化していることにも渚は気付いていた。
『逃げる最中、壊れた強化装甲機のパーツに腕を挟まれてな。お前とお揃いになっちまったよ。はは。バーナードのおっさんに随分と嫌な顔されちまったしな』
ジンロが苦々しい顔で笑う。
バーナードは強化装甲機の整備士でカワゴエシティでは渚も世話になった人物だ。どうやら退却時に破壊された強化装甲機の歪んだフレームにジンロの身体が潰され、それをバーナードが助け出していたようだった。
『ああ、バーナードさんか。あの人もこっちにいるんだよな?』
『カワゴエシティ奪還に向けて強化装甲機の整備中のはずだ。ただお前らが持ち込んだあのハイエンドとかいう強化装甲機のことを知ったらすっ飛んで来そうだけどな』
『あーまあ、そうかもな』
『一体どこであんなもん手に入れたんだ? うちでアレよりも上の機体なんてウォーマシンかガヴァナーの使うウォードールぐらいだぜ』
『どこでって、パトリオット教団だよ。色々とあって今回の戦いのために貸してくれたんだ』
『色々ねぇ。クソッ……あいつら、やっぱり隠してやがったか』
悔しそうな顔をするジンロに渚が苦笑する。渚を認めようが、すべての強化装甲機は自身らのものだという騎士団の傲慢なところが変わったわけではない。そもそもがパトリオット教団はコシガヤシーキャピタルが間諜を放つ程度には潜在的敵対勢力であった。
『ま、今回は役に立ってくれるんだ。ケチを付けるつもりはねえが……ん?』
そして渚たちが停車場とエレベーターがあるエリアに辿り着くと、ジンロが怪訝な顔をした。何しろ、そこには渚も知るちんちくりんの姿があったのだ。
『ガヴァナー!? なんでここに? というか体調崩したって聞いたけど大丈夫なんですか?』
『まあまあジンロくん、私は大丈夫だよ。体の調子は歳なんだから仕方ないって』
長命種として設定されて生まれ、長く生きてきたウィンドは見た目に反して、その内は老齢のものである。とはいえ、であればこそ無理はして欲しくないというのが彼女を案じるものの総意ではあるが、言って聞く人物ではないのもジンロも承知していた。そうしてここまで彼らを導いてきたのがガヴァナー・ウィンドという人物なのだから。
『仕方ないって……だから無理はしないでくださいよ。あんたがいないと俺らは何にもできねえんだ』
『そんなヤワな子らに育てた覚えはないんだけどね。けど、ありがとねジンロくん』
心配そうな顔をするジンロにウィンドはそう返してから渚に視線を向けた。
『ちょいとふたりで話したいことがあってね。来てくれるかな渚?』
『ああ、分かった。こっちも聞きたいことがあるんだよウィンドさん』
【解説】
ジンロから見たガヴァナー・ウィンド:
マーカスのように義理の母という関係ではないが、ジンロも幼き頃よりウィンドの世話を受けている手前、彼女には頭が上がらない。
また騎士団の、特に中枢の騎士たちの大部分の境遇は同じようなものであり、ウィンドに対しては放っておけないポンコツマザー的な印象を持っている。




