第309話 アウラさんと夢通信
……難産でした。この作品内で完結している説明にちゃんとなっているのだろうか。
西暦2034年。
それは地球のどこかで戦争が絶えず行われており、飢えて死ぬ子供は存在し、肌の色や性別、貧富の差による差別はまったくなくなってはいなかったが、それでも多くの人類が幸福を享受もしていた平和と呼べる時代だった。
そんな時代にひとりの少女がいた。
歳は十代半ば。年齢よりも幼い容姿をしていたが、学力も身体能力も平均よりは若干高く、コミュニケーション能力もあって友人は男女問わず多い、一般的に見て多少優秀なだけのどこにでもいる普通の少女が彼女だった。
けれども西暦2034年を境に彼女の状況は一変する。
当時の記録を紐解けば、少女は世界で初めて公式に認められたアイテール災害のただひとりの生存者として記録に残っている。
現在ではアイテールと呼ばれる未知のエネルギーは指向性を与えることであらゆるものに擬態するものなのだと判明している。それは時には星の白血球のような作用をするものだとも。それは地球上をまるで血管のように巡るエネルギーの川を形成していた。
そして彼女を襲ったアイテール災害とはそうしたアイテールの川の流れが人間社会に偶発的に溢れ出たものであり、その災害によって約5万人の命が失われたとされている。少女は失われた5万人の魂が変換されて川となったアイテールを全て受け止めて生き残ったのである。
偶然か、そうした才能があったのか、少女は魂を飲み込んだ後に自らの魂を固定化した。エネルギーの奔流は凄まじく、少女は己を不動の核とすることで流れの中心を作り、アイテールを循環させることで安定させた。けれども結果として自身を固定化した少女の時間は静止した。
そこから生まれたのが人類が公的に認めた初のアイテール結晶侵食体、現在ではアウラと呼ばれる生物であった。
先に述べたようにアイテールは擬態する性質を持っている。アウラはコアである少女の動作を真似るだけの存在であった。だから少女を擬態したアウラが少女の望むであろう『アイテール化して取り込まれた少女の身内や友人たちを含んだ被害者を元に戻す』ための行動を開始したのは至極当然のことではあった。
もっとも、それはつまりアイテールに変換された約5万人の魂を元の状態へと修復し、肉体を再構成し、元の日常へと送り返す……そんな、戻れない過去を取り戻すための道を模索し始めたということでもある。
ひとつの魂をアイテールから戻すだけでも砕けて砂漠にばら撒かれた砂をすべて拾い元の形に組み直すが如き行いであり、そもそも時間は不可逆で過去に戻ることは不可能だ。
だからアウラの望む結果に辿り着くことはあり得ない。その先にハッピーエンドは訪れない。けれども人々はその行為に安堵した。気分次第で人類を瞬く間に屠れるような怪物が自分の全能力を無意味な行為に注ぎ続けているのだ。それは人類にとってあまりにも都合の良い状況であり、その愚行とも言えることを止めようとはしなかった。
そうしてアウラはすでに4000年を超える時を経てなお、その行為を続けている。不可能と呼ばれる、起これば奇跡だと呼ばれる行為を繰り返している。
けれどもアウラがここまでただそれだけを延々と行ってきたかといえば、否であった。
少女に擬態したアウラは最初の1000年は少女と同じ存在であろうとしていた。人間社会の中で生きようと努力していた。その理由は、彼女の妹にある。
妹の名は由比浜渚という。
当初アウラが目を覚ました時、両親すらもアウラを少女として扱った。
そのことをアウラが不満に感じることはなかったが、彼女の妹である渚はアウラが生まれてから彼女を知った人間だ。だから渚はアウラこそが姉であると認識していたし、少女にではなくアウラという一個の存在に対して愛情をもって接してきた。それはアウラにとって鮮烈な経験であり、アウラが少女の擬態としてではない自己を確立できたのはこの出会いがあったからである。
結局渚が生きていた頃にはアウラも作り笑いしかできなかったが、それでもアウラは渚を愛していた。渚の成長を見守り、渚が家庭を築くことを祝福し、両親が亡くなった後も渚を見守り続けてきた。
渚が天寿を全うした後も、彼女の子供たちを、孫たちを、子孫たちを見捨てられなかったからこそアウラは人間と向き合い続けた。
けれどもアウラの力はあまりにも強大で、長き時の中で幾度となく欲にかられた人間が力を奪おうとしてきた。力で劣る者が上位者に挑むのだ。尋常なやり方では当然不可能。人間が取れる手段は少なく、卑劣で愚劣なものが多く選ばれた。アウラはその度に人間の負の側面を見せつけられ続けたが、すでに渚の子孫は人類全体に及んでいたために人間を見捨てるという選択肢は取れなかった。
そうして裏切りと略奪を数百、数千と繰り返されたが、アウラは外宇宙生命体の侵略の危機に直面したとき、それに抗するために自らの力を分け与えもした。もっとも人類はその力を外宇宙に逃げることに使い、またしてもアウラを裏切ったのだが。
それから人間と関わる気が失せたアウラは地中に引き篭もることとなったが、それでも人間との繋がりを完全には断つことはしなかった。今なお、自らの傍に少女の複製がいることも咎めはしなかった。ただアウラは少女の願いを紡ぐだけの機械としてあり続けた。けれども……
また繰り返す?
怨嗟の声がアウラの内で絞り出される。
少女の複製についてはどうでも良い。己を模した存在に興味はない。生きようが死のうがどうでも良いし、どうせアレは自分自身でどうとでもする存在だと理解している。けれども見過ごせぬ存在をアウラは感知した。いてはならないはずの相手がいるのに気づいてしまった。
由比浜渚。
そうだ。アウラの妹がそこにいた。無論本人であるはずがない。けれどもその姿は真に迫っていた。アウラが本人と錯覚してしまうほどに。涙が溢れてしまうほどに。だから気づいた瞬間、思わず抱きしめようとしたのだがどうにか留まった。今や肥大化し過ぎたアウラの抱擁は人間であっても地を這う虫を踏み潰すが如きものとなってしまった。存在が巨大過ぎて加減が利かないのだ。
だからアウラは手を伸ばせない。意識を向けるだけでも彼女を害してしまう可能性があるから。また、それと同時に妹を模した者をこんな世界に落とした者への怒りも湧き上がったが己が内で収めねば埼玉の地を砕いてしまうことを理解していたがために押さえつけていた。だからアウラは手を伸ばせない。助けられない。直接は。だからこそ……
分かってるよね私?
**********
「うわっとぉ!?」
ガバリと布団を剥いだ音がして、チンチクリンな少女がゴロゴロとベッドから転げ落ちた。それと同時に一緒に寝ていた子犬と子猫が目を覚ましてワンニャンと吠え始める。お眠りタイムを妨害されたペットたちの怒りがチンチクリンを襲ったのである。
「あいたたたた。ユミカ跳びかからないで。ユッコネエは放り出されたからって威嚇しないの」
そう口にしたのはコシガヤシーキャピタルの長であるガヴァナー・ウィンドだ。
そこはアースシップ内にあるウィンドの自室だ。そして床に落ちたチンチクリンが共に寝ていたペットたちの抗議に降参の姿勢を示していると、扉が突然開いて外から山田と救護班がズラズラと入ってきた。
「大丈夫ですかガヴァナー?」
「あれ? 山田くん、勝手に人の部屋入ってきて。夜這い?」
そのチンチクリンの小粋なジョークを山田が眉をひそめて舌打ちする。チンチクリンは少し傷ついた。
なお山田と治療班がすぐに駆けつけたのは偶然ではなく、長命種としてもすでに高齢であるガヴァナー・ウィンドの健康を危惧していることと、今回のようにアウラからの突発的な干渉がウィンドに発生することがあるために常時待機していたのである。
「アイテールの異常反応を検知しました。アウラと繋がってましたね?」
「まあね。あっちが意識して弱めてたから今回体の負担はほとんどないけどさ」
ウィンドの言葉に頷きつつも山田はウィンドの体を医療班に検査するよう指示を飛ばす。もともとウィンドはこのコシガヤシーキャピタルの地下に眠るアウラと呼ばれる存在と意思疎通を図るために、アウラが人間であった頃を元にして生み出された再生体だ。
アイテールを介したアウラとのコミュニケーションは常人であれば脳が焼き切れるか、アイテール侵食によって崩壊する。ウィンドも他の人間に比べれば負荷は少ないがまともに接続すれば同様の状態となるだろうし、精々が思念波を観測してアウラのバイタルを測る程度しかできないはずだった。しかし今回ウィンドはアウラと繋がり、なおかつ生存している。それは過去に数度しかない状況だ。
「アウラがあなたに? どういうことです?」
「妹を守れってさ」
「……!?」
山田の顔が深刻なものに変わる。アウラが衝動的に暴れればこのコシガヤシーキャピタルはおろか埼玉圏全土が崩壊しかねず、渚はそのトリガーとなり兼ねない存在だ。けれどもウィンドが首を横に振る。
「まあ今は大丈夫。やることも変わらないよ」
確信をもってウィンドがそう告げて手を広げると、そこには緑の結晶があった。
「それは?」
「あの子のための御守り……かな? それとアウラから接触があったって事は多分渚たちが近づいてきている」
そう言ってウィンドは乗っかっていた子犬のユミカを降ろすと立ち上がった。
「山田くん、部隊に連絡。明日には再度アタックをかけるよ」
「では」
ウィンドがうんと頷いた。
「渚たちと合流しカワゴエシティの奪還を行う!」
【解説】
アウラの目的:
アイテールの本質は現象、事象の擬態化であり、それはアイテールを宿す生命の一部が何かしらの要因で欠損した場合に代替するために存在している。
そうした性質から集積されたアイテールは少女を模すことで一個の新しい存在となったが、生まれたその存在に目的はなく、やがて決して叶わぬであろう少女の夢想を実現するための装置となった。




