第298話 ライアンさんと近づく絶望
『局長、一番区の避難施設がまた襲われています。マイクたちを向かわせましたがキリがありませんよ』
『分かってるよ、クソが。どうせまたアイテールを持ち込んだやつがいるんだ。探してとっとと没収しろ』
クキシティのハンター管理局前に敷かれた防衛陣地内では狩猟者たちがせわしなく動き回り、その中心には局長であるライアンが額に青筋を立てながら指示を飛ばしていた。
今朝方より始まった機械獣とは別種のエネミー、通称『グリンワーム』の都市襲撃によってクキシティ内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
先日に起きた野盗によるカスカベの町の襲撃などの例外を除けば地上都市への襲撃などそうあるものではない。機械獣は地下都市の施設に寄り付かないし、地上の都市に対しても精々が外周周辺まで入ってくることがまれにある程度だった。けれども今回地上都市に襲撃を仕掛けてきた『グリンワーム』は違う。ソレらは群れで明らかに地下都市を狙って攻撃を仕掛けてきているのだ。
『うちの連中にも徹底させろよ。ヤツらの狙いは俺たちじゃねえ。『アイテール』だ。避難所には外周部の住人の被害状況を再度送っておけ。緑ミミズどもは進行ルートにいるのは殺したが大部分のアウターは無事だ。アイテールを持ってるのが狙われてる。その認知を徹底させろ』
ライアンの言う通りに、グリンワームは必要以上に人間を襲ってくることはなかった。騎士団から送られてきた情報によれば、機械獣と違ってグリンワームには自らアイテールを生み出す能力を持っていないためにアイテールを直接狙う傾向にあるのだろうということだった。
(都市部のアイテール貯蔵施設の守りは固めているが……個人のものばかりはどうしようもねえ。珍しく地下都市がやる気になったおかげであの緑ミミズどもを撃退してくれちゃいるが、その結果として狙えるところから狙い始めてるってんだから厄介極まりねえな)
ライアンが余裕のない表情で周囲を見渡す。その視線は四方に存在する四つの塔に向けられた。それらは地上に使用後のナノミストを排出するために地下都市より伸びているものだ。
排出されているナノミストは地下都市内の空気洗浄に使用されたもので、性能が落ちているとはいえ地上部分の浄化物質を取り除く程度の能力はまだ有している。もっともそれは地上の人間のために排出していると言うわけではない。
地下都市内で使用済ナノミストの処理を行うのにもコストがかかるために垂れ流しているに過ぎず、地上の人間は地下都市が垂れ流したゴミをありがたがって集まっている形だ。
そして今、その塔が『稼働していない』。グリンワーム襲撃後に即座に塔はシャッターが下りて止まってしまったのだ。
(まあ地下都市がそうする理由も分かるが、このままの状況が続くとまずい)
グリンワームはアンダーシティすらも狙う悪食で、カワゴエアンダーシティを現在進行形で侵攻していることはライアンの耳にも入っている。だからこそクキアンダーシティはナノミストの排出口を塞いで侵攻を食い止めようとしているというのも理解できている。
(けどな。地下都市側の事情はどうあれ、このままでは俺たちは干上がった魚のように死ぬだけだ)
ナノミストの供給が止まったことで夜には地上都市もマスクなしでは生きられない環境に変わり、またエアクリーナーの使用にはアイテールが必要であるためにグリンワームはアイテールを狙って人々を襲うこととなる。
時間の経過が事態の悪化を招くのは火を見るよりも明らかだ。
『局長。地下都市の方、気になりますね』
ライアンの視線の先に気づいた局員の言葉に、ライアンは苦笑しながら頷く。
『まあな。しかし地下都市が隔離によって地上を見捨てるそぶりは今のところはねえ。最悪の状況ではないってこった』
場合によっては隔離モードによって地上と完全に袂をわかつのでは……という懸念もあったが、地下都市側もカワゴエアンダーシティの状況を把握しているために、守りに入っても侵食されることが分かっている。だからこそ地下都市は現在、隔離よりも排除を優先しているのだが、彼らにとっての防衛ラインは入口や排出口など地上に露出している地下都市の施設のみだ。
そのためにグリンワームは現在、突破が困難な地下都市施設よりも地上のアイテールを狙い始めた。
何しろこの世界では資産イコールアイテールであるのだから地上都市の金持ちは必ずタンス預金としてアイテール貨を大量に自宅に保持している。そのため地上都市でも最初に狙われたのは富裕層の多い一番区であった。
(連中には悪いが家の警備なんて面倒を今は請け負えねえ。必要なのは主要施設の防衛。でないとここを乗り切れても俺らは生き残る手段がなくなっちまう。いや、そもそもこのまま戦いが続けばナノミストがなくなるし、アイテールのない避難所はエアクリーナーを使えないから……)
長期の戦闘は許されない。アイテールやアイテールの変換装置の死守も絶対。そのための戦略はすでに練っている。何せ相手の行動は一貫しているのだ。それを利用しないという手はない。
『ライアン局長。グリンワームがこちらを、管理局を狙って動き出しました』
『よっしゃ、うまく引っかかったな』
ライアンがニタリと笑う。この狩猟者管理局の地下には大規模なアイテールの貯蓄庫が存在している。さらには今回の騒動で普段よりも多くアイテールが運ばれている。ライアンはそれを餌にすることでグリンワームをまとめて引きつけようと動いていた。
『気合い入れろよお前ら。ここを突破されたら明日からの飯がなくなるぞ!』
ライアンの言葉に狩猟者たちが『オォォオオ』と声を張り上げるが、ライアンの言葉は決して大げさなものではない。配給されている藻粥などの備蓄された食料はあるが、エーヨーチャージなどの生産はアイテール変換で生み出されているのだ。
アイテールなしでは食事もままならない。それが埼玉圏の現実だ。このままでは明日すぐにではないにせよ食料事情が破綻するのは目に見えていた。
『来ます』
『おうよ! ……て、なんだ?』
ライアンが巨大なガトリングガンを二門抱えて構えたが状況がおかしい。迫るグリンワームの後ろから、次々と後続のグリンワームが弾かれて何かが近づいてくるのが見えたのだ。
『なんだ、ありゃ?』
『ちょっと待て。後ろにいるのってメテオライオスか!?』
ライアンが、狩猟者たちが驚きの顔をする。狩猟者管理局に向かって攻めてきたグリンワームの群れの後ろから、彼らのよく知る存在が近づいてきていたのだ。
その名はメテオライオス。それは出会った時点で死は免れないとも言われている中型の中でも最強と謳われる機械獣。グリンワームに加えてそんなものまでやってきていることに狩猟者たちは顔を青くするが、それでもまだ希望はあった。
メテオライオスはたしかに厄介な機械獣だ。その強力無比な攻撃力に加えて装甲も厚く、通常の対装甲弾でも傷をつけることすら難しい。けれども倒せない相手ではない。ましてやこの場は己らの拠点なのだ。犠牲は出るだろうが、それでも……そう狩猟者たちが実際に何度となくメテオライオスを仕留めたことがあるというライアンを見て、いつもと違う『様子に』目を見開いた。
『メテオライオス……オメガ……だと?』
絞り出すようにライアンがそう口にした。
その姿に狩猟者たちが動揺するが、ライアンも周囲に気にしていられる状況ではなかった。
やってくるのはただのメテオライオスではなかったのだ。埼玉圏ではほとんど遭遇することのない上位種であるメテオライオス・オメガ。サイズこそ通常のものとの違いはそうないのだが、全身が流線型であることと装甲が増加され、タテガミも他よりも大きく、タテガミ表面にまるで文様のような複雑な緑光の回路が浮き出ている。また全身をアイテール結晶の鎧で覆っていることから古老級であるのは間違いなく、その一体でも都市部を壊滅させかねない存在であった。そんな相手が近づいてきているのだ。
絶望。
ライアンの脳裏にその言葉がよぎり、頰を冷たい汗が伝った。
【解説】
アウターの状況:
クキシティの壁の外に暮らしているアウターたちの多くは現時点においては無事である。グリンワームの進行ルートの上にいた一部が被害にあったが今は都市部から離れて状況を見守っている。
もっとも彼らもエアクリーナーを使用するために少なくはあるがアイテールを所持している。そのため、このまま時間が経過すれば彼らも襲撃対象となるだろう。




