第294話 緑竜さんと終焉の幕は上がる
グリーンドラゴン。
それが日本列島近辺を徘徊する、所在も目的も不明とされる機械種の呼称であった。
グリーンドラゴンが出現した経緯については定かではない。かつて天国の円環より降下してきたとも、北の禁忌地域より抜け出したものだとも推測されており、以前に天上人が回収を行おうと動いて北海道の一部が消滅したようだとも埼玉圏内では伝えられている。
ともあれグリーンドラゴンはこの地球圏において最大クラスの脅威であることは疑いようもなく、対抗できる存在などグリーンドラゴンが彷徨い続けている中でも数度しか遭遇したことはなかった。
グルル……
そして現在、グリーンドラゴンは埼玉圏の中心にあるナメガワエリアの元軍事基地跡に留まり、その場で攻撃性の高い唸り声をあげていた。
グリーンドラゴンはここに来てからすでに二度も想定外の事態に遭遇していた。
ひとつめは宇宙戦艦の制御だ。ようやく発見した宇宙に届く手段。けれども船はグリーンドラゴンを拒絶した。船の本体自体は融合できたものの、制御中枢を支配することが未だできない。
ふたつめは機械獣たちにアイテールを奪われたことだ。これは完全に不意を打たれた形であった。宇宙戦艦との融合によって周囲の警戒が疎かになったところに、アイテールを貯蔵していたタンクのひとつを破壊され中身が強奪されたのだ。
その結果、グリーンドラゴンは飛び立つためのエネルギーをどこからか手に入れる必要が生じてしまった。
さらに今日、また問題がひとつ発生した。
機械獣の群れ『百鬼夜行』が再びグリーンドラゴンの元に集まってきたのだ。
グリーンドラゴンはすでにここより南東にある地下都市に大量のアイテールが貯蔵されているのを把握しており、それを手に入れようと動いているところにまた機械獣である。
当然のことながらグリーンドラゴンの苛立ちは大きくなる。
何しろ彼がここまで状況に翻弄されるということは生まれてこの方一度もなかった。
キベルテネス級と呼ばれる兵器を破壊したときですらも、ここまで長期に渡って彼の精神がすり減らされたことはなかった。それはこれまでとは違い、生まれて初めて彼が守勢に回ったことによるためだろう。
しかしグリーンドラゴンも決して愚かではない。この場にいる機械獣を殲滅することは難しくはないが、再び機械獣が集結してくればイタチゴッコになってしまう。それに感情のままに暴れて宇宙戦艦を危険に晒すことも、これ以上エネルギーを消費するわけにもいかなかった。
また機械獣もそんなグリーンドラゴンの思惑を理解しているのか、正面よりやり合おうとはせず、以前のように周囲を取り囲みながら掠め取る隙をうかがっている。
グルル……
グリーンドラゴンは機械獣に対して唸り声をあげながら、南東へと意識を集中する。グリーンドラゴンであっても浄化物質の霧の先を見通すことは難しいが、彼が生み出した眷属たちが現在南東の地下都市の攻略を進めているはずだった。
地上の占拠は完了。けれども地下都市は隔壁を下ろして籠城に入っている。グリーンドラゴン自身が向かえば一瞬でカタもつくだろうが、彼はこの場を動けない。だから今は己の眷属の成果を待つばかりであった。
グルル……
グリーンドラゴンが唸り続ける。
このグリーンドラゴンには人間のような明確な知性は存在しない。
彼は己の本能に従い、必要に応じて進化を続けてきた。地上では力押しの行動こそが状況の解決への近道であったために、グリーンドラゴンは知恵を絞るよりも体躯を巨大にすることを選び続けて今の姿となっていた。
そして、グリーンドラゴンの目的とは『宇宙に向かう』ことであった。
機械種の生存域は宇宙にあり、機械種は本来単体ではなく群体でこそ真の力を発揮する。けれども、グリーンドラゴンが求めているのはそういうことではない。彼が求めているのは己と同等の存在、つまりは仲間であり、望んでいるのは孤独からの解放だった。ただ、そのためだけに数百年放浪し続けていた。
宇宙には仲間がいる。その宇宙にもう間も無く彼は届く。願いが叶う。グリーンドラゴンは望みはただそれだけだった。
けれどもグリーンドラゴンは気づかない。はるか昔から渇望し続けていた己と同じ存在が今まさに近づいてきているという事実に。
そして間も無く幕が上がる。
孤独の竜が仲間と出会うための物語の終演の、目覚めた少女が人々を導く物語の終演の、そして一匹の猫が世界を救う物語の、その序章の幕が今ゆっくりと上がり始めていた。
── 終章 終末の世界で謳う猫に続く。
【解説】
グリーンドラゴン:
明確に知性が確認できないため、人間やAIが元ではないと推測されている。
進化の方向性は主に巨体化に向けられている。自重に潰されるようなことはないが、対抗できる存在が地上にいないために進化は行き詰まっていた。




