第288話 渚さんと墜ちた者たちの末路
※グンマエンパイア周りの話はここで一区切り。
ミケーレ・ハウフマン。
その名はオービタルリングシステム天国の円環に住んでいた天上人にして、機械獣にアイテールを生産させることで黒雨に汚染された地球を資源惑星として再利用しようとした新世界運営計画にも関わっていた研究者のものであった。
そして埼玉圏からワシントンSDCへと向かう途中で発見した地下施設に記録を残したのちに外へと出て、そこからの行方は不明であったのだが、そのミケーレ・ハウフマンの息子に該当するのがグンマエンパイアを管理していたAIだとミケは指摘したのだ。その言葉を聞いて渚が目をパチクリとさせながら口を開いた。
「ミケ。そのミケーレって人さ。確か天国の円環から落ちてきた人だよな。人間だったと思うけど、なのにAIの息子が居るってのはどういうことだよ?」
『別に人間がAIの息子を作ること自体はそう珍しいことじゃあないんだよ渚。手続きさえ踏めば、正しく市民として生きている者ならそういう選択肢も与えられた時代もあったんだ』
「確かに旧文明時代、AIと人間は同じ人としての権利を有していたのだから養子として扱うことも可能だったのだろうが」
『そうだねジョージ』
ジョージの言葉にミケが頷く。
『とはいえだ。君のいう通りに養子という形もあったが、このAIの場合はモデルとなった人物の魂と情報遺伝子を用いて造られたオーダーメイド製のAIでね。これも正式に配偶者としての関係が成立するものだ。処理をすれば人間の子供を生み出すことも可能だけど……まあ』
ミケが光り輝く肉球をフリフリと振るう。
『こいつは正規の手続きを経て造ったAIではないんだよね。承認する機構も存在していなかっただろうし、だからこそ正常ではない判断能力を持って歪なシステムを構築してしまった』
「で、デキソコナイを造り続けたってわけだ」
そこまで口にしてから渚が首を傾げた。一点引っかかることがあったのだ。
「けど、そうなると肝心のミケーレたちはどうなったんだよ? 流石にもう生きちゃいないよな?」
『それはまあ……ジョンドゥ、きみの口から言ったらどうだい?』
「ああ、やはり君は知っていたのか?」
わずかに肩をすくめたジョンドゥにミケが目を細めて冷たい目線を送る。
『ただ予測していただけだよ。それを検証している余裕はなかったから黙認という形になっていたのは確かだけどね』
「どういうことだよ、ふたりとも?」
『ミケーレたちがどうなったのか……それは彼が知っているということさ』
その言葉にこの場の全員の視線がジョンドゥに集中する。その様子にジョンドゥが苦笑しながら口を開いた。
「あの施設にはミケーレ・ハウフマンたち、研究者全員をカバーできるほどのコールドスリープ装置を造ることはできなかった。だから彼らは魂のみを保管していたんだよ。あのグンマエンパイアの地下にね」
「そいつは……いや、まあ……そうか」
「魂は保管され、肉体は初期のデキソコナイの材料にされた。魂を抜き出されたからと言って肉体の意思が消失するわけではないのに、生きながらひき肉にされていく映像も残っていたよ」
「魂が抜けても意思が消失しない?」
『思考、記憶、意思、意識……すべては脳などの活動によって発生しているものだ。魂が抜けたからといってそれらがなくなるというのはそもそも道理が通らない』
「ええと、それはつまり魂が抜けても生きてはいられるってことか?」
『そうだね。生物が進化していく過程で魂というものも別種の進化を遂げていたんだ。結果として魂は肉体の補助やバックアップのような機能を持つに至った。現在では共依存関係にあって、魂と肉体が分かれれば、保管しあった機能が維持できずにそのままだとどちらも衰弱死するよ。逆に言えばどちらも何かしらの補助があれば生存し続けることはできる』
「そう。で、連中の魂だけは保護され、肉体側はデキソコナイの材料になった。魂と分かたれた後の肉体側のミケーレたちの絶望した顔は酷かったよ。人類史の集団自殺の中でも上位に位置するんじゃないかな。もちろん最悪という意味でだけれども」
『分裂するまで思考は同期しているし、分かれるまでは自分こそが見下ろす側だと思っていたんだろう。まあ基本的には天上人は魂至上主義で肉体は乗り物のように考える傾向があるからね』
ミケの説明に渚たちは眉をひそめる。テクノロジーとしてそうしたものがあることは理解できても、魂だ肉体だと区別ができるような余裕はないのが埼玉圏だ。これは時代による常識の変遷の問題よりも生活環境の差こそが認識の差を生んでいた。
『それに肉体をいじめ抜くという行為は古来よりの宗教などの修行にも通じているわけで……恐らく彼らはそれを以って自身に赦しを得た……としたんじゃないかな?』
「正解だ。自身の肉体に苦痛を与えて殺すことが己の半身を捧げる代償行為だと連中は考えた。己が行なった、或いはこれから行う非道への贖罪を『それで済ませた』わけだね。つまり彼らの中ではデキソコナイの実験に対する罪はすでに禊が済んでいた……ということになるらしい」
「そいつは胸くそ悪りぃ話だな」
オスカーが苦々しいという顔でそう口にし、ルークとダンもそれに同調して頷く。狩猟者としてやむなくデキソコナイの大量虐殺を繰り返し続けてきた彼らも今の話には思うところがあるようだった。そして、ジョウドゥが「そう思うだろう」と返す。
「私自身はあのデキソコナイたちと自分をイコールとは考えてはいないのだけれどね。それでも怒りだけは感じていたんだよ。で、だから処分した。ついでだったからね」
スルリと出た処分という言葉に渚たちの目が見開かれるが、暗く笑うジョンドゥは特に気にした風もなく「そう、処分したんだ」と繰り返した。
『一応聞いておこうか。施設を自壊させても保管装置は自立して機能し続けているはずだよね』
当然、非常電源はグンマエンパイアにも用意されており、魂を保管している装置の維持に回されるはずだとミケは指摘する。とはいえ、その先に続く言葉もミケは予想しており、ジョンドゥも奇をてらうことなく、予測通りの言葉を口にする。
「もちろん、そちらの電源も切ったよ。今ごろは魂の構造体の結びも解けているだろう。眠ったまま消滅したはずだから苦痛を感じることもなかっただろうけどね。いや、みんな。そんな驚いた顔をしないでくれないかな。これは私からすれば当然の権利だと思うのだけれども?」
そのジョンドゥの言葉に渚も言葉を返せない。権利と言われれば、それはそうであるとも思えたし、ここまでの出来事の結末にしては呆気なさすぎてどう考えて良いかも分からなかった。その様子にミケがため息をつきながら目を細めてジョンドゥを見る。
『きみの心情を考えれば、そこは否定しない。しかし勝手をして何も言わぬままというのは勘弁願いたいね。君はイレギュラーな存在だ。協力的でなければ処分の可能性もあると分かってはいるのだろう?』
その指摘にジョンドゥがバツが悪そうな顔で頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「確かにそれはすまなかったね。ただ……まあ、これだけだ。私の中にあったわずかばかりの復讐心というヤツもすっかりしぼんでしまってね。実のところ、私もどう消化して良いのか分かっちゃいないんだ」
「……ジョンドゥ」
「ただ復讐に意味などない。虚しいだけだと理解はできたよ。終わったから言えることではあるけどね」
ジョンドゥがそう言ってから、すべて話し終えたとばかりに口を閉じ、静かにソファに座り直した。
永き時に渡り生命を弄んだ者たちは人知れず終焉を迎え、残されたのはジョンドゥと逃げたデキソコナイたちのみ。こうして新しき人類の種は世界に解き放たれたが、それが新しい時代の幕開けとなるか否かはまだ誰にも分からない。それに答えを出せるのはただ時間だけなのだから。
【解説】
魂の保管装置:
グンマエンパイア内にあった保管装置はわずかな電力のみで維持が可能で、当初の想定では千年単位も想定されていた。




