第282話 リンダさんと扉の先
『これでお終いですわ!』
リンダの放ったグリッド状に編まれたナノワイヤーがカーリーを襲い、細切れの金属のボディが爆散しながら崩れ落ちていく。それは五体目となる最後のカーリーであり、ここまでリンダは特に苦戦することなく優位な状態で勝利を収め続けていた。それはリンダの実力が上がってきた面もあるが、やはり圧倒的な相性の差というものが存在していることは大きかった。
『俺がフォローしかできないとはなぁ』
『ま、持っている装備が違うからね。ソレに君は君の役割を全うした。引け目を感じる必要はないよ』
そのリンダの後ろでミケを頭に乗せて銃口を下ろしたマーシャルがため息をついていたが、彼とて仕事をしていないわけではなく、ミケの指示で設置型のガンポッドやトラップなどを撃ち壊していた。リンダとクロのコンビではナノワイヤーの制御だけでギリギリの状態であり、マーシャルのフォローがあったからこそ、リンダが無傷で戦いに勝利を収められたのは確かであった。
『まあ、いいさ。それでドームの中心にたどり着いたわけだが……』
マーシャルがそう言って目の前にある扉に視線を向ける。
ここに来るまでにデキソコナイの育成ポッドや研究室、用途の分からぬような部屋までを確認しながら来て、ようやく中心部らしい場所にたどり着いたのだ。
『ドームの入り口よりも厳重そうだが……解除はできるか?』
マーシャルがミケに尋ねる。実はドームの入り口ですらパトリオット教団所有のドアブリーチングツールでは通用しなかったために、今のマーシャルは己の装備に自信が保てなくなっていた。
ペンタゴンの装備はミリタリークラスではあるものの、より権限の高い最重要機密区画指定がされているこのドームへの干渉はそもそも不可能なのだ。入り口を開けることができたのは機械種の眷属であるミケの生体ドローンがいたためであった。
『問題はないかな。ちょっと待ってて』
ミケが自分の尻尾の先を動かして扉の横の何もない壁に接触し、そのまま侵食させていく。それは機械種の能力の一種である融合で、ミケはそのまま内部の配線を把握して制御を奪っていった。
『大丈夫そうだ。扉は開ける』
『中は分からないのか?』
『監視カメラの類はない。外部との接触は完全に断たれていると言ってもいい。融合を繰り返して壁の先まで到達できれば可能だけど、今はそこまで手を回すのは難しいかな』
『なら、仕方ないが……しかし機械種のコアをこの施設で利用しているのに、隔離しているのは妙だな?』
『僕もそう思うよ。止めておくかい?』
その問いにマーシャルがわずかに逡巡する。けれどもすぐさま首を横に振った。
『いや、ここまで厳重に仕舞われているものに興味はあるし、コアも常時使用していないだけ……という可能性もある。開けてみよう』
『好奇心は猫をも殺すと言うがね。とはいえ、僕も興味はある。それじゃあ開けるから警戒は怠らずにね』
ミケがそう口にして尻尾を緑色に光らせると、ガシャガシャと音を立てながら扉の内部の機構が動作して、無数の層が花びらのように開いていく。その先に何があるのか、リンダとマーシャルが緊張した面持ちで銃を構え、そして最後の扉が開いた時、その中から見えたのは……
「おや、君た……」
『デキソコナイ!?』
『待ってくださいまし』
リンダが何かに気付いたが、マーシャルはとっさに中にいたデキソコナイを撃った。そのまま中にいた小型のデキソコナイは転げながら背後の壁にまでぶつかって崩れ落ちる。
『マーシャルさん、今、デキソコナイがこちらに話しかけてきましたわ!?』
『なんだと……?』
マーシャルが驚きの顔で倒れているデキソコナイを見た。デキソコナイに感情や知性があることはマーシャルも理解している。けれども、今までデキソコナイは人間を敵視しかしてこなかったし、対話を行おうという個体は狩猟者でもパトリオット教団でも確認できたことはなかった。
だからマーシャルはリンダの言葉が信じられなかったのだが、それが事実であることはすぐに判明した。
「いたたたた。まったく乱暴だな。デキソコナイが言葉を話してはいけないのかね?」
『は? 喋って……いや、それ以前に生きてるだと。再生しているのか?』
目を丸くするマーシャルたちの前で倒れていたデキソコナイが両手を挙げながらゆっくりと起き上がった。デキソコナイの身体はマーシャルの放った銃弾によってみっつの穴が開いている。心臓部分と腹部、また脊椎を貫通して動きを止めたはずだったが、その穴がゆっくりと閉じていくのが見えていた。
それはかつて渚が戦ったパトリオット教団のケネディという男が保有していた、またマーシャルにも備わっている再生機能に酷似していた。
けれども再生能力というのがそれほど万能なものではない。過度な使用は細胞の劣化をまねき寿命を縮めるし、エネルギーも多く必要とする。何より細切れにしてしまうぐらい銃弾を浴びせれば、再生能力も追いつかない。だからマーシャルが再度攻撃を仕掛けようとしたのだが、ミケが前に出てマーシャルを見た。
『マーシャル・ロウ。攻撃を止めるんだ。どうやら彼とは交渉の余地がありそうだ』
『……デキソコナイがか?』
「デキソコナイ。なかなか皮肉のきいた名前だ。けれども、そちらの猫の言うように対話で解決できるなら、その方が私にはありがたいね」
そう言って起き上がったデキソコナイは自身の血をそばにあったタオルで拭うとその場にあった椅子に座る。よく見れば、扉の中は整頓された綺麗な部屋だった。
『あなたは一体なんなんですの? まさかデキソコナイのボス?』
「ボス?」
デキソコナイが笑うと、マーシャルが銃口を向けながら眉間にしわを寄せる。
『何がおかしいんだ?』
「いやいや、私が彼らのボスとかね。全く想定していなかったから……おかしくて。まあ、私はそんな上等なものじゃないよ。何しろ、100年以上もここに閉じ込められている身だからね」
『閉じ込められている……ですの?』
その問いにデキソコナイは頷きながら、笑みを浮かべた。
『そうだ。さて、話をするならまずは自己紹介から……だったかな。私の名前はジョンドゥ。君たちがデキソコナイと称する生物の、唯一の成功作にして完全なる失敗作さ』
【解説】
ドアブリーチングツール:
軍用の物理と電子双方からのアプローチで解錠を行うツール。
今回全く通用しなかったことが判明したわけだが、最重要機密区画での使用などパトリオット教団内では想像もしていなかったのでこれは仕方のない話ではある。
なお、パトリオット教団のペンタゴンのメンバーのみでグンマエンパイアに潜入した場合、最重要機密区画を突破できず、ウォーマシンを相手に全滅、運が良ければ数名は撤退ができていたかもしれない……という感じであった。




