第276話 ベンジャミンさんと鋼鉄の扉
地下通路よりグンマエンパイア内に侵入した3チームのひとつチームブラボー、他のチームと分かれた後に彼らが向かった先は施設内の武器庫であった。
それは三つ設定された目標の中でも機械種のコアがある確率が一番低いだろうとされていたが、その堅牢さからコアを設置している可能性も否定できず、また強力な武装が手に入るかもしれないことも考えて候補として入っていた。
『こっちは貧乏くじかもな。大将のチームの方はどうなんだろうなマイク』
『あっちは大丈夫だろ。大将もいるし、あの猫耳ドクロはヤバい。俺だってあっちの方に入りたかったさ』
『まったくだ。あれを知っちまうと大将が今回の作戦に連中を加えた理由も分かるってもんだ』
『ケイネス、マイク。無駄口を叩かず作戦に集中しろ』
『『サー、イエッサー』』
チームリーダーのベンジャミンの言葉にマイクとケイネスの双方が口を閉じる。
その様子にベンジャミンは苦笑した。
(浮き足だっているのは不安だからか。私とてまるで春の陽気の中から唐突に冬の北風を浴びせられているような錯覚を感じているのだから)
それが猫耳ドクロこと渚の箱庭の世界に慣れ過ぎた弊害だろうとベンジャミンは考えていた。何しろここに来るまで渚の力に頼った行軍が続いていた。渚が猫耳レーダーで収得した全周囲の情報を共有し、その上に未来予測というサポートまで付いていた。パトリオット教団のためにこれまで戦い続けてきたベンジャミンにしてもそれはこれまでにない最上のサポートだった。
(アレがあれば戦場での優劣など一瞬で覆るかもしれない)
さらに渚本人の戦闘能力の高さもあらかじめベンジャミンは聞かされていた。
また共にいる猫型の生体ドローンは賢人と同類である機械種の眷属で、リンダ・バーナムはパトリオット教団内でも名の知られたトリー・バーナムの孫である。
入り口で待っている者たちもこうした潜入にこそ向かないが、全員が埼玉圏内で名の知れた狩猟者だ。外部協力者としては申し分ない人材だった。
(個々で戦うのであれば負けることはないだろうが……最初の段階で戦闘を仕掛けていれば敗北していたのは我々だっただろうな)
彼らが纏っている静音性が高い軍用の強化装甲服は、出力こそ強化装甲機には劣るが、総合戦闘力では上回っている。ただの鎧程度のサイズでそれだけの力を持てるし、光学迷彩マントも使用できるのだからこうした潜入任務にも適していた。自分たちの実力と装備であれば寄せ集めの武装しか持たない狩猟者たちを相手に負けるつもりはなかったが、箱庭の世界はその優位性を容易に吹き飛ばすものであるとベンジャミンは理解していた。
ワシントンSDCに近づいた彼女らに接近して取り囲んだものの、対応の速度が予想外に早かったのも箱庭の世界によるものだろうとも。それは頼もしくもあり、また恐ろしくもあることだ。何しろ渚を生み出したのはダーパであり、その後の経緯からして渚はパトリオット教団に良い印象を持っていない。これを機にパトリオット教団が敵対的ではないことを示さなければならないとベンジャミンは考えていた。
ともあれ、チームブラボーは想定通りにルートを進んでいく。
元より内部構造のデータは研究所時代のものが教団内に残っていたため、拡張さえされていなければ迷うことはなかった。デキソコナイも時折見かけたが、光学迷彩マントの効果により気づかれることもない。所詮デキソコナイは人間に似せた新生物であり、身体能力こそ強化はされているものの、変異種を除けば遺失技術を上回るほどのスペックはないのだ。
『リーダー、この様子なら俺らが一番乗りじゃねえ』
『目的のものがなければ意味はないがな。この辺りのセキュリティはミリタリークラスだ。警戒を緩めるなよ』
ベンジャミンがそう返す。
先ほどからバイザーには監視装置に対する警戒表示が出続けているし、彼ら自身は何もしていないが強化装甲服に搭載されている電子戦用AIは現在進行形でベンジャミンらの存在を悟らせぬように目まぐるしくダミー情報を送り続けていた。
『しかし、ここまでは完全に想定通りではありますね隊長。正直に言えばもっと早くにグンマエンパイアに挑むべきだったのでは……と思ってしまいますよ』
『確かにな。我々は怯えすぎていたのかもしれん。こういう状況でなければ分からなかっただろうがな』
過去に繰り返したグンマエンパイア攻略失敗の後、パトリオット教団も何もしなかったわけではないのだ。研究所時代のデータを掘り起こし、対策を練り、進入路も確保はしていた。けれども、再度グンマエンパイア攻略を行うことはなかった。それをするだけの必要性がなかったのだ。
何しろ黒雨対策は進まなかったが、ワシントンSDCは内部で確立した生物圏として正しく機能していて生活の問題は無かったし、東北の巨大農園などの成果も上がっていた。また機械種である賢人とグンマエンパイアの機械種のコアが接触すれば、現在の関西圏のように天国の円環からの質量兵器に壊滅させられる可能性もあるのだから二の足を踏まざるを得なかったという事情もある。けれども……とベンジャミンは思う。
(であれば、一体ダーパは何を焦っていたんだ?)
竜卵計画の発動とそれに伴う機械種の賢人の停止。
コシガヤシーキャピタルが妙にワシントンSDCを探るようになったことを機にダーパ内で変化が生じた……ということまではペンタゴンも掴んでいた。けれども、それがどういう理由でこのような状況に発展してしまったのか。それが残された彼らには分からない。
『止まれ』
『目的地ですね』
チームブラボーの三人が頑丈そうな鉄の扉の前で立ち止まる。
『AIを連結し、この空間の情報を偽装しながら扉を開ける』
『了解です。ケイネス、連結完了』
『マイク、連結完了』
『接続。偽装信号を送信』
研究所時代に仕込まれたバックドアを介し、この場のカメラや各種センサーを含む監視装置に対して偽装情報が送り込まれていく。現在も稼働しているグンマエンパイアのセキュリティシステムを誤魔化し、それからベンジャミンが扉を開ける信号を送っていく。
『扉の開閉までカウントダウン3、2、1……ん?』
ギリギリと音を立てながら扉が開いていく。けれども左右に開いた扉の先の暗闇の中にベンジャミンは緑色の光を見た。そしてその直後、扉の隙間から緑の光が放たれた。
『おぉおおおおっ!?』
『なんだ、隊長、マイク!?』
いきなりの状況にケイネスが目を見開き、扉から離れてライフル銃を構えた。
バイザーにマイクの生体信号は未だ表示されている。けれどもベンジャミンの信号は消失。何よりもケイネスの目には扉の前にベンジャミンの下半身が見えていた。上半身から上は存在しない。周囲に肉片らしきものが散っているのも見えている。
『いったい何が起きた?』
『下がれマイク。隊長がやられた。光学迷彩は意味がないぞ』
両者がとっさに通路の角へと身を隠す。それからマイクとケイネスは互いの顔を見合わせ、銃口を扉の方へ向けた。そして徐々に左右に開いていく扉の先にソレはいた。
『こいつ……まさか』
『間違いない。資料で見たウォーマシンだ』
『こいつが配備されているなんて聞いてないぞ。クソッ』
とっさにケイネスとマイクがライフル銃の引き金を引いて攻撃を開始するが、それは扉の奥から飛び出してきた3メートルある鉄の巨人の巨大な緑の光る拳に防がれ、それからその緑の拳が横薙ぎに振り払われると、隠れていた壁ごと破壊してチームブラボーのふたりの命を一瞬で刈り取った。
【解説】
強化装甲服:
エグソスケルトンは強化外骨格を指す言葉である。
意味合いからすれば強化装甲機も該当するのだが、パトリオット教団内では2.5メートル以下のパワーアシストスーツをその名で統一していた。




