第272話 渚さんと群馬帝国攻略のススメ
「みんな、聞いてくれ。これからグンマエンパイアに向かうことになった」
パトリオット教団の大統領と話し合うために出ていった渚が二時間ほどして大統領のジョージと共に戻ってきた後、いきなりそう告げてきたのである。もちろん共に話を聞いているミケを除いた全員が目を丸くしたのはいうまでもなく、その中でも特に驚いた顔をしていたリンダが首を傾げながら渚に口を開いた。
「向かうことになった……といきなり申しましても、ナギサ……その、どういうことですの?」
「どうもこうもねえよ。こいつら、交換条件を出してきやがったんだよ」
渚の視線の先にいるのは渚と共にこの場にやってきたジョージであった。
「納得はしたから、受けたと解釈してるんだけどね」
「まあな。そっちの事情は分かったし、他に手がねえんならやるしかねえってのも理解はしてるさ」
「手がない? どういうことだナギサ?」
そのやりとりに訝しげな視線を向けながらのルークの問いに渚がため息をつきながら口を開いた。
「実はさ。結論を言えば、こいつらに宇宙戦艦を制御する技術はねえ。少なくとも今のこいつらにはな」
クキアンダーシティの支配者級AIのニキータの提案はグリーンドラゴンが取り憑いたアイギスタイプ宇宙戦艦の制御方法をパトリオット教団から手に入れる……というものだった。
ハイアイテールジェムとそれをグリーンドラゴンに譲渡することで、早々に宇宙に去ってもらおうというのが現在の渚たちの目的であり、ニキータ曰くパトリオット教団ならばアイギスタイプ宇宙戦艦の制御も可能だろうとのことだったのだ。
しかし、そもそもの話としてニキータが期待していたのはパトリオット教団内部の研究機関ダーパだ。彼らに対して竜の苗床である渚と、すでに機械種として目覚めたミケが接触すれば何かしらの譲歩も引き出せるだろうと期待しての今回の群馬圏遠征であったが、すでにダーパのメンバーはもうこの地にはおらず、また軍事に関する情報もいかなる理由か不明だが削除されていた。
「それじゃあここに来たのは無駄だったってことなのか?」
「まあ、今この場で得ることはできねえってのは確かだ。こいつらが隠してなければ……だけどな」
「そうする意味も、生体ドローンとはいえ機械種の一部を欺けるほどの技術もこちらにはない。というよりもこちらが交渉できる段階ではないし、私も民の命をチップにして賭けるつもりもないよ」
ジョージの返しに渚は「分かってるっての」と返しながらも肩をすくめた。
渚はジョージに対して、すでに機械種として目覚めたミケの事情を話していた。これは自分たちに優位な形で交渉を進めようとしていたジョージに対し、コシガヤシーキャピタルにいる本体を抑止力として認識させるためのものであったが、対してジョージの驚きようは予想外に大きかった。それは機械種そのものに対する恐怖よりもミケ本体とグリーンドラゴンと接触でもすれば関西圏のように埼玉圏も消滅してしまうのではないか……という恐れが頭をよぎったためである。
そうなれば、そう距離の離れていないこのワシントンSDCとて無事では済まない。つまりはそもそもがジョージの側は交渉できる立場ではなく、己らの生存のためには協力するしかない状況であったと彼は知ったのであった。
「こちらが手札を切った途端にトンでもないワイルドカードを出されたもんだ」
ジョージがやれやれという顔で肩をすくめる。とはいえ、その表情にはそれほどの余裕があるわけではない。本来であれば大統領室に呼び出すつもりであった彼が自ら足を使ってリンダたちの元に出向いたのも『モノを頼む立場』が逆転していることを明確に示すためでもあった。
「ただ、君たちが望む情報を持っているであろう人物を我々は知っている。その方と話してもらうためにもグンマエンパイアの攻略をしてもらうしかない……というのが現状だ」
「情報を持っている人物? まさかその方、グンマエンパイアに囚われてるとでも言うんですの?」
デキソコナイに捕まったのであれば、それはとても生きているとは思えないと考えたリンダの問いにジョージが首を横に振る。
「そうではないよお嬢さん。その方はこのワシントンSDCの地下にいる。ただ、今は話せる状態ではなくてね」
「どういうことですの?」
『地下にいるのは僕の本体と同じ機械種だよ。今は非活性状態だけどね』
ミケの言葉に、その事実を知らなかった全員が目を見開かせた。
「こんな近くにまだ機械種がいたんですの?」
「いたんだと。賢人って名前のヤツがな。ただ、今は動けない。核がないから」
賢人は竜卵計画を発動するための種を作るために己の
核を分割したというのがジョージの説明であった。ゆえに渚の脳内にあるチップは賢人の一部であり、子供とも言える存在だとも。
「なるほど。賢人という機械種がいて、そいつが目的の情報を知っている……と。それは事実なのか?」
『確実ではない。けど、可能性は高いと思うよ。彼はエイリアン・ウォー時には軍属であったし、その手の情報を持っているとは予測できる。ま、そうでなくとも古株の機械種なのだから、こちらに友好的なら他にも知恵を貸してくれるかもしれない』
「友好的なのは間違いない。賢人も近年は姿を見せていなかったが、基本的に温厚でお優しい方だ」
ジョージが賢人をそうフォローする。それにダンも頷き、話を続ける。
「コミュニケーションの取れる人物ということは幸いだな。ただ、そこからグンマエンパイアに向かう理由が分からない。そもそもあそこは難攻不落の地だぞ。向かったところで返り討ちにあう未来しか見えないんだがね」
「まあ、普通に考えればそうだな。しかし、まずグンマエンパイアの攻略法については置いておいてだ。行く意味はあるのだよ。我々が欲しいのはグンマエンパイアの心臓だ」
「心臓?」
『賢人は今、核が消失して稼働停止し、グンマエンパイアは機械種の核で動いている……というわけだよリンダ』
『つまり、グンマエンパイアから核を奪い、その賢人に移植するわけですか』
「なるほど、そういうことですのね」
クロの説明にリンダが得心いったという顔で頷く。
そして他のメンバーもそれは同様であった。
「同時にこれが成功すればグンマエンパイアも動きを止め、君たちがデキソコナイと呼ぶ哀れな存在もこれ以上は生まれないだろう。これは君たちにとっても利益のある話だ」
ジョージがそう口にし、ダンが目を細める。事実であれば、それは確かに今後の埼玉圏内の状況を一変させる一因にもなろう。けれども……と考えながらダンが眉をひそめてジョージを見た。
「なるほどな。事情は分かった。こちらが受ける必要性も理解できた。ただ、グンマエンパイアの攻略。これがうまく行く確証がなければ動けない。俺は餌につられて自殺するつもりはないんだ」
「それは当然の判断だ。まあ、説明はこれからしよう。できれば、君たちには賢明な判断を期待したい。どちらのためにもね」
そして、渚たちとパトリオット教団共同によるグンマエンパイア攻略戦が始まることとなった。
なお、その話の間静かであったオスカーはソファに座って寝ていたようで、その後にダンが再度説明する羽目になっていたのは、また別の話である。
【解説】
賢人:
現在非活性状態。機械種となった今の彼は死に対して非常に遠い存在となった。それは本人の意思とは関係なく。ゆえに彼は誰にも悟られることなく迂遠な自殺を模索していた。




