第270話 渚さんとイレギュラーの存在
【解説】
コロニー:
地下都市の地上版。ドーム状の防壁に覆われており、地下都市とは違い、地下ではなく地上にあった。コロニーの多くは徹底的な管理社会で成り立っており、それを嫌って外へと逃げた者たちがコロニーに反旗を翻したのが崩壊戦争の始まりである。
……話が進まない。もうちょいでグンマエンパイアに向かいます。
崩壊戦争については別作の終末の世界で踊る猫で描かれていますが、渚さん内で必要な内容は作中の説明で事足ります。
「終末の獣が殺した……って、あの崩壊戦争のことか?」
渚の問いにミケが頷く。
終末の獣が地上を壊滅させ、天国の円環より黒雨が降り注いで終わったアポカリプス。それが『崩壊戦争』と呼ばれるものだ。まるで伝説やおとぎ話のように埼玉圏内でも伝わってはいるが、ミケがミケランジェロ経由で記録データを得たことで、渚たちはかなり正確な部分まで実態を把握していた。
『そうだね。エイリアン・ウォーによって空気も土も汚染されて腐り果てたことで人類はコロニーという隔離施設に住んでいた。賢人はそのコロニーを統括する、支配者級として調整された機械種だ。いわば世界の支配者。そして彼が終末の獣に殺されたことで地上文明は終焉を迎えた』
ミケがそう言うとジョージが「その通りだ」と口にする。
「賢人の本体は北アメリカ大陸のフリーダムコロニーに存在していた。そしてパトリオット教団は……いや、埼玉圏の住人の多くはフリーダムコロニー崩壊後、生き残っていた賢人によって導かれてここまで辿り着いた子孫だというわけだ」
『チップ……機械種の種が賢人経由のものであろうことはミケランジェロから知らされていたのだけどね。他に該当しそうなものはなかったし。けれども賢人本人がまだ生きているというのは驚きだね。それに恐らくそのことは天上人も把握してなかったんじゃないかな?』
「それって今まで隠れていたってことか? なんで?」
世界を支配していたような存在が生きていたのであれば、それは当然生き残った人々の役にも立ったはずだろうと……そう考えて首を傾げた渚にジョージが苦笑する。
「彼が言うには私たちのお守りはもうゴメンだったらしい。でも彼は私たちを救うことを止められない。それが彼、賢人の存在意義だからね」
「よく分かんねえな」
『賢人の根は恐らくはAIなのだろうね。だから役割は捨てられない。けれど優れたAIであるほどにストレスも積み重なるものだ。実際、自殺したがるAIも少なくはないんだよ』
「ミケは猫として振舞うことでストレスを発散させている……だったか?」
渚の問いにミケがニャーと鳴いて頷いた。
『そういうことだね。僕もそうすることでフラストレーションを発散させて精神的な負荷を軽減している。百年単位での稼働となるとかなりの頻度で綻びが出てくるらしいよ。賢人もその類で病んでしまったんじゃないかな?』
「さて、話が横道に随分とそれたな。賢人については後ほど本人と会って確認をとって貰えばいいと思うが、それで君を呼び出した理由だが」
そう言ってからジョージが目を細めて渚とミケを交互に見てから口を開く。
「竜卵の苗床、裁定者……つまりはチップのことを話したかったんだ。だから君の出生にも関わることゆえ、君の仲間には外してもらった」
「そりゃ気を使ってもらってあんがとっていうべきか?」
「必要はないだろう。こちらの都合でチップを埋め込んだ形で勝手に生み出したんだ。君は私たちを恨む権利がある」
「思うところがないわけじゃないけどな。ただ生まれたことを恨んだりはしてねえよ」
「そうかね?」
「きっと、別の時代に生み出されたとしてもそれは今のあたしじゃないんだろうし、多分今のあたしがあたしなんだ。ニセモンだろうと関係ないし、生まれたことを後悔もしちゃいねえ」
「なるほど。君は強いな」
「そんなんじゃねえよ」
渚が頭を掻きながら、若干照れた形で笑った。
けれどもその様子にジョージが僅かばかり眉をひそめて口を開く。
「だが、割り切り方が機械的にも感じるな」
「ん?」
「経緯は分からないが、君は随分と体を弄っているようだ」
「まあな。けど必要があったからやっただけだぜ」
確かに現在の渚の身体は以前とは大きく変わってはいる。しかし、それは当人の言うように必要であったが故のものだ。その渚の言葉にはミケも『そうだね』と口を挟んだ。
『それに僕はちゃんと渚を人間の範囲に収めてはいるよジョージ』
「ミケ、君のいう範囲とは人体改造における『生物として人間と定義できるライン』を指しているだろう?」
その問いにミケが訝しげな顔をしてジョージを見た。
『そうだけど?』
それはミケにとって極めて当然の返答だった。ミケというAIにとって人間とは、かつての時代の改造人間の定義である『生物として人間を逸脱しない条件』の内側を指している。逆に言えば、その範囲内であればミケは躊躇わない。
「であれば、覚えておくといい。数値で理解できている人間の形は正しいようで正しくはない。基準を設けてそこまではセーフとした場合、俯瞰的に見れば大きくバランスを欠いたものになることが往々にしてある。それは単独のAIが陥りやすい問題だ」
『僕はそこまでポンコツではないつもりだけど?』
「そうかもしれない。しかし、違うかもしれない。鵜呑みにする必要はないが、スタンドアローンでい過ぎた弊害には注意をしておいたほうがいい。恐らく、当初の君の行動指針はこの世界の状況に合わせ、彼女を生かすために微修正が繰り返されている。そこで生じた違いは把握しておくべきだろう」
『なるほど……覚えておくよ』
何かしら思うところがあったのか、ミケが神妙な顔をして頷く。
「ミケは悪くねえよ。こうなってなきゃあたしは生き残れなかった」
「それは事実なのだろうがね。けれども、考えることを止めるのは危険なんだナギサ。でなければいつか後悔する。いや後悔する機会すら得られない。昔の小説家は人間が不幸なのは己が幸福であることを知らないからだ……と書き記したそうだが、逆もまた然りだと我々は認識しておくべきだ」
そう言ってからジョージが視線を再び渚とミケに向ける。
「それでまた話がそれたが、君たちは竜卵計画の概要についてはどの程度理解しているかな?」
「それがパトリオット教団の計画だってことぐらいは知ってる。あたしかミケを機械種にするつもりだったんだろ?」
「それは目的ではなく手段だな。竜卵計画はこの世界の現状を目の当たりにさせて精神的な負荷を与えて機械種への覚醒を促し、黒雨への対処を確立させる計画だ」
『ふーん。確かにこの時代に放り出せば必ず黒雨の脅威には晒されているからね。機械種の自己進化能力を見込んだわけか』
ジョージが頷いた。
「そういうことだな。君以外にも複数の裁定者が造られたはずだ」
(はずだ?)
ミケがわずかに眉をひそめたが、ジョージは話を続けていく。
「つまりあたしが黒雨をどうにかしなきゃって考えながら機械種になったら、黒雨をどうにかできるってことか?」
「可能性はあるということだな。正直に言えば賭けに近いと思う。機械種への覚醒を果たせば当人は適応進化により黒雨への耐性は確実に手に入る。それが人類全体に適用できるかどうかは……恐らくは裁定者の判断に依存するだろう。そのために裁定者の候補は過去において、新たな時代を生み出すパラダイムシフトを起こした優秀な人物を選定したはずだった。当人の優秀さもさることながら、人々を導いた実績があったわけだからね」
そう言ってからジョージが渚を見た。
そして渚は理解する。カスカベの町で出会ったもうひとりの裁定者であるドクはジョージのいう条件に該当するのだろうが自身は違うと。そんな大層な人物ではないことは自分が一番理解していた。或いはこの体の年齢より未来の自分が……ということもここまでの話の流れからしてないだろうとも。
(だったら、あたしはなんで裁定者に選ばれたんだ?)
渚は己の中でそう自問する。パトリオット教団が行なっていた竜卵計画。その中であってさえ、己はイレギュラーなのだと渚は理解せざるを得なかった。




