第269話 渚さんとより本物に近い偽物
『まあ、いずれはたどり着く答えではあったのだろうけどね』
重苦しい空気のなか、最初に口を開いたのはミケであった。
そして、その言葉に渚が睨むように目の前の猫に視線を向けた。
「ミケ。そりゃあさ。あたしの想像が当たってるってことでいいのかよ?」
『僕も答えを持ってはいないよ渚。ただ君と同じ推測には辿り着いてはいたかな』
「……そっか。けど、それじゃあお前も結局何が真実かは分かんないってことかよ」
渚の問いにミケが頷くと、その様子に渚が頭を抱えながら口を開いた。
「でさ。私がニセモノだったとして……姉貴の思い出……あれも作られたものなのか?」
渚の中には薄ぼやけてはいるが姉と過ごした記憶がある。
それは無意識下に姉の背を追っていた渚にとって何よりも大切な、アイデンティティの根幹にあるものだった。それが最初からただの虚構だったのだとすれば……その疑惑の声が渚の中でざわめいた。
『さてね。それは僕にも分からないよ。ただ君と君の姉は仲の良い姉妹だったという記録は残っていた。だから君が由比浜渚という少女を再現した人間であるならば、多分それは実際にあったことなんだろう。過度な記憶の脚色は人格形成を歪めるし、そうなるとそれはもう再現ではないからね』
その言葉に渚が頷いてから俯いた。それは知りたい言葉だったのか、そうではなかったのか。
そもそもが自分は再生体で、元の世界の自分そのものではないのだ。考えれば考えるほどに自縄自縛に陥る気持ちの中で、どうしようもない喪失感が渚の中を支配するのも仕方のないことだった。
「そうか。知らなかったのか……それは申し訳ないことを口にしたね」
ジョージがすまなさそうな顔をしたが、それにはミケが首を横に振った。
『ジョージ・ワシントン。失言は政治家の常ではあるけどね。君の発言は渚の気づきにこそなったが、ただそれだけだ。彼女は自分で答えを出した』
「そう……だな。あたしが勝手に推測して、勝手に答えを出して、勝手に落ち込んでいるだけだ。分かってる。分かってるんだけどな」
顔をあげ直し、浮かべた涙を拭いながら渚がそう返す。
心は徐々に落ち着いてきていた。それは義手より与えられた戦闘技術に由来する精神操作によるものであり、またミケによって強化された肉体が元の正常な精神状態に戻そうとしている作用によるものでもあった。何よりもここまでに培った経験が、世界の残酷さが、ただ悲しみにくれて動けなくなる己を許すことをしなかった。少女の足を止めることを許さなかったのだ。
その表情の変化から少女の心の内の変化を察したジョージが何とも言えない顔をする。わずかな時間で割り切って立ち直った少女らしからぬ強さこそをジョージは憐れまざるを得なかった。
「あたしのオリジナルが生きていた時代は2000年代。その頃に人間の情報を保存する技術はなかった。ハリウッド映画ならアメリカの超技術的なもんとかで解決したのかも知れねえけどな。ないものはない。理解はしているさ」
『そういう可能性もゼロではないけどね。かつての時代では、残っていない現在の技術とは違う系譜の、それこそ本当の意味での遺失技術がいくつも存在しているから。ただ君はおそらくはのちの時代に再現された人間の情報を元に作られた人間だろう』
「とはいえ、私に比べて君はオリジナルに近い人物ではある。魂と記憶の構築こそ人工的だろうが、遺伝子情報は残っていただろうし構成要素自体は本物と相違ない。君の時代でいうところのクローン人間よりもよっぽど本物に近しいはずだ」
「そう言われると、それこそ……違いが分かんねえよ」
『実際分からない時代になったからね。人が人を簡単に複製できるようになって、最初に崩れたのは個人だったよ』
「個人ね。まあ本物と変わらない偽物がいたら、どっちでもいいってなっちまうってことか」
「そうだな。支配者すらも製造するようになった時代だ。そして個人という垣根が崩れ、人間の尊厳が失われることを危惧した社会は個人を市民IDという新たな枠にはめることで保とうとし、それぞれに生れながらの役割も与えた」
「はは……ディストピアまっしぐらだな」
渚が苦笑いをする。それは映画などでも時折存在する理想郷とは真逆の存在、人間が数字で管理される監視社会を想起させた。
『まあ、これは人類が宇宙に進出した経験が大きいのだけれどね。ただ広大なだけの不自由な無限世界で生きるために人は自身を歯車の一部とせねばならない事情があったんだ』
「宇宙ね。空気も水も食いモンも自分たちで管理しないといけないわけだしな。まあ、それは今の地上も同じだけど」
『そうだね。その価値観が地上に逆輸入されたんだよ。反理想郷と呼ばれもしたけど、人間が生きるためには必要なことだったのだと僕は思うよ』
「それでも、それは人として『正しくない』有り様だった。だから滅びた」
「ジョージさん?」
ここまでにはない強いジョージの言葉に渚とミケは眉をひそめる。
「そう口にした人がいるのさ。地下都市もその反省を生かし、住民の感情に随分と配慮はしているようだが……パトリオット教団はより人として生きることを求めている。それこそ、かつてのアメリカのようにね」
ジョージの言葉に強い意志を感じた渚は、それがパトリオット教団の指針なのだと理解する。
「そりゃあ、昔の教団の創設者の言葉か?」
「そうだね。ただ、昔ではないけれども」
その言葉に渚が首を傾げた。
「これを私に教えてくれたのは我らが父だ」
「父?」
「そう、賢人……というね」
『ワイズマンだって?』
その名に最初に反応を示したのは渚ではなくミケだった。
『ジョージ・ワシントン。今、その言葉を君は教わったと言ったね? 創設者の言葉であり、昔ではない。まさか『彼が』生きているのかい?』
「彼? ミケ、もしかしてそのワイズマンって人を知ってるのか?」
渚の問いにミケが頷く。何しろその者の名はミケならずとも、かつての時代の知識を持つ者ならば誰もが知っていた。それは地球文明の守護者だった者の名だ。世界の管理者であり、コロニーの統括存在の名だ。そして……
『それは地球を管理していた支配階級の機械種の名だ。かつてフリーダムコロニーという人類の都市にいて、最後には終末の獣に殺された……ね』
【解説】
かつてのアメリカ:
ジョージの言うかつてのアメリカはおおよそ2000年代初期の自由の国と呼ばれていた頃のアメリカを指している。VRシアターで当時の世界を体験しているジョージは、だからこそその年代を生きていたとされる渚の時代の知識にも詳しい。




