第255話 渚さんとデキソコナイを見よう
「グリーンドラゴンに騎士団が撤退……で、カワゴエシティが壊滅か。まあ、ひでぇ状況だな。そりゃあ連中も自分のねぐらに戻るってぇもんだ」
話を聞き終えたアーガムが最初に口にしたのがそんな言葉だった。
ここに来るまでに渚たちも何度となく説明した内容ではあったが、アーガムの反応はここまでで一番衝撃を受けた……というように渚には思えた。
「こうなると埼玉圏もいよいよ終わりかね。関西圏にでも逃げるか?」
アーガムが苦笑交じりにそう言うとルークが首を横に振った。
「あっちは壊滅状態でここより地獄だろうが。それとも関西を越えてオキナワキドウエレベータまで目指してみるか? 噂通りなら楽園がある。青い海に青い空。酒だって天然物だ」
「オキナワ? 楽園?」
渚が首を傾げた。無論沖縄のことなら渚も知っているが、この地で目覚めてからオキナワキドウエレベータなる言葉も、そこが楽園だという話も聞いたことはない。そして渚の様子にルークが苦笑交じりに言葉を返す。
「人類最後の楽園がそこにあるんだとさ。そこにゃあ今も人間が人間らしい生活をしていて、日々面白おかしく笑いあえている……らしいぜ」
「そんなところがあんのかよ?」
「さてな。そこを目指して出ていったヤツは少なくないが戻ってきたヤツはいない。少なくとも俺の知る限りはない。となりゃ、そいつらはみんなオキナワキドウエレベータに辿り着いてエンジョイしてるって考えた方が精神衛生上は良いよな」
「ああ、そういう……」
その言葉で渚もその話が与太話、あるいはおとぎ話のようなものだと理解できた。今の世の中にそんなうまい話があるはずもない。大概は野たれ死ぬか機械獣か黒雨に命を奪われ、上手くいっても関西圏に落ち延びる……という結末しか見えない話だ。もっともそれが虚構であるか誰も確認できていないのだから、楽園が嘘だとも断言できないのだが。
「逃げ場なんてえねえってことか。こうなりゃ地下都市にでも強行するしかないかねぇ」
「おい、冗談でもそういうこと言うんじゃねえよアーガム」
「チッ、怖い顔すんなよ」
「カワゴエアンダーシティはすでに閉じた。その意味、軽くないぜ?」
ルークの言葉にアーガムが眉間にしわを寄せて頷く。
「分かってる。下にゃ漏らさねえよ。少なくともどうしようもない状況になるまではな」
どうしようもない状況……そのような事態に陥ったときには全てはもう遅いのだが、それでも自ら破滅の秒読みを早めるような真似をするほどアーガムも愚かな男ではなかった。
「それでお前らがグリーンドラゴンの宇宙旅行の手助けのために群馬に入ってパトリオット教団に会いに行くってわけかい。しかもそんなガキを連れていく? 心中願望でもあったかルーク?」
「説明はしただろ。その上でこいつらならイケると踏んだってだけだ」
「それが信じがたいと言いたいんだがな。ま、話を聞いた以上は捨て置けねえ。地下都市とコシガヤシーキャピタルの後ろ盾もあるってんなら、話の確度も低くはねえってことだ。そいつは理解しているよ」
そう言ってアーガムが少しだけ考えてから、口を開いた。
「とりあえずウチからも助けは出そう。群馬に行くんだ。道案内ぐらいは必要だろ」
「そいつは助かるが……ん?」
ルークが話をしている途中で管理局内全体に警鐘が鳴り響き始めた。
「なんだ、これ?」
「このアラームは……デキソコナイですわね」
機械獣の出現を伝えるアラーム音とは違う音色に渚が眉をひそめたが、リンダの言葉で何が来たのかを理解した。デキソコナイ。その討伐こそがこのハニュウシティの存在意義であった。グンマエンパイアと呼ばれるところより現れ、埼玉圏に襲撃を続ける機械獣とは別種の人類の敵。その迎撃拠点がハニュウシティだ。
「あーナギサとか言ったな、お前」
「ああ。そうだけど」
「デキソコナイと戦った経験は?」
「いいや」
アーガムの問いに渚がそう返す。そしてその返答にアーガムが苦い顔をしてルークを睨むとルークが肩をすくめた。その様子にアーガムが頭をかきながら渚に向き直ってから口を開いた。
「そうだろうな。でなきゃ、そういう顔はできねえ。それに群馬に行くんならあいつらともやり合うこともあるだろう。まずはここで連中を仕留めて慣れておけ、トラウマにならなきゃな。おいルーク」
「ああ、こればっかりは見せるしかない。ナギサ、いいか?」
ルークの返しにわずかに困惑した顔の渚が頷くと、アーガムはすぐさま立ち上がって、自分の席にある通信機をとって指示を飛ばし始め、渚たちはルークに連れられてその場を後にしたのであった。
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『結局デキソコナイってなんなんだ?』
受付で狩猟者管理局から正式な依頼としてデキソコナイ討伐を受諾した後、渚たちはすぐさま武装ビークルに戻って戦闘準備を始めた。
とはいえ渚はデキソコナイという存在をあまり理解してはいない。郡馬圏からやってくる機械獣とは違う人類の敵……と言う認識はあるが、その実態についても狩猟者管理局で公開されている情報しか知らなかった。
『グンマエンパイアの住人だ。ナギサ、デキソコナイについてはどこまで知っている?』
『ええと、生物で……人間に近く、3メートルはあって、全身が白くて手が長い……だったっけ? 身体能力は人間より相当高いってのも聞いてるけど』
渚が眉をひそめながら事前に調べたデキソコナイの特徴を口にすると、ルークが頷いた。
『そうだな。見た目はVRシアターで見た雪男って怪物に近い。表面はそこそこ硬く、弾丸が滑って弾かれやすいのも特徴だ。まあ、実際に見たほうが早いんだが……近付いてきたな』
すでにミランダの運転でハニュウシティの北側に出た武装ビークルが、北方の瘴気の奥の人影を捉えた。
『徒党を組んで襲ってくるから知性はあるんだろうが、意思疎通は不可能。それにあいつらはひどく俺たちを恨んでる』
『恨んでる?』
渚の問いにルークが頷き、そして瘴気の影響を除去するフィルターを介した映像に徐々にこちらに向かってくる相手の姿が見え始めた。それは確かに全長は3メートルあり、手が長く、全身は白く、また一切の毛が生えていない人の形をした存在だった。何よりも……
『なんて顔してんだよ』
渚が顔をしかめ、リンダが顔を青くし、ミケも眉をひそめた。
映し出されたのは悪鬼羅刹とでもいうべき形相の異形だった。
全身は白い筋肉の塊で、憎悪をたたえたその瞳は爛々と赤く輝き、表情は怒りによって歪んで般若にも似ていた。渚はそれを見てルークの言葉が事実であることを理解する。彼らは自分たちを、人間を恨んでいる……とはっきりと自覚させられた。
それこそが群馬圏の住人『デキソコナイ』と呼ばれる生物であった。
【解説】
オキナワキドウエレベータ:
そこは人類最後の楽園であるという。
人が人としてあり、誰もが笑顔で暮らしているのだという。
飢える苦しみもなく、奪わずとも生きられる世界なのだという。
これはそういう……ただのおとぎ話である。




