第253話 渚さんと群馬に行こう
『いいよ。うん、持っていって』
「あっさり!?」
クキアンダーシティ。その第四階層にある市役所まで通された渚たちはさっそく支配者級AIであるニキータと市長のミーアと話し合いを設けていた。そしてこの街に来て都合三度目のアゲオ村の状況説明を行い、ハイアイテールジェムを欲していることまでを説明したところ、ニキータはあっさりとその提案に首肯したのである。
「ちょ、ちょっと待ってニキータ。いくらなんでもそれは簡単に決めていいことではないだろう!?」
それに激昂したのは同席していた市長のミーアであった。
ハイアイテールジェムはクキアンダーシティが地上から手に入れたアイテールを長い年月かけて圧縮し、生み出したものだ。カスカベアンダーテンプルもそのための施策のひとつであり、そうして積み上げてきた苦労をこうも軽く譲渡するとなればミーアが怒るのも無理のないことだ。もっともニキータもそんなミーアの気持ちを理解していないわけではなく、肩をすくめながら『落ち着いてよ』と返して苦笑した。
『簡単に決めたわけではないんだよ。僕はAIだ。結論を出すのにそう時間がかからなかっただけで、きちんと熟考はしているよ』
「だとしても、アレを譲るというのは……ようやく取り戻したというのに」
『確かにハイアイテールジェムは我々クキアンダーシティの、文字通りの苦労の結晶だ。けれどね。使い所を誤れば、こうなるんだよ』
そう言ってニキータが右手をスッとあげると市長室内の空間にウィンドウが出現し、炎に包まれた都市の映像が映し出された。
「こ、これは?」
『うーん、この建造物の配置からしてカワゴエシティかな?』
ミケがそう言うとニキータが頷く。
かつてウルミたちとともにコエドベースに寄った際にミケは都市の地図情報なども記録していた。そのためすぐさまそれがカワゴエシティだと一致できたのだが、渚たちは以前に立ち寄った都市と目の前のまさに破壊されている都市の姿が一致できず、戸惑いの顔でミケと映像に対して交互に視線を向けた。
「これがカワゴエシティって……嘘だろ?」
『いいや。これはミケの言う通りカワゴエシティの映像さ。それも昨日のね』
ルークの疑惑の言葉を払拭したのは映像を見せたニキータだった。
「昨日って……まさか、これって」
その状況が何を原因として行われたのかを悟ったルークを無視して、ニキータが話を続けていく。
『ちょうど今、地上のコシガヤシーキャピタルの騎士団からこれが届けられたんだよ』
「騎士団から?」
『そう。君たちがここに入ったのと同じくらいかな。随分と急いで来たみたいだよ。彼らは蛇型の機械獣……グリンワームと呼称したようだね……グリンワームに襲われてコエドベースを放棄しコシガヤシーキャピタルの首都に逃げ戻ったようなんだ』
「コエドベースを放棄した……」
渚の脳裏に騎士のジンロと整備士のバーナードの顔が浮かび上がる。
実はこの映像はジンロが強化装甲機で撮影したもので当然撮影者本人が映るはずもないのだが、それを知らぬ渚はふたりの無事を心の中で祈った。
そして映像に映し出された中にはグリンワームの姿もあったが、渚たちが対峙した通常のグリンワームと集合体だけではなく、大きさの違ういくつかのグリンワームの姿も確認できた。
『まあ、実のところ今朝方の天国の円環経由の連絡でもカワゴエシティからの返答はなかったので危ぶんではいたのだけれどね』
「天国の円環経由?」
『リングナビゲーションシステムを使ってね。まあ、黒雨の侵入を防ぐために大した情報のやりとりはできないのだけれど、カワゴエシティは閉鎖モードにどうやら入ったようだ』
「それじゃあ、地上は……」
渚が苦い顔をする。今地下都市との関係を絶たれれば、地上は干上がり、渚たちが地下都市の再生を果たすよりも前に壊滅する可能性もあるのだ。すでに状況はその一歩を踏み出したようだと渚は考えたが、ニキータが首を横に振って渚を見た。
『ことはそう単純ではないよ。先ほどミケから提供された機械種の情報が正しければ、そもそもグリンワームは都市の閉鎖モードでも完全な対処はできない』
「それはどういうことだ、ニキータ?」
その言葉に反応したのはミーアであった。市長という立場にある彼女だが、やはり地下都市出身のただの人間ではあるのだ。だから黒雨をもしのぐ地下都市の防衛能力を彼女は絶対視していたし、目の前で告げられた報告に関しても隔離モードに入ってしまえば安心だと考えていた。言ってみれば他人事だ。けれどもニキータの言葉はミーアの安心にヒビを入れるものであった。
『機械種に僕らは勝てない。いや、そちらのミケのように上位権限を行使するか否かではなく、物理的に機械種は……グリンワームは隔壁を突破できてしまうだろう。時間はかかるかもしれないけど、隔壁に融合するか、或いはグリーンドラゴン自体が来れば一巻の終わりだ』
ニキータの言葉にはミーアは驚愕に顔を歪めた。
「対処は……できないと?」
『機械種にとってはここなんて紙の城と変わらないよミーア。だからこそハイアイテールジェムというコストを支払ってでも、グリーンドラゴンにはご退場願いたいんだけど……ただ少々参ったこともあってね』
「参ったこと?」
渚が首を傾げると、ウィンドウに別の映像が映し出された。
「これはグリーンドラゴンですわね?」
リンダの言葉の通り、映し出されたのは宇宙船らしきものにトグロを巻いているグリーンドラゴンの映像だ。
『そうさ。問題が起こるよりも少し前に撮影されたものだ。騎士団から一緒に提供されたものなんだけど……これを見る限り状況はあまり芳しくはない』
『というと?』
『グリーンドラゴンが乗っ取ろうとしている宇宙船はエイリアン・ウォーと呼ばれるかつて外宇宙の生命体との戦争時に使用されたものだ』
「エイリアン・ウォー……そういうのがあったってのは聞いてるけどさ。その時代の宇宙船だと何が良くないんだよ?」
かつて行われたという太陽圏に襲来した外宇宙生命体との戦争。その際に人類は滅亡の危機に陥ったものの最終的には勝利を収めたとされている。また、今残された技術の多くはその頃に生み出されたものであった。
『問題は宇宙船なんだよ。詳しい形式は僕にも分からないけど、形状からしてあれはアイギスタイプの宇宙戦艦だ』
宇宙戦艦。妙に心踊る言葉であったが、渚は自重して何も言わなかった。
『アレは防御を得意とする艦でね。恐らくは地上に不時着したものを回収して保管していたんだろうけど』
「それの何が不味いんだよ?」
『機械種というのはね。悪い宇宙生物……ラモーテというんだけど、それを元に生み出された兵器だ』
その言葉に渚が驚きの顔でミケを見ると、ミケが頷いた。
『事実だよ』
「あたし、宇宙人ってことか?」
『何度も言うけど君は人間だよ。しかし……なるほど、分かった。あの宇宙戦艦はラモーテに対抗するために造られたものだ。つまりは機械種への耐性もあるということだね』
『そういうことだよミケ。グリーンドラゴンは宇宙船を得たのになぜ飛ばないのかと思っていたんだけど、制御を奪えずに飛べなかったようだね』
「となると、ハイアイテールジェムを渡しただけじゃあ駄目ってことだよな?」
『グリーンドラゴンも機械種ではあるし、そのうちアレを制御して飛べるようにはなるだろうけど、それまでグリンワームの被害が増え続けるだろうね。そして、その被害は地下都市も含まれる。いや、地下都市の存在をグリーンドラゴンが気付けば、優先して襲ってくる可能性もあるね』
その言葉に何よりも苦い顔をしたのはミーアであった。
「となれば、宇宙船が動かない……としてもまずはハイアイテールジェムを渡す方向で考えるしかないな」
『それでは根本的解決にはならないけど……ただ、懸念は他にもある』
『それはグリーンドラゴンが奪われた分のアイテールを回収しただけでは止まらない可能性だね』
ミケの指摘にニキータが頷いた。その言葉の意味が分からず渚が首を傾げるとミケが『つまりね』と口にする。
『彼は今後必要分のアイテールを回収しただけで満足できるのかなってことさ』
『ミケの言う通りだ。機械種は学習して進化する兵器だ。捕食を覚えた今、予備のアイテールの収集を続ける可能性は高いんじゃないかな?』
「元あった分だけじゃあ満足できないってか?」
『ま、うちも必要分以上を欲してハイアイテールジェムを造ってたし、グリーンドラゴンが同じようにしないというのは希望的観測に過ぎるかな。だけど僕らはアレにさっさとここから出て行ってもらいたい』
「宇宙戦艦が動けばあいつもそうするかもしれないけど……今のところは駄目っぽいんだろ。じゃあ、どうすんだよ?」
『そうだね。だからナギサ、それにミケ……その状況を打破するために』
ニキータが渚たちを見て、真剣な表情でこう口にした。
『君たち、群馬に行ってみないか?』
【解説】
ラモーテ:
ラモーテとは太陽圏外より襲来した宇宙生命体である。
コバンザメの名の通りに何かに付いていたのだが、現代の埼玉圏では詳細な情報は残っていない。少なくとも現状においてラモーテは地球には存在しておらず、渚たちへの直接的な影響は皆無である。




