第228話 渚さんと指先ふたつでノックアウト
西より迫り来る機械獣たちはショベルボアとアーマードベアと呼ばれる、いずれも防御力と出力が高い個体たちだ。それが二百を超える数で迫ってきている。普通であればただの集落など一瞬で踏み荒らされてしまうほどの規模であり、アゲオ村であってもそれは同様であった。そして、そんな危険な群れのそばに佇んでいる二人組がいた。
『おお、やっぱり多いな』
『どうしますのナギサ?』
そこにいたのは一輪バイクに乗っている渚と、マシンレッグの脚力で並走して付いてきたリンダだ。ふたりは武装ビークルから出て、機械獣の群れのルートに止まり、このまま挑もうとしていた。それは200対2という無謀。けれども、渚とリンダに怯えている様子はない。いや、リンダは少しばかり腰が引けてはいたが、それでも渚の横で戦う姿勢を崩してはいなかった。
数の差は埋め難く、しかし質の差がそれを凌駕する。渚の思考はすでにそれを理解しており、そして渚は右腕のキャットファングを前に出した。
『数が多いからまずは減らすかな。リンダ、少し下がってくれるか?』
『分かりましたわ』
リンダがトンッと跳び下がり、渚が正面を睨みながらキャットファングをと横に向け、人差し指と中指を真横に伸ばした。
『タンクバスターモード起動!』
その声とともにガコンとアイテールが入っていたカートリッジが機械の腕から白い煙をあげながら飛び出た。同時にキャットファングが唸りを上げ、その拳が緑の光を宿しながら膨張していき、さらには緑光の人差し指と中指がグングンと伸びていく。
(意識を集中。威力は抑えてもいい。鋭く、細く、長く、刃のように構築し、そして……)
『BOAAAAAAAAAAA!』
正面の瘴気を吹き飛ばしながら大量のショベルボアの群れが渚たちの前に姿を現した。渚が何かをしようとしたことを察したのか、或いはアイテールの反応を感知したのか……ともあれショベルボアたちは渚の元へと突撃していく。それはさながら鋼鉄の津波のようであった。もっとも渚に焦りはない。すべては計算通り。敵の位置も、速度も、狙いもすべてが渚の想定の範囲内にある。
『斬り裂く!』
次の瞬間、渚が一輪バイクのアクセルを一気に踏み込んだ。そしてギュンとバイクが半回転すると同時にキャットファングから伸びた緑光の刃が襲いかかってきたショベルボアたちを次々と斬り裂き、わずかなタイムラグの後に数十という数の爆発の連鎖が発生した。その状況にリンダが興奮に震えながら『やりましたわね』と声を上げる。
『まあな』
しかし、渚の表情は明るくはない。今の攻撃は完全なる成功ではなかったのだ。
『八割ってとこか』
渚がそう呟いた。その言葉の意味は二割仕留められなかったということ。渚の視線がそうなった原因が存在している、最後に爆発が起きた場所へと向けられる。
『でっけえのがいるのは分かってたけど、防ぎ切られるとは思わなかったなぁ』
『なんですの、あれ?』
そこにいたのはショベルボアよりも巨大で前面に分厚い装甲が付いている機械獣であった。よく見れば装甲の表面にうっすらと緑の光を帯びさせており、その機械獣はブルルと震えると一気に加速して渚たちに突撃を開始した。
『ブルトボア……ショベルボアの上位種ですわね』
『あいつがあたしの攻撃を受け切った。多分同じ攻撃はアレに止められるな』
リンダと渚が突撃を避けながらそんな言葉を交わす。
たった今渚がタンクバスターモードで生み出したアイテールライトの指剣は長さを優先し威力を殺したものであった。そのため、ブルトボアの防御を抜けることはできなかったし、その防御力を考えれば同じ手段は通用しないと渚は理解する。
『けど、あいつを倒せれば……いや、もう一体厄介なのがいるか!?』
渚が苦い顔をしてブルトボアの背後にいる巨大な機械獣を見た。
その、両腕と背から緑の炎を吐き出して接近してきた機械獣を渚もリンダもよく知っていた。
『アレはアーマードベアアンサーですわね』
『あいつかぁ』
それはアゲオ村からクキシティに向かう際に討伐したアーマードベアの上位種だ。アーマードベアアンサーは当時の渚も苦戦した相手で、分厚い装甲とブーストによる加速を使う危険な相手であった。
『さてどうするか。ん、リンダ?』
渚の横で、リンダがアーマードベアアンサーとブルトボアを交互に見ながらキュッと口元を引き締めて一歩前に出ていた。
『ナギサ、アンサーはわたくしが請け負います。あなたはブルトボアを』
『あいつの能力は知っているだろリンダ。やれるのか?』
『ふふ、お祖母様から頂いた翼は伊達ではありませんわ。ねえ、クロ?』
リンダの問いにマシンレッグに宿っているクロが『ええ、リンダ』と返した。
『だからナギサも安心してブルトボアとほかのショベルボアやアーマードベアの群れを相手していてください』
『よく考えてみるとあたしの負担大きいな』
元よりそのつもりではあったが、言われると辛いと感じてしまうのは仕方のないことだろう。
『まあ、遅れてきた方々に分担してもらえればなんとかなるんじゃないですか』
クロがそう返す。何せ渚の仲間はリンダだけではない。そしてクロの言葉とともに背後から武装ビークルのモーター音が響いてきたのである。
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『それでマーカス、準備の方は整いましたか?』
『ああ、問題ない。遅れはすぐに取り戻すさ』
「うう、運転はさっきよりは酷くないけど……うっぷ」
『すみません。マスターと違って安全運転を心掛けているんですが、止まれば襲われて死んでしまいますので』
渚たちに接近しつつある武装ビークルを運転しながらミランダがミランにそう返す。
「うう、分かっています。エチケット袋は完備してあるんでなんとか」
そう言った後、ミランは再び汚いマーライオンの化身と化したが、もう胃液しかでないようだった。酸を吐くマーライオンはもはや魔物なのではなかろうか。
なお、ミランダの武装ビークルの運転が渚に比べて安全重視なのは確かだが、それは単にミランダが渚のように爆走できる能力がないだけで、ミランを気遣ってのものではなかったりする。まあ、そこらへんは言わぬが花というものであろう。
そして現在の武装ビークルの状況だが、渚たちを機械獣の群れのそばで降ろした後に一旦はUターンして距離を取っていた。それは渚の運転が荒すぎてマーカスが強化装甲機の装着に時間をとっていたためで、それが完了したので再び戻ってきたというわけだ。
『町の西門にいた狩猟者たちも動き出したようですし、なんとかはなりそうですね』
『メディカロイドのくせに油断をするなよ』
『レールガンは味気ないんですよ。マーカスはいいですよね。レーザーガトリング撃ち放題で。ハァ、強化装甲機も取られましたしね。この泥棒猫が』
『なんの話だ?』
メディカロイドが反抗期であった。その様子にミランとともに武装ビークルに待機していたミケがやれやれという顔で肩をすくめた。
ともあれ、ミランダもマスターである渚の意向を違えることはあまりない。なので、すぐさまマーカスの装着した強化装甲機を武装ビークルの天井から切り離すと、自身は渚たちから離れて動いている群れに向かってレールガンとライフル銃を撃ち始めたのである。
【解説】
タンクバスターモード・フィンガーソード:
アイテールライトで具現化した拳の人差し指と中指を引き延ばしブレード状にしたものである。広範囲の敵にダメージを与えられる反面、薄く構成されていて脆いため、対アイテールライト装備には弱い。




