第227話 渚さんとドリフトキング
ガン爺が機械獣の群れに向かって何かが突撃していくのを目撃した時よりわずかに遡る。
昼を過ぎたクキシティとアゲオ村の間の道を一台の武装ビークルが移動していた。それに乗っているのはアゲオ村へと向かう予定の渚たちだ。
もっとも現在の彼女たちの乗っている武装ビークルはただ呑気に走っているわけではなかった。ベアーアームに付いているブーストを噴かしビークル下部に設置してある電磁流体装甲により摩擦係数を下げてソリのように滑りながら通常ではあり得ない速度で疾走していたのである。
「も、元々こういう用途に使うために用意したとはいえッ、と、大丈夫なのか?」
武装ビークルの中でルークが窓際の手すりに掴まりながらおっかなびっくりそう口にする。何しろ埼玉圏内は周囲が瘴気によって視界が遮られてほとんど見えないし、路面も悪路続きでビークルがまともは走れないし、岩や天遺物といった障害物もあり、場合によっては機械獣も襲ってくる危険な場所だ。
「おっと、スケイルドッグ。よし、排除した。あ、なんだって?」
「なんでもねえよ」
窓の外で武装ビークルの補助腕が持つライフル銃の弾丸に当たってゴロゴロと転がっていくスケイルドッグを見てルークが呆れた顔をした。現在の武装ビークルの制御は渚がすべて請け負っている。今の渚ならば操縦しながら補助腕で襲い来る機械獣を退けることも難しいことではなかった。
「まったく、合流した途端にこれだ。最近は平和だったんだがな」
エロ動画を非合法で販売したことで投獄されていたマヌケがそんなことを口にする。なお、ルークは地下都市の修理に協力するかの判断を一度は保留していたのだが、ライアンから説得されて再びチームを組むこととなっていた。
現時点での渚とリンダは狩猟者管理局の管理下にあるとは言い難く、またコシガヤシーキャピタルや地下都市の協力まで取り付けてもいた。そうした状況の中で狩猟者管理局が一連の流れから置き去りにされる可能性をライアンは恐れてルークを説得したわけだが、ルークとしても話が大きくなって戸惑っていただけだったので踏ん切りを付けるキッカケにもなっていた。
ともあれだ。ルークの言葉の通り、現状の彼らは平和とは言い難い。何しろ武装ビークルが向かう先は機械獣の群れが迫ってきているアゲオ村なのだ。
「仕方ありませんわルーク。あんな話を聞いてしまっては」
リンダの言葉にルークも「分かってるさ」と返す。
当初、クキシティを出た時点ではまだ渚たちも急いでいるわけではなかった。グリーンドラゴンと機械獣の争いが激化し、その場から離脱した機械獣の群れがあったという情報をマーカスが事前に掴んではいたが、それがアゲオ村に向かっているなどという事実を渚たちは当然把握していなかったのだ。
状況が変わったのはアゲオ村からクキシティに向かって移動していた狩猟者と遭遇したためだ。
その出会った狩猟者たちはアゲオ村に機械獣の群れが接近していることを伝えるためにクキシティの狩猟者管理局に急ぎ向かっている者たちだったのである。
そして事情を察した渚が武装ビークルで全力疾走を開始し、今に至っていた。
「なあリンダ、地下都市内に逃げてれば安全なんだっけか?」
「ええ、機械獣は地下都市には入りませんから。ミミカはそちらに逃げてるでしょうけど……ただ、村が破壊されれば多くの住人が路頭に迷いますし、クキシティにいるアウターだってもうギリギリなのです。あまりよろしくないことが起こるのは目に見えていますわね」
リンダが物憂げな表情でそう口にする。
今の埼玉圏は何もない、何もできない人間を養っていけるほど優しくはない。村を失った者たちすべてを養える者などどこにもいないのだ。場合によっては村人とアウター、或いは都市の人間とも抗争になる恐れがあった。
「そうだよな。まあ大丈夫だ。間に合わせる。路頭に迷わせねえし、村を破壊もさせねえさ」
「そ、そんな気軽に話してますがそもそも大丈夫なんですか、このビークル? 辿り着けるんですか?」
ミランが顔を青ざめさせながらそう尋ねる。
それは一般人の感覚からすれば当然のものだろう。何しろ窓の外の景色は霧に包まれ真っ白なのに、武装ビークルは爆走しており、警告音が延々と鳴り響いているのだ。その警告音の意味は『危険。スピード落とせ』であったが当然渚は無視している。
「辿り着けないわけが……チッ、天遺物が前にあるか。曲がるぞ。オラァ」
「って、ま゛ーーーーーーー」
ミランの凄まじい悲鳴と共に武装ビークルが凄まじい勢いで弧を描いて滑りながら天遺物を避けていく。左右のブースターで調整しながら車体下部の電磁流体装甲の摩擦係数を落として滑りながら移動していく。それはまるでアイススケーターのような動きであったが、武装ビークルに備え付けられたセンサーヘッドで周辺の情報を得て箱庭の世界を展開できる渚ならば可能な動きだった。
「ま゛ーーーー」
ミランが悲鳴をあげている。一種の強化人間であるリンダたちでさえもキツいのだから、常人のミランでは到底耐えきれるものではなかったのだ。
『ふっ、マスターのドライビングテクニック、まだまだ私では届かぬ領域ですね。しかしいつかは……』
あと今回操縦を外されたミランダが渚に対抗心を燃やしていた。
ちなみに現在ビークル内にいるのは、渚、リンダ、マーカス、ミランダ、ミケ、クロに加えてルークと絶叫しているミランである。
「あ、アゲオ村が見えたぜ!」
そして渚の声とともに霧の先に建造物が立ち並んでいる影のようなものが見えた。所詮は埼玉圏内。障害物多数の霧の中を全力疾走できることが可能であれば、久喜から上尾までの距離はそうあるわけではないのだ。
「聞いた通り西門入り口に人集まってるってことは今は無事ってことか」
渚がハンドルを切りながらそう口にする。
道中で出会った狩猟者たちからクキシティとは反対側から機械獣がきていることは事前に報告を受けていたため、渚はあらかじめ村を迂回しながらアゲオ村の西門に向かっていたのだが、確かに西門前に狩猟者が集まっているようだった。
「で、西側にかなりの数の反応がある。こりゃあヤバいかもな」
「そっちも分かるのか? よく見えるもんだ」
マーカスの問いに渚が頷く。姿こそまだ見えないが、瘴気の揺らぎなどを計算し、どの程度の動体が存在しているかを把握することが渚にはできていた。
「それで、どうするナギサ?」
「そうだな。あたしらはこのまま突っ込んで足止めに入るから、ルークは一旦バイクで車から降りてくれ。そんで西門にリミナさんがいるだろうから協力を要請してきてくれるか?」
「足止めって……いや、今のお前達なら可能か。分かったよ。やってやる」
「わ、私も下ろして頂けますと……う、うぷ。ま゛ーーーー」
マーライオンと化したミランがエチケット袋にま゛ーとしていた。辛そうである。
「いや……多分その様子でバイクに乗ったら、落ちて死ぬんじゃないかな?」
「うう、死ぬのは嫌ぁあ。ま゛ーーーー」
「ミランダに操縦を代わってあたしとリンダが先行して機械獣を叩くからマーカスさんも強化装甲機で後に続いてくれ。で、ミランさんは耐えて」
「ま゛、ま゛ーーーーーーーーーーーーーーーー」
絶叫であった。
それから武装ビークルと連結しているキャリアの後部からルークが一輪バイクで飛び降りて村に向かい、渚たちが迫り来る機械獣たちへと武装ビークルを突撃させていくと霧の先に確かに機械獣が確認できた。それは二百を超える中型機械獣の群れ。そして、それを見たミランがさらなる恐怖を感じて絶叫した。
【解説】
渚のドライビングテクニック:
脳内チップと武装ビークルのセンサーヘッドが同期して箱庭の世界を発動させることで細かな地形まで把握できるため、渚は埼玉圏道最速理論を導き出すことが可能であった。なお、乗っている人間のことまでは考慮していない。




