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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
224/321

第224話 リンダさんと銀の翼

「ああ、いつもの薄暗い空だ」


 トリーたちと別れた渚が地上に出ると、まず目に入ったのは灰色の空だった。地下都市は太陽光に近い光に包まれていたが、地上はいつも通りに薄暗く、街の外を見れば瘴気の霧に包まれている。太陽の届かない世界、それが今の地上だった。


「中和はしているにせよ、浄化物質の毒素は完全に抜けてるわけじゃないからこの場にいるだけで寿命は縮むのよねえ……ハァ」


 入口の受付に何しからの連絡を入れたミランがため息をつきながらそう口にすると渚が眉をひそめた。


「え、寿命が縮むってマジ?」

「まあ、色々な要因はあるが瘴気が原因のひとつであるのは間違いないだろう。母上が確認したところでは、都市内での死亡年齢は平均四十五歳だそうだ」


 マーカスがそう説明するが、それはあくまで都市内での話だ。地下都市の平均寿命はさらに高く、正確な数字は出せないだろうが、都市部外周に住むアウターや狩猟者ハンターの寿命はさらに低いはずである。


『まあ、常に消毒液を薄めて飲み続けているようなものだからね。とはいえ、君は大丈夫だよナギサ』

『ねえミケ、彼女は機械種の加護を受けた身体なのだよね。もしかすると寿命という概念がそもそもないんじゃないのかい?』

『いいや、現状では彼女のそうした部分はいじってはいない。健全な状態を維持しているし、年も普通にとるよ』


 ミケランジェロの言葉にミケがそう返す。

 このような環境下においてもミケは健やかなる成長を想定した形で渚の身体を調整していた。寿命に関しても然り。ミケというものの本質は現在においてもナビゲーションAIであり、自らの判断で渚を変質させることをよしとはしていない。機械種による強化も渚という存在を変質させないよう環境に適応させた……という限りなく曲解に近い論理ロジックを働かせたが故のものであった。


「ああ、あたし年は取るのか」

『渚、君は不老不死を望むかい?』

「どうだろな。少なくとも成長したくないとは思ってねえし」


 姉のように胸がないことにコンプレックスを抱いているわけではない渚でも成長による期待がないわけではない。いきなり不老不死と言われても渚はピンと来ないが、正しく成長して大人になりたいとは考えていた。


「まあ、いいや。それでこれからどうする? とりあえずはリンダの家に戻って準備を進めておきたいところだけどさ」

「でしたらナギサは先に戻っていてくださいませんか」

「リンダ。何か用事があるのか?」


 渚の問いにリンダが頷いた。


「ええ、わたくしは一度デウスさんのところに行ってヘルメスの状況の確認をしてきますわ。お祖母様が妙に思わせぶりだったのが気になりますし、クロもヘルメスと一緒にあっちにいるそうですから」




  **********




「デウスさん、いらっしゃいますか?」

『オット。りんだ、来タンダネ』


 そして、渚たちと別れて機械市場のデウスの店にリンダが入るとそこにはデウスがいつも通りにレジにいた。カスカベの町で出会ったデウスと同じボディなのかは不明だが、少なくとも普段この市場にいるデウスであることは間違いなさそうである。


「お話は伺っていると思うのですけれども、ヘルメスの様子を見にきましたのよ。修理の方はどうですの?」

『アア、へるめすナラモウ全部終ワッテルヨ』

「あら、早いですわね。一昨日お願いしたばかりですのに」


 地上にいるバトロイドのセバスに修理のためにヘルメスをデウスの元に持っていくように指示したのが二日前であるが、すでに依頼された内容をデウスは終えていたようである。


『マア修理ト言ッテモ破損ぱーつヲ交換シテ、保管シテイタ追加ぱーつモ接続スルダケダッタカラネ。内部ノ制御モくろニ手伝ッテモラッタカラタイシタコトデハナカッタヨ』

『お帰りなさいリンダ。随分と早いお戻りでしたね。何かトラブルでもありましたか?』


 デウスの言葉とともにフィールドホロによって出現した黒猫がそう口にする。


「ただいまですわクロ。問題があったわけではありません。会いたい人にも会えましたし、やるべきことも想定よりも早く終わりましたので戻ってきましたのよ。クロとヘルメスのことも気になりましたしね」

『そうですか。とても良い感じに仕上がっていますよリンダ』

『話ガツイタトイウコトハ僕タチノ協力ニツイテモ決マッタノカナ?』


 デウスの言葉に、カスカベの町での話をこのデウスも引き継いでいることを把握したリンダが首を横に振った。


『オヤ、駄目ダッタノカイ?』

「いいえ、話はしましたのよ。けれど、クキアンダーシティとしては協力については判断できないとの返答を受けていますの」

『判断デキナイ?』


 予想外の返答にデウスが首を傾げた。


「その許諾についてはアゲオアンダーシティの支配者ドミネーター級AIから取らないと駄目という話でしたわ。それぞれの地下都市には自治権がありますから」

『ナルホド、ジャア仕方ナイネ。マアイイヤ』


 デウスがそう言って後ろを振り向くと作業用ロボットが店の奥からリンダのよく知る、しかし以前とは違う義足を持ってやってきた。


『ソレジャアへるめすダネ。サアコレダヨ』

「わたくしのヘルメスに何か……?」


 マシンレッグ『ヘルメス』。今やリンダの体の一部とも言えるその機械義足の左右それぞれの足首には、銀色の小さな羽のようなものが付いていたのである。

【解説】

不老不死:

 ウィンドという長命種が実在している通り、不老不死に近い技術はすでに確立している。だがそれは肉体面に限った話であり、マトリクスの実存が確定し、マトリクスの耐久年数が存在することまで判明したため、オリジナルの肉体と魂の双方を維持したままの完全なる不死は現段階では不可能であると結論付けられている。

 なお、マトリクスの耐久年数は平均二百年だが個体差が大きく、個体としての耐久年数の最長は超生命体アウラである。その推定耐久年数は計測不能であり、ウィンドがマトリクスを崩壊させずに今なお生存しているのもアウラを元に作られたためであった。

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