第222話 渚さんと攻略の糸口
「おや、戻ってきたのはいいが、シケた顔してるじゃあないか。どうかしたのかい?」
市役所を出てアルの運転で再びバーナム家に帰還した渚たちを出迎えたのはトリーであった。もっとも迎えられた側は素直に笑みを浮かべることはできなかった。何しろ渚たちはクキアンダーシティの協力を取り付けることには成功したものの、別の問題を抱え込むことになっていたのだ。
そしてバーナム家に入った渚たちは、ミーアやニキータとのやり取りで話せるところまでをトリーに話したところ、トリーの方も難しい顔をして「なるほどねぇ」と口を開いた。
「ナギサがコシガヤシーキャピタルとクキアンダーシティの協力の下でアゲオアンダーシティの修理を行うと……そういう話なわけかい。あまりにも壮大で笑っちまうが、なんだってそういう流れになったんだい?」
「まあ、ちょっとな。色々とあって直せる方法が見つかって、そんでそっちのマーカスやウィンドさんとかと話してやってみることになった。実際、アンダーシティがひとつ復活するならメリットは大きいだろ?」
渚がそう答える。機械種そのものについて説明はしないが手段があること自体は開示し、瘴気のタイムリミットについては秘密というのがひとまずの方針であった。対してトリーの方も胡散臭いという顔はしたものの、マーカスがこの場にいて、クキアンダーシティの協力を取り付けたという事実もあるのだから、真偽については問わなかった。それにトリーには別に『気にかかっている』ことがあった。実のところ、彼女は渚の説明にあった事柄のひとつに関わっていたのである。
「で、問題は地下都市同士が喧嘩してるってことなんだけどさ」
そして新たに浮かび上がった問題がソレであった。ニキータ曰く現在クキアンダーシティとアゲオアンダーシティは喧嘩中なのだそうである。
『攻撃こそされていないもののクキアンダーシティはアゲオアンダーシティより敵性と判断されているらしいね』
「それはまあ……こっちが悪いからねえ」
ミケの言葉にトリーが苦い顔をしながらそう返す。
「トリー婆ちゃんも知ってるのか? ええと。確かアゲオの大事なもん盗んだって言ってたけど」
それがアイテール結晶侵食体とは言わないところに渚の成長がうかがえた。もっとも尋ねられたトリーは皮肉げな笑みを浮かべて頷く。
「あたしも事情は知らないんだけどね。ミーア市長はアイテールの供給を増やそうとしていて、その手段のひとつとしてカスカベアンダーテンプルと同じ施設をもうひとつ作ろうとしていたらしいのさ」
事情、それが瘴気のタイムリミットに備えた備蓄用のものであろうことを知っている渚が眉をひそめた。つまりカスカベアンダーテンプルのようなアイテール採掘場を作るためにアゲオアンダーシティのアイテール結晶侵食体を盗み出したようである。
『譲渡ではなく無理やり奪い取ったということかい?』
呆れた表情のミケにトリーが頷く。
「そういうことだね。奪取作戦はあたしが陣頭指揮をとった」
「お祖母様が!?」
それに驚いたのはアルであった。
「何故に引退したお祖母様がそんなことを?」
「その辺の話は今は置いておくよアル。あんたにもそろそろ話しておく時期かもしれないし、後ほど時間を取って説明してやるさ」
トリーがアルにそう説明してから、改めて渚へと視線を向けた。
「でだ。アゲオアンダーシティの抵抗も激しくてね。あたしらが奪えたのはひとつだけだった。まあ、結局は他のアンダーシティとも協議した上でクキの独断専行が咎められてヘラクレスが返却にいったわけだけどね」
その言葉を聞いて渚はヘラクレスをアゲオ村で見たことを思い出した。
つまりはあのときにヘラクレスはアイテール結晶侵食体をアゲオアンダーシティに返していたのだろう。渚がアゲオ村に来た時点でアゲオアンダーシティに入れなかった理由も、ヘラクレスと出会った以降に入れるようになった理由も繋がった。
「つまりアゲオダンジョンでミリタリーマシンが暴れてたのって」
「あたしらが荒らしたから警戒したのさ」
「あれ、お祖母様が原因でしたのね。まったく知りませんでしたわ」
リンダが目を丸くしてそう口にする。
「ヘラクレスの説明によれば、廃棄された第一第二より下、第三階層以下は現状でも戦時モードのままなんだそうだ。黒雨対策により外からの指令はほとんど受け付けない。だからアゲオのAIとは交渉自体が現状ではできないものだと考えていいね」
『ほとんど……というと手段はあるのかい?』
「緊急用の回線が存在しているらしいが、受け付けるのはミリタリークラス権限のみで、それも特殊な暗号キーのみだって話さ。正直、そっちへの対処は無理じゃないかね」
『まあ、ミリタリークラス権限だけならともかく……暗号キーとなるとちょっと難しいか』
ミケがそう返す。それからミケは渚を見た。
「どうしたミケ? なんか思い付いたのか?」
『うん、まあね。一応方法はあることはあると思ってね』
「方法?」
首を傾げる渚にミケが頷いた。
『アンダーシティは通信遮断が徹底されている。緊急用回線もセキュリティ面では相当に厚いだろうし、何ひとつ目処がない現状ではそれを当てにはできない……が、先ほど市長室に僕が直接繋ぐことでアクセスすることができた』
「なるほど……確かにさっきミーアさんが驚いてたな」
「接触は可能だと? 繋げたところで説得の材料がなければ意味がないんじゃないかい?」
交渉にテーブルにつけただけでは駄目なのだ……とトリーは言うが渚たちは知っている。ニキータがそうであるように機械種であるミケをアゲオのAIも無視はできないだろうと。
『そこは一応当てはあるからさ。渚、どうだろう?』
「ま、手っ取り早いのは嫌いじゃない。とりあえずはその方向で検討してみようぜ」
アゲオアンダーシティの第四階層に強行し、市長室でアゲオのAIと接触する……それが果たして可能か否かはともかく、ひとまずはアゲオ攻略に向けて渚たちは動き出したのであった。
【解説】
アゲオダンジョンのミリタリーガード騒動:
渚がアゲオ村に到着した際にアゲオダンジョンは閉鎖されていたが、その原因はクキアンダーシティの指示でトリーたちがアゲオアンダーシティからアイテール結晶侵食体を奪ったためである。村長のバルザは上級市民の探索者が禁止区域を荒らしたためと認識していたが、状況はそれよりもはるかに酷く、場合によってはアンダーシティ同士の抗争になる可能性もあった。




