第218話 渚さんとミランの処遇
『さて、話を戻す前にミラン。君の処遇だがとりあえず市民IDの剥奪は決定だが、今はまだ保留とさせてもらう』
「ほ、保留……ですか?」
ニキータの言葉にミランが冷や汗をかきながらも首を傾げた。
ミランも支配者級AIであるニキータのことは知っている。そのAIがはるか昔から存在していることも、市長と共に地下都市を運営していることも理解している。
基本的にニキータは市長の相談役としているため、主導する形で表舞台に立つのは市長にイレギュラーがあったときぐらいではあるが、ニキータが市長と同等の権限を有し、命令を行使することができることは地下都市内でもシステムに関わる者ならば当然知っていることだった。
「ディーマリアに関しては色々とイレギュラーな部分が多い。ただ、野盗をカスカベの町の地下『カスカベアンダーテンプル』の最重要区画まで立ち入らせてしまったという事実は単純に言って管理官としては大失態だ」
その当然の指摘にミランの顔が青くなる。報告後にもお達しがなく、また野盗の襲撃事件自体は解決したこととドクに関しての報告もあって個人のミスとしてはカウントされなかったのでは……とミランは希望的観測でいたのだ。
それは本来迅速に連絡が返される地下都市内では仕方のないことではあるかもしれないが、それは市長であるミーアが渚との対談のために保留にしていただけのことであり、残念ながらミランは処罰から免れていたわけではなかった。
『とはいえ、あの襲撃については君の能力で対処が及ぶものではなかったのも事実だ。だから君にはふたつの選択を用意してある』
「ふたつ……ですか?」
『そうだ。ひとつは市民IDを放棄し地上で生きていくという選択』
「それはあまりにも……」
ニキータの言葉にミランが絶句する。彼女もカスカベの町の管理官をしていたのだから外の世界で生きるすべをまったく知らぬわけではなかったが、それでもミランは己が地下都市の加護なしに生きられる自信を持ち合わせていなかった。
『もうひとつはそちらのナギサについて、僕らとの橋渡しをすることだ。窓口となって功績をあげれば、剥奪の撤回も考えよう』
「あたしたちの?」
渚が訝しげな顔をする。
『ああ、そうだ。カスカベの町への野盗の襲撃はミランの対処能力を超えた事態だったことは僕も承知している。それでも管理官とはそういう面も含めて責任をとることを求められる役割だからね。残念ながら現時点でそれを覆すことは僕にもできない』
『僕たちの役に立てさせることで、覆すだけの実績を作らせようということかな?』
ミケの問いにニキータは『その通りだ』と返して頷いた。
『そして君たちの今後の動きについて僕は動向を見守りたい。いや、言い方を改めよう。監視が必要だと考えている。だからこそそちらにはマーカス・ウィンドもいるのだろう?』
「俺がこの場にいるのは俺自身と母上の意思だ。監視などという意図はない」
『そうかい? けれどもそちらのナギサの実績からすれば、彼女がこれまで通りに動くのであれば、君が騎士団を抜けてまで協力するような状況にはならないんじゃないかな?』
そう返されるとマーカスは少しばかり眉をひそめた後、口を閉ざした。
ニキータも狩猟者管理局からの地上の実績と、ミーアが行った監視などから渚の情報を得ているが、すでに渚は現在の時点で地上にいる一介の狩猟者としては異常とも言える戦力を個人で所持している。
それでもコシガヤシーキャピタルに行くまでは成り行きと言われれば通用したが、機械種の眷属となったことや騎士団団長が加わった状況からすれば監視としてついているという考えは決して的外れとはニキータには思えなかった。
『ま、その話はこれから聞いていけばいいか。それじゃあミラン、ここからの話は色々と問題がありそうでね。市民IDを捨てるなら退室を、そうでないなら残ってくれるかい?』
その言葉にミランはビクリと肩を震わせたが、その場を動く気配はなかった。
どちらにせよ地上に追いやられるのは確定だが、渚たちの庇護にあるか否かは安全面において大きな違いがある。それからニキータは退出しないミランを見て頷くと渚へと向き直す。
『じゃあ、話を続けよう。それで君たちの要望はまずディーマリアの人権を取り戻すこと……でいいのかな?』
「そいつはそっちのミケランジェロの要望だな。まあ、あたしらと一緒に来てくれるつもりらしいけど」
渚の言葉にミケランジェロが頷いた。ドクとミケランジェロは渚の今後の行動を支持し、協力することを取り付けているし、市民IDを得たからといってクキアンダーシティに根を張るつもりもなかった。
「で、だ。あたしらがこれからやろうってのは……」
そう言ってから渚がミランを見た。
『ああ、彼女にも伝えてあげて構わない。これで晴れて深入りだ』
ニキータの言葉にミランの頬を冷たい汗が伝う。その様子に渚は少しだけ躊躇をしたが、意を決して話を切り出した。
「あたしが来たのは十年後に浄化物質が消滅するこの埼玉圏の今後の在り方についての相談だ」
『うん。まあ、そちらも知っていたというわけだね。しかもこちらよりも正確な精度の情報だ』
元よりその事実を知らなかったミランと、正確なタイムリミットを知らなかったミーアが驚いている前で、ニキータが納得した顔をして頷いた。その様子にミケが目を細める。
『十年という時間を君たちも把握していなかったのかい。まあ、それでも君たちは起こるべき時に備えて、せっせと地上からアイテールを持ち込んで蓄えているところではあるわけだよね。ハイアイテールジェムなんてものを作って別の都市に配ったりして備蓄を進めさせたりしてさ』
『ふふ、地上からのアイテール輸入量はウチが一番だし、採掘場であるカスカベアンダーテンプルを持っているのはウチだけだからね。まあ、地下都市同士は基本的に助け合うのが基本なんだ。元はひとつの都市群だったわけだからね』
「元はひとつ?」
『ああ、そうさ。かつては地下通路が整備されて、地下都市同士は繋がっていたんだ。天上人の一部勢力がアウラの処分なんてことを実行して最悪の状況を引き起こすまではね』
ニキータがそう言って憎々しげに天井を、おそらくはその先にある天国の円環へと視線を向けた。
【解説】
天上人:
地上よりも遙か上空に住まう人間をそう呼んでおり、多くの地上人はすでに滅んだと認識している。
一般的にはオービタルリングシステムである天国の円環より地球外に生きている人間を指しているが、現時点で彼らがまだ生存しているのかさえも地上からでは分からない。
なお彼らの亡骸が天遺物から見つかることもあり、身に付けているのが高品位のアストロクロウズであることも多いため、狩猟者の間ではボーナスキャラのような扱いとなっている。




