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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
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第217話 渚さんと世界市民

「擬人化?」


 渚の脳裏に何故か戦艦や城や駅などのイメージが浮かんだがその意味は分からなかった。そして眉をひそめている渚にミケが口を開いで補足する。


支配者ドミネーター級AI。つまり彼女は支配を役割とするAIだから都市すべてを把握しているのだろう。都市そのものと言えるかは分からないけど、彼女が都市の頭脳と言える役割なのは確かなのだろうね』


 その言葉にニキータがにこりと笑う。特に否定もしないことからミケの言葉は間違いではないようであった。けれども渚の方は何かが疑問なのかニキータと、それからミーアを見てから首を傾げた。


「ん、けどさ。この地下都市の一番偉い人ってのはそっちのミーア市長じゃねえのかよ?」

『ソレはソレで間違いではないのだけどね。彼女は民主的に選出された都市の管理者。まあソレは事実であると同時に建前でもある』

「?」


 渚はさらに傾げた首の角度を深くしたが、ミケは『あのね渚』と口にして、目の前で佇んでいるメイド少女を見た。


『すべてが完全にオートメーション化した世界において必要とされる人間の役割なんて本来存在しないんだよ渚』

「必要ないってなんでだよ?」

『そこにいる護衛? のように……人間の代わりのロボットやAIが行うからだね。そうなると働く必要も意義もないから一日ボーッと過ごして何もせずに食事をして、本を読んで、寝て……という暮らしをし続けるだけになるだろう。まあ、生産性は無くとも消費はできるからそれも無意味とは言えないんだけど、突き詰めれば直接栄養を与えれば食事の必要性もなくなるわけだし、快楽を欲するなら脳内麻薬の調整を直接行えば良いだけさ。最終的には脳とマトリクスのみを封じた専用器の中で生き続けるということもあったらしい』

「そりゃあ……楽しくない未来になりそうだな」


 渚がなんとも言えない顔をした。ベッドに寝ている自分が無数のチューブを身体中に差しながら笑っていて、老化で肉体が保たなくなった後は試験管の中に入って永遠に夢を見る……そんな自分を想像して渚は身震いしたが、ミケの言葉が確かなら、それは実際にあったことなのだろう。それからニキータが口を挟んだ。


『まあね。楽しくない……というよりはそうした方向性では衰退は免れない。その類の文明は淘汰されたし、機械の反乱、人間の解放運動……数えきれない事件があって……最終的には僕のような存在の元、人やAIという括りもなく、人権……市民ID保持者を人間社会の一員として認め、役割を与えることを義務としたんだよ』

『それがこの地下都市かい。ここはまさしく人間社会の縮図だね。人間は役割を与えられ、歯車として機能することで社会を形成する。もしかすると現在の地下都市は人間社会を保存している状態なのかな?』


 ミケの問いにニキータが少しだけ考え込んでから口を開く。


『そういう面はある……かな? 明確に指示があるわけではないんだけど、地下都市はいくつかのプランに従って用意されたものでね。とりあえず話を戻そうか。そんなわけでミーアは正しく地下都市の市長ではあるし、あまり虐めないであげてくれないか。彼女は市長として良くやっている』

「そういう言い方はやめてくれないかニキータ。子供じゃないんだ」

『その結果がこれならば、考えが足りなかったと言わざるを得ないと思うけどね』


 ミケの指摘にミーアが苦い顔をした。


「ひょっとして ミケ、怒ってるのか?」

『まあ、それなりには? ここまでの不審な状況も、リンダを外したことも、それにこちらが防ぐことを前提に考えていたにせよミランを殺そうとしたことも、それらを考えれば思慮が足りなかったのは明白だろう。印象としては最悪だよね』


 その言葉にニキータが肩をすくめる。ミケの言葉は推測も含まれているが事実であり、ミーアが主導して行ったことには違いない。


『申し訳ないとは思っているよ。ただね。僕にとっては問題のないことではあるのだけれども、彼女にとっては君たちをそのまま受け入れるのは許容できないものがあったんだ。命令権を上位に持つ機械種に連なる存在だからね』

「上位?」

『機械種はその存在自体がミリタリークラスに該当するんだよ渚。勿論、戦時下でなければ権限は限定されるけどね』

「それだけでも十分に脅威だ……が、それでも今の状況は私の不手際だな。すまないと思っている」


 そう言ってミーアが頭を下げる。それを見て渚は特に何も口にすることはなく、ニキータを見た。謝罪といっても形だけのものであろうし、受け入れるという気にはなれなかったのだ。それから渚の心情を察したニキータが苦笑しつつも話を続ける。


『まあ、そんなわけでミーアは交渉によってある程度の譲歩を引き出し、君たちにはこの地下都市からご退場願おうとしていたんだろうがミケくん激オコで躓いたから、さすがに見逃せなくてこうして僕が出てきたってわけだね』


 そのニキータの言葉にミーアが肩を落とす。


『ミーアも分かったかな。諦めよう。それにだ。ディーマリアと言ったね。まったくこの地下都市の製造者には愚痴を言いたいよ。とんだ厄介なものを混ぜ込んでくれたものだ。正直に言えば今ミケくんから送られた情報を確認した限り、僕の管理下には置きたくはない』

「ああ、そう……だな。天国の円環ヘブンスハイローの出身で、決戦兵器研究の第一人者。完全に天上人じゃないか。ゴミ捨て場ガベージダンプの人間など、彼らにとっては同じ人間ですらないだろうな」

(……ガベージダンプ?)


 聴きなれぬ単語に渚が眉をひそめたが、誰もそのことには気付かず話を続けていく。


『ともあれだ。この都市の権限で彼女の人権をオリジナルのものと同等にすると要望だね。それはちょっと無理かな』

『駄目かい?』

『駄目……というかそれだけの権限を僕は持っていないからね。情報を見せてもらったけど、現在のディーマリアのマトリクスの製造はミリタリークラス権限で造られたものだろう。少なくともこの地下都市においてはオリジナルとの差異は見出せないし、オリジナル扱いとして判断するしかない』

「しかし、ニキータ。魂の再現……それは許されることではないはずじゃないのか?」


 その疑問の声にニキータが首を横に振る。


『ミーア、それは民間での話だ。ミリタリークラス権限でならば可能ではあるんだよ。戦争という環境はそうしたものを容易に軽んじることが許される。勿論、色々な問題はあるし、そもそもが正規の手続きを踏んで再生したとは思い難いけど……それでもオリジナルの肉体と魂としかこの都市では認識できないだろうし、マトリクスの再生治療……オリジナルのマトリクスが消滅した際に代替のマトリクスを製造し用いる治療を行ったと言われれば否定する材料がない』

「ニキータさん、それでもオリジナルと同等にできないのか?」

『そうだね。その権限が僕にはないんだ。だからこちらで発行できる最高レベル、世界市民IDを発行しよう』

「世界市民?」


 それも渚には聞き覚えのない言葉であった。


『上級市民IDのように所属都市の上位権限こそないけど、どの都市でも市民IDとして機能するものさ』

「ニキータ、それは良いのか?」

『保護の名目を考えれば上級市民IDでもいいのだけれどね。そうするとこの都市に住んでもらうことになるし、君の心理的負担も大きくなるだろうからね』

「う……確かに」


 役職上、ミーアは市長として街を管理する立場になるが、仮にディーマリアが上級市民となれば目の上のたんこぶでしかない。勿論それはミーアもゴメンであった。

【解説】

ゴミ捨て場ガベージダンプ

 瘴気に包まれた埼玉圏一帯はそう呼ばれており、現在でも投棄が行われている。

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