第212話 渚さんと指導するババア
「あーもう。まったく勝負になんなかった。なんでことごとく避けられるんだ?」
トリーに敗北を宣言した後、渚が憮然とした顔でそう口にした。
これまでにも渚が苦戦したことはあった。出会い頭のメテオライオスやアゲオダンジョンでのパトリオット教団との戦闘、また最近ではザルゴを相手にした時も勝てるかどうか分からないとは感じていた。
けれども、渚はこの世界に生まれ落ちて戦える力を持っていることを自覚してから、ここまでの差を相手に感じたことはなかった。だからこそ、渚はこの結果を受け入れられないでいた。無自覚に己の戦闘能力を驕っていたのである。
その様子に通常形態へと戻した車椅子に座ったトリーがケラケラと笑いながら口を開く。
「ナギサ。あんた、どうやら格上と当たったことがなかったらしいね。ま、そんだけのモンを持ってりゃあそういうこともあるんだろうが……地上も程度が落ちたのかね」
「ナギサは北の最前線を知らないからな」
そうマーカスが言い、トリーが「なるほどねぇ」と返しながら渚の全身から右腕へと視線を流す。緑色の髪と目、それにどこか人工物を思わせる肌のハリ……それらをトリーは目を細めながら眺めていく。
「ふぅん。全身を強化、その右腕も特別性。中身も随分といじってあるか。ナギサ、あんた思ったよりもロックじゃないか」
「ロック?」
渚は理解していないが、モランのように全身機械化でもなく、生体強化の施術は限定された場所でしか行えない上に費用も恐ろしくかかるものだ。そうでなくとも全身改造など行おうと考える者はそうそういない。世間一般的な扱いでいえばモランと大差はない。
「そんで、さっきはセンスブーストと弾道予測線を使ってたんじゃないかい」
「ああ、そうだよ。よく分かったな婆ちゃん」
驚く渚にトリーが肩をすくめた。
「ハッ、そういう相手と殺しあう機会は何度もあったからね。気持ち悪いくらいに癖がないから分かりやすいんだよ」
「ああ、だからあたしの攻撃は全部見切られてたってことか?」
「そういうことだね。どう足掻いたって時間は変わらないし、その間にできる行動なんてそう多くはないのさ。結局は経験と勘さえあれば、知覚を加速させるよりもノイズが少ない最適解が生み出せるってぇわけだ。昔はあんたみたいなのをいいカモにして美味しくいただいたものさね」
その言葉に渚が眉をひそめながらミケを見る。
少なくとも渚はこれまでセンスブーストや弾道予測線の能力を疑ったことはなかった。その根底を崩すようなトリーの言葉に渚は動揺を覚えたが、ミケは頷いてトリーの指摘を肯定した。
『まあ、正しい指摘ではあるね。恐らくは彼女は僕たちが初めて見た本物の戦士なんだろう。渚、君にインストールされた技術はね。かつての兵士が持っていた技術だ』
「ああ、そうだな。そう聞いてる」
ハンズオブグローリーシリーズのファングよりチップを通して渚に与えられたのはミケたちが製造された時代の兵士の戦闘技術だ。それは地上で出会った狩猟者や野盗たちのソレを凌駕していることはここまでの出会いや戦いで渚も把握している。
『それはね。大元である本物の戦士たちの技術や能力を解析し、研究して生まれたものだ。そうして生まれた技術をデータ化してインストールすることで君のような訓練を積んでいない女の子でも近い技術を得ることができる』
「ああ、そうだな。分かってる」
『ただ君はやはり即席なんだよ。本物を相手にした場合、まともにやり合っても勝利するのはやはり難しいだろうね』
「ハッ、褒めてくれてあんがとよ。けど、まともにやり合わなければ勝てるって言いたそうだね」
ミケとトリーのやりとりを聞いて渚は自分の右腕『キャットファング』を見た。
現在、そのマシンアームには三発のカートリッジが装填されている。まともにやり合わない……つまりは一切の状況の配慮を捨てて持てる力を全て使えば勝てるだろうとミケは言っている。
(タンクバスターモードを連射でもすりゃあ、まあできるだろうけどな)
『まあね。対人戦の技術が優れていようが、もっと強力な攻撃を加えれば……ひとりの人間を殺すことは容易い。もっともそこまで持ち込むのは骨が折れるだろうけどね』
ミケの言葉に渚もそうだなと考える。それから渚がトリーを見て口を開いた。
「本物の技術か。なあ、リンダの婆ちゃん。あたしもセンスブーストや弾道予測線は使わないで自力で戦った方がいいのかな?」
「あん? 馬鹿言うんじゃないよ。あたしと同じとこまで来るなんざ不可能だし、近いところに来るのだって何十年か先さ。で、その前にあんたは確実におっ死ぬ。にわかでどうにかできるもんじゃないんだよ」
その言葉に渚が眉間にしわを寄せる。
「じゃあ、どうしたらあんたみたいになれんだよ」
「使える武器は使いな。使って使って使い込んで、それを踏み台にしてさらに上を目指すのが賢い選択さ。後は……」
「ん?」
「その尻から伸びてる尻尾、肩のものとは違うが補助腕だろう。使えるもんはちゃんと使いな」
「うっ、忘れてた」
「あんたねえ。さすがにそいつぁ、迂闊すぎるんじゃないかい」
呆れた顔のトリーがそう言ってため息をついた。
今まで装備していなかった追加武装であるが故に渚はその存在を忘れていた。けれども実のところキャットファングの補助腕を渚がパージした時点で、トリーの最大の懸念は『ここまで使用していなかった』尻尾を渚がどう使うのかに集中していたのだ。イレギュラーがあるとすればそこだろうというトリーの予想は悪い意味で裏切られた形になり、それからトリーのお説教が始まったのだが……
それから一時間、渚がトリーを師匠と呼ぶ姿がそこにはあった。
【解説】
師匠:
ここに至るまでにようやく渚は己の技量を大きく上回る人物と会い、師事されることを望んだ。




