第204話 渚さんと囚われのルーク
「まだ、意地を張るのかルーク。いい加減楽になりたいとは思わないのか?」
薄暗い部屋の中、わずかに射す外からの明かりに反射して埃が舞っている光景が見えた。そして、そこにはふたりの男がいた。
もっとも二人は対等の姿ではない。一方は壁に繋がれた鎖を手足に付けられてその場に膝をついており、もう一方はそんな男を鋭い目つきで見下ろしていた。
「助けなど誰も来ない。お前がそうまでして義理立てする理由はないはずだ」
「どうかな。分からねえぜ。それによ。さっきも言っただろ」
鎖で繋がれ膝をついている男、それは渚たちとチームを組み、今は一時的に離れていたルークであった。彼は現在、とある場所に監禁されていたのである。
「俺を甘く見るなってな!」
ギロリとルークが己を尋問している男を睨みつける。その瞳には強い光が宿っていた。何者にも屈服しないという信念がそこにはあった……ように男には感じられた。もっとも男も素人ではない。若干気圧されたもののすぐにその表情は元に戻し、鋭い視線をルークへと返した。
「強情だな。だが、現実にお前はひとりだ。それを忘れるな」
「へっ、言ってろよ」
(ナギサ。安心してくれ。お前のことは俺が守る。絶対にだ)
部屋から出て行く男の背を眺めながらルークが心の中でそう呟く。
ガシャンと扉が閉められ、その場にいるのはルークひとりとなった。
そしてただひとり、何かを待つように……外から射す光の中でルークは佇んでいた。その光景はまるで祈りを捧げる巡礼者のようだった。
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「がはははは、助かったぜナギサ、リンダ」
クキシティの狩猟者管理局の局長室ではライアンの高笑いが響き渡っていた。その声の大きさに、ライアンの前にいる渚とリンダが少しだけ口元を引きつらせながら笑っている。
「別にたまたまだっての。ま、みんな生きてて良かったぜ」
「そうですわね。ギリギリでしたけど」
渚たちがこの場にいる理由は道中で襲われたキャラバンの商人たちや護衛の狩猟者たちを回収し、そのままクキシティに送り届けたためだ。
商人たちはクキシティからカスカベの町に向かう途中でアーマードベアたちに襲われたそうで、護衛の狩猟者たちともども生け捕りにされたのだとのことであった。
そして、その報告に狩猟者管理局に行ったところ、こうしてふたりはライアンの元に呼ばれたのであった。
「護衛をしていたのがブロンズランクの狩猟者だったからな。ロクに反撃もできずに生け捕られたみたいだな。まったく運のいい奴らだ。普通ならアイテール行きだ」
「つうかさ。ブロンズランクふたりでって正直厳しくないか?」
慣れていない狩猟者ふたりではスケイルドッグ相手でも難しい。ライアンも渚の指摘を理解しているため素直に「まあな」と返した。
「分かっちゃいるが、ウチの人材不足も深刻でな。護衛料も上がってるし、今まで通りに払える商人も少ない。どうにもならねえのが現状さ」
前回のシャッフルで少なくない有力な狩猟者が死亡し、以降も機械獣の動きが活発になっている。その上に一週間前にはカスカベの町とコシガヤシーキャピタルへオオタキ旅団の襲撃もあった。そのため、機械獣だけではなく野盗の動きにも注意せねばならなくなった今、ライアンの言う通りに狩猟者管理局は手が回らない事態になっていたのである。
「シャッフルが落ち着いているにもかかわらず機械獣の動きがおかしい状況は続いていてな。実のところ、今朝方に別方面でもアーマードベアの襲撃があって、巣の捜索隊を組ませているところなんだよ。多分、お前らが遭遇したのもそこからの個体だろう」
「マジかよ。けど、一応対応は進んでるってわけだな」
「そうだな。これで終わるかっつーと、そうじゃあないだろうが」
そう言いながらもライアンが窓の外、西側の方へと視線を向ける。
「お前らも知っている通り、埼玉圏中心部では今グリーンドラゴンと機械獣が対立してる。今回の状況はそいつの影響らしい。シャッフルほどじゃねえが、機械獣の動きの予測が立たん。そんなわけで、お前らには狩猟者としてはガッツリ仕事してもらいたいんだが」
その言葉に渚とリンダが顔を見合わせ、その様子にライアンが首を傾げた。
「どうしたふたりとも?」
「あのな局長。ワリィ。実はあたしら狩猟者は本業じゃなくなっちまった」
「は?」
ライアンが間抜けな声をあげて渚たちを見た。
そして、渚は意を決してカスカベの町からここまでに起きたこと、これからのことをライアンに話していった。その話は少々刺激が強かったようで、すべて話終わった時にはライアンは「マジか」と口にしていた。
「マジだ」
頭を抱えるライアンに、渚が頷く。
ライアンも瘴気の耐久年数が後十年で終わるということまでは知っていたが、そこより先は公式ルートでの情報しか耳に入っていなかった。
だから機械種の覚醒と、それをコアにしたアゲオアンダーシティ復興計画。そしてコシガヤシーキャピタルの支援の下で渚がその計画を担うなど……まったくもってライアンの想像の範疇をはるか上に飛び越えた内容であった。
「色々と聞きたくねえことを聞かされた気がするんだが、お前らが降りたあのビークルの中に騎士団の団長マーカスが乗ってたのかよ」
「元団長な。今はうちの従業員だぜ局長」
渚の返しにライアンが「ハァ」とため息をついた。マーカス・ウィンドの名は埼玉圏でも知らぬ者はいないほどに有名だ。本来であればライアンとて対等に並び立てる立ち位置の相手ではなかった。そして、確かにそこまでのバックがあるのでは渚たちに狩猟者の仕事を続けさせるわけにはいかないとライアンは考える。状況次第とはなるが、その計画に乗り遅れぬよう狩猟者管理局から人をやらねばならないだろうとも。
「ま、話が進みゃあアゲオ村付近はあたしらでどうにかするし、こっから先はみんなが生き残るために協力しないといけないからなぁ」
「にしても話がデカすぎる。クキシティの局長如きがひとりで決められることじゃあねえぞ」
そうライアンは言うもののコシガヤシーキャピタルが動いたという事実から、瘴気の消滅後の展望にもわずかに希望の光が見えたのは確かであった。それからライアンは少しだけ何かを考え込んでから「あ」と口を開いた。
「なんだよ局長。何か問題でもあんのか?」
その様子を渚が訝しげな様子で見ながら尋ねる。
「問題かどうかというと何もかもが問題だらけだが……いやな。ちょっとこっちからも伝えないといけないことがあってな」
ライアンが戸惑いの顔を浮かべながら渚とリンダのふたりに視線を向ける。その様子に渚たちは首を傾げるが、ライアンは意を決した顔で口を開いた。
「実は……ルークのことなんだ」
「ルークがどうしたんですの?」
リンダが眉をひそめた。ルークとはクキシティで一度別れてからまだ会っていない。一体なんの話なのかとふたりが身を乗り出すとライアンが「今あいつを捕まえてんだよ」と口にした。
「え?」「は?」
予想外の言葉に、呆気にとられた渚たちを見ながらライアンがこう続ける。
「お前らに言うのもどうかとも思ったんだがな。実はあのアホ、違法のポルノ動画を闇市で売りさばこうとして御用になってな。今はうちの地下牢に入れてあんだよ」
そして渚の顔が固まった。
【解説】
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まさか仲間のひとりがそんな犯罪行為に手を染めているとは……




