第196話 渚さんと現状確認
「ハァ、出る前に街の中回って見たかったなぁ」
窓の外で小さくなっていくクレーターを眺めながら渚がそんなことを口にしていた。急かされて出立したため、渚は首都の外街も内街も見て回れていなかったのだ。
『物資に関しては身動きの取れたリンダたちに任せていたし、今は用はないよ。まあ今後何度も寄ることになるだろうし、その時にでも見て回ればいいんじゃないかな』
「ちぇっ」
ミケの言葉に渚が肩をすくめ、その様子を見ていたマーカスが少しだけ苦笑する。
「申し訳ないナギサ。クキアンダーシティからの要請がしつこくてな」
「ま、しゃーねえよ。ハイアイテールジェムはアゲオのための交渉材料だからな。渡すにしてもただ渡すだけってわけにゃあいかねえし」
渚がそう言ってテーブルの上に置いたケースを見た。
マーカスの言う通り、ハイアイテールジェムの件をクキアンダーシティに伝えたところ、すぐさま渡すようにとの通知が来ていたのだ。時間がかかるなら人を送るとも連絡してきており、結局渚は検査を終えると同時にすぐさまハイアイテールジェムを持ってクキアンダーシティに向かわざるを得なかった。
『ところで、マーカスが今後チームに加わるということは、私は強化装甲機の操縦者の座を奪われるということでしょうか?』
マーカスの声が聞こえてきたからか、運転しているミランダがそんな質問を投げかけてきた。
「ミランダ、一応言っておくと強化装甲機は別にお前専任じゃあねえからな」
渚が少しばかりジト目になってミランダに言う。カスカベの町で暴れて以降ミランダに戦闘狂の色が見え始めていた。それからミケがやれやれという感じで口を開く。
『渚の言う通りだ。それに君は別に強化装甲機に拘りがあるのではなく撃ちたいだけだろう。であれば火器管制装置が導入されたことでこの武装ビークルからでも援護射撃はできるようになっている。それでは不満なのかい?』
『あ、それはそうですね。今の私はそういうこともできるのでした』
『強化装甲機のガンナーズパックをビークル上部に設置してあるから、それを使えば長距離援護にも対応できる。今の君にはうってつけだろう』
『ほぉ。レールガン、いいですね』
「それで満足できるんならいいけどよ」
「大丈夫なのか、このメディカロイド?」
「知らねえよ」
首を傾げるマーカスに渚がなんともいえない顔をして首を横に振った。
なお、武装ビークルには元より左右の補助腕にライフル銃を持たせてはいたし、ソードマンズパックを騎士団より譲り受けたことで、複座付きのガンナーズパックは武装ビークルの上部に設置されていた。そして、これまでのミランダの射撃精度では誤射の危険性があり使用できなかったが射撃管制装置が導入されたことで、今では渚たちの戦闘のサポートに回れるほどの精度を得るに至っている。実のところ、アイテールラムなどよりも射撃管制装置こそが武装ビークルの戦力の底上げになっていたのである。
その上に車体の後部と繋がっている電磁流体装甲のソリの上に強化装甲機とブレードマンティス一体を乗せてもいる。それは狩猟者が持つには過剰過ぎる戦力であった。
「ま、強化装甲機についてはマーカスさんがメインで使っていいぜ。基本ソードマンズパックを積んでいるけど、問題ないだろ?」
「問題はないが……ナギサは乗り手としてもなかなかと聞いているが乗らないのか?」
「あたしはこのまま戦う方が性に合ってんだよ」
「なるほど、分からんでもない。まあ俺もこっちを早めに慣れさせないといかんし、強化装甲機は大飯食らいだからな。アイテールの消費を抑える意味でも頻繁に使うつもりもないぞ」
マーカスが自分の左腕をパンパンと叩いて言う。そこにあるのはハンズオブグローリーシリーズのドラグーン。それはファイターバスターモードという対戦闘機用の攻撃手段の他にも射撃モードを有しているマシンアームであり、その腕を三本使用していたザルゴほどではないにせよ強力なものであるのには違いない。
『戦力といえば、ブレードマンティスは結局一体だけでしか持ち出せないのは残念でした』
クロが名残惜しそうに言う。オオタキ旅団との戦闘で生き残ったブレードマンティスは二体。だが、今乗せているのは一体のみだ。それにはミケが『仕方ないさ』と口にする。
『さすがにあの大きさの機械獣を何体も動かせば燃費も馬鹿にならない。それにドクに改造されたブレードマンティスは首都への機械獣を誘導したアルケーミストと同じ仕組みで動いていたらしいからね。今はコシガヤシーキャピタルの研究班に回しちゃってるからもうバラバラだと思うよ』
「アルケーミストってアレだろ。有機物をアイテールに変換するっていう……」
アルケーミストは有機物をアイテールに変換する機械獣の中でも最も重要な位置に存在する種だ。普段は巣の中に隠れていて、狩猟者などが巣を駆逐しても戦わずに逃走を選択するため、手に入れられるのは稀であった。また機械獣はアルケーミストを優先するために、存在を確認した段階で奪還する行動を取る。オオタキ旅団はそのアルケーミストを操作して機械獣を集め、首都に襲わせたようであった。
「それにしてもよく捕まえられたよな」
「アレを生け捕りにするには手間がかかるからな。野盗たちがいかにあの戦いに賭けていたのかが分かる。もう少し連中の監視に人を割いておくべきだった」
マーカスが神妙な顔をしてそう言った。首都を襲ったオオタキ旅団の襲撃による被害も大きい。騎士団の人的被害も大きく、マーカスが騎士団を出たこともまた大きな痛手となっているはずだった。
『そうだね。とはいえだ。あのブレードマンティスを彼らに提供したのだから機械獣を操る技術も結構進歩するんじゃないかな』
現状の埼玉圏で機械獣を操れるのは機獣使いと呼ばれる一部の者のみだ。それはドクのように命令系統を書き換えるのではなく、クロのように乗っ取るものでもなく、プローブと呼ばれるものを刺してそこに外部装置で命令を送り操作するタイプである。対してドクの操作はプローブに頼らず、ソフトウェアのみで対処するものだった。
『ハァ、クロは一体いる分マシですわ。わたくしなんて戦力外ですのよ。足が動かないのが恨めしいですわね。かといって強化装甲機で戦えるほど習熟できていませんし』
リンダがため息をつきながらそう口にする。マシンレッグのヘルメスは現在動作せず、補助外装によって動かしている状態だ。
「ま、そいつはリンダの婆ちゃんに会うまでの辛抱だろ。それよりもさ。リンダは委員会に参加で本当にいいのか?」
「ええ。打算的ではありますが、アンダーシティに戻るにはこれが最善と判断しました。だからナギサが気にすることはないのですわ」
リンダがそういって笑う。
現時点でアゲオアンダーシティ復興計画委員会への参加をリンダは決めていた。
(あなたが何をするのか……見たくなりましたしね)
リンダが心の中でそう呟く。復讐心は消えていた。父の仕事の失敗も取り戻し、こうしてクキアンダーシティに持ち帰ることとなっている。
そして渚の提案は、空白だったリンダの心にストンと落ちていたのだ。あまりにも大きすぎる構想も、決して夢物語ではないとされるだけの根拠も示された。であれば、リンダも行けるところまで一緒に行ってみたくなったのである。もちろん、現実的な打算もそこにはあったが。
『あら、前方に機械獣の反応がありますね』
「よし、じゃあ」
『では、撃ちますね』
「って、おい!?」
渚が何かを言う前に武装ビークル上部に設置されていたガンナーズパックが火を吹き、そして瘴気の霧の中でわずかに緑の光が見えた。
『当たりました。さすが射撃管制装置ですね。完璧です』
「お前の反応が完璧じゃねえんだよ」
どうやら近付いてきたのはスケイルドッグであったようだが、アイテールの入ったシリンダーは粉砕されパーツも粉々になっていた。そしてカスカベの町に付くまでにミケがミランダの判断を修正する講義が行われ、少なくとも指示あるまでは撃つなという基本的なことをミランダに学ばせることに成功したのである。
【解説】
AIのストレス:
ミケやミランダのように高度知性を有したAIには、ストレスを溜めることと発散することを行動原理のひとつとして加えられている。現状のミランダはストレス発散の手段として行った戦闘から過度な刺激を受けたため、ハッピートリガーの状態に陥っていた。
それはAIに用途の違う行動を取らせると稀に起こる症状で、段階的に調整することで改善させることができるのは人間と同様である。




