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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
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第193話 渚さんと就職の選択

「さて、どうするかねえ」

『どうするも何も結論は出てるんじゃないのかい?』

「ま、あたしが市長になるって一点以外はな」


 とある一室の中で渚とミケがそんな会話をかわし合っていた。ウィンド、リンダ、クロ、山田との話を終えてすでに数時間が経過し、今の渚はウィンドによって用意された湖底ドーム内にある部屋にミケとふたりでいたのである。


『不満かい?』

「あたしである必要はあんのか?」


 それは先ほどの話し合いの中で出た渚の今後のこと、アンダーシティの市長になれというウィンドの提案についてのことだ。ミケと山田はそれに同意し、リンダとクロは返答を控えていた。


『先ほども言ったけど、僕は君の指示以外を聞く気はないよ。君が市長にならないにしても僕に指示できるのは君だけだ。であればだ。君が市長にならなかったとして、市民は何の権限もない小娘に実権を握られた市長に従えるかい?』

「ぬぅ。じゃあ、あたしが市長になったとしてさ。あたしがいなくなったらどうするんだよ?」

『それも君次第さ。少なくとも君が寿命で死ぬことを僕は否定しない。その後は君が自分の子供に引き継がせるか、或いは共和制で行くのか……僕は君の意志を継ぐ形で未来に生きるだろう』

「子供、子供ね。そもそもあたしってできるのか子供?」


 子供を作るということもその過程にもあまり興味のないティーン系女子の渚だが、今の己が普通の体ではないことは理解している。アイテールによって人工的に生み出された再生体である上に、現在はミケによって改造されてしまった特殊な経緯を持つ肉体だ。もっともミケは『問題ないよ』と返して頷いた。


『君の生殖機能は失われてはいない。君の因子がどのような形に落ち着くかは分からないが、君の機能を奪うことを僕はしていないさ。子供に興味があるのかい?』

「そりゃああたしだって、自分の子供ができるなら欲しいさ。相手についてはとんと想像もつかないけどな」


 特に恥ずかしがる様子もなく渚はミケにそう返した。

 男勝りで花より団子な少女の渚である。未だ恋に焦がれてもいなかった。


『なるほど。だったらなおさら君は市長になるべきだ。この世界はとても厳しい環境だ。子育てをするなら安定した生活を送れる足場が必要だろう』

「ぬぅ」

『それにね。僕が主体となるアンダーシティは僕が納得できる形でなければ恐らく崩壊する。進化をするというのは変化をするということだ。安定しないものを安定させるためには確固たる芯が必要なのさ。そして、芯というのは僕ではなく君だ』

「そいつは分かってるさ」


 そのミケの言葉に渚が頷く。

 結局のところ自分次第。であればどうするべきか。

 ただ口では反発しているものの渚の心の中はもう決まっていた。少なくとも『今の』渚は己が人の上に立つことを良しとは考えていない。そうした資格がある人間になったとも思っていない。であれば、渚が目指すべきものは……




  **********




「色々と話が広がりすぎて頭がグルグルしますわ」

『まあ、確かにめまぐるしい状況でしたからね』


 渚がミケと話している頃、リンダも与えられた部屋でクロとふたりで会話を交わしていた。リンダは渚と一緒の部屋が良かったのだが、渚の身体がどのように変化したのかが不明であるとのことで、渚は本人に了承済みで隔離されている状態にあった。場合によっては渚に取り込まれかねないと脅されれば、さすがにリンダも致し方なしと考えるしかない。

 ともあれ、今の彼女に必要なのは頭の中の整理であった。何しろ今日知らされた事実は彼女の許容量を大幅に超えていて、何をどうしたら良いのかも分からないのだ。


「ザルゴの言っていたことが事実として、ナギサがアンダーシティの市長? ちょっと何を言っているのか分かりませんわね」

『リンダはナギサが市長になることに反対なんですか?』

「それも分かりませんわ。話が大き過ぎます」


 それがリンダの正直な感想だった。

 彼女の祖母トリー・バーナムは地上から地下都市にやってきた上級市民だが、リンダ自身は市民だった。上級市民という制度は世襲制ではなく、アンダーシティ内での貢献度に応じて選ばれる。上級市民の血を引いていてもリンダは市民だし、彼の兄は今はアンダーシティの中でもそれなりの地位にいるために上級市民となっており、市長というのはその上級市民の中でももっとも貢献度の高い人物が選出されるものだとリンダは聞いていた。


「それにわたくし自身は……どうしましょうか」


 何よりも今のリンダからは目的意識というものが消失していた。

 先日にモランを殺したことでリンダの中にあった仇討ちに対する執念はプツリと消えてしまっていた。その上にザルゴのいう言葉が正しければ残っている仇はザルゴのみで、少なくとも今はあの男をどうにかしたいという気持ちもない。

 また父親が運んでいたハイアイテールジェムを取り戻したことで、リンダの中である種の達成感もあった。仇討ちの結果は虚無でしかなかったが、代わりに得たものがスッポリと心の穴に収まってしまった。

 なお、ハイアイテールジェムについてはクキアンダーシティに返還することをウィンドは約束していた。どうやらコシガヤシーキャピタルはハイアイテールジェムを奪ってアンダーシティに喧嘩を売るつもりはないようだった。


『ナギサと同じ道を歩むかはともかく、ひとまずはヘルメスの修理でしょう。だとすれば、ちょうど良かったのではないですか? あのハイアイテールジェムを返すためにアンダーシティに入ることができるのでしょう』

「ええ、そうですわね。すべてはその後ですわ」


 仇討ちに区切りがついたとしてもリンダがアンダーシティに戻れるわけではない。一度消された市民IDは例え抹消原因である武装マシンアーム『ヘルメス』を外したからと言っても戻ってくるわけではないのだ。地下都市に住める人数は決まっており、リンダが失った市民IDは今、別の誰のものとなっているはずだった。それは或いは生まれた子供のものになったかもしれないし、地上から招かれた人間のものになったのかもしれない。


『それにアンダーシティの復興に力を貸したという実績は、クキアンダーシティにとっても重要なものとなるでしょう。であれば、それが認められればアンダーシティに戻れる可能性は高くなるのでは?』

「そもそもアンダーシティを復興させたのであれば、住人にはなれますわね。クキではなくアゲオのですけど」

『確かに』


 とはいえクロの言う通り、アゲオアンダーシティを復興させれば確かにクキアンダーシティもそれを実績と考えてはくれるだろう。このまま狩猟者ハンターでいるよりはよほど可能性は高い。ましてや十年というリミットが存在しているのであればなおさらだ。

 だが、何をもって最善であるのかがリンダにはまだ分からない。何よりも彼女にとっては絶対的といってもいいクキアンダーシティという存在が渚たちの提案をどう受け取るのかが……今のリンダにはひどく気がかりに感じられていた。




  **********




 そして渚とリンダがそれぞれ悩んでいる一方で、湖底ドームの上にあるアースシップの一室で会話をしている者たちがいた。


「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします母上」

「息子のお願いだからね。うん。分かったよマーカス」


 グッタリした顔のウィンドとマーカスが今は人のいない休憩室にふたりでいた。

 ウィンドは先ほどまで激務をこなしていてようやくの休憩となったようで、マーカスの方は集中治療室で手術を受けていた。ナノマシンの治療も万能ではないし、外科手術と合わせて行う方が効果は高い。治療の結果、マーカスの体調も今ではおおよそ元の通りにまで戻っていた。左腕以外は。


「けど、そっちはいいの? マーカスの腕のデータならバックアップはあるから再生自体は可能なはずだけど?」


 ウィンドの言葉にマーカスが首を横に振った。

 今のマーカスには左腕がなかった。それはザルゴとの戦闘での結果だった。彼の左腕は強化装甲機アームドワーカーの破損したパーツが突き刺さってぐちゃぐちゃになっていた。そのため手術で除去されていたのである。


「それも考えましたが、今後を思えばより強い力がいります。これまでのように騎士団を率いて戦うのとは違う……もっと困難な戦いが」

「そう、気持ちは堅いみたいだね」


 苦笑するウィンドに揺るぎない意志をその目に宿したマーカスが頷く。彼は今後の己の道を決め、それを母に伝えにこの場に来ていたのだ。ただチンチクリンの顔を見てほっこりしたかったわけではない。


「母上の元を離れるのは偲びありませんが、母上の願いを叶えることは、ここにいてもできんのです。だから俺は……」

「いや、言いたいことは分かってるよ。ただあんたは私の願いを叶えるための道具ではないんだ。だからあんたの望むようにして生きて欲しいというだけだよ」

「はい。ですから、これが俺の望みですよ」


 マーカスがそう言って笑う。その覚悟の決まった顔にウィンドは寂しそうな笑みを浮かべて「うん。じゃあ、妹を頼んだよ」とだけ口にした。


「叔母上にお伝えはしないのですか母上?」

「止めておこう。今のあの子の頭は別のことでいっぱいだろうし、今後付き合いは長くなりそうだから機会を見て伝えることにするよ。マーカス、あんたもそのつもりでね」


 ウィンドの言葉にマーカスが強く頷いた。


「分かりました母上。では、その機会のためにも叔母上()は俺が護りましょう」

【解説】

マーカス・コール:

 彼はマザコンという以外は非の打ち所がないオジサンではあったが、この度コシガヤシーキャピタルの騎士団団長を引退してフリーとなった。そして次の就職先もすでに決めている。

 彼は母親と共にいることよりも母親の心を護る道を選んだのであった。

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