第190話 渚さんと市長への道
「あたしを市長にって、どういうことだよ?」
渚がウィンドに訝しげな視線を送る。市長なんてなろうと思って簡単になれるものではない。ましてやアンダーシティの……である。渚にはウィンドが何を言いたいのかが理解できなかった。
「つまりだね、君たちのいう廃棄アンダーシティを復活させようという提案にコシガヤシーキャピタルも全面的に乗ろうってことだよ。勿論、うちの市民を移住させてくれることを前提にだけどね」
満面の笑みを浮かべてのウィンドの言葉に渚が眉をひそめる。
「移住は別にいいさ。そのためにやろうってんだからな。けど、さっきは無理って言ってただろ? なんで急に意見が変わったんだよ」
「確かに私もさっきまでは無理だと思っていた。実際、都市として使えるようにしたとしても瘴気が切れた時点で中で全滅しただろうしね。けど、渚。今なら君とミケがいる」
その言葉に渚が戸惑いながらミケを見ると、ミケは渚と一度視線を合わせてから背にあるシェルタードームへと顔を向けた。
『多分だけどね。ウィンドはアンダーシティをこうしたいんだと思うよ』
「こうしたいって……ドーム? ミケの本体と融合? あ、そういうことか!?」
ようやくその可能性に思い至った渚が納得した顔をするとウィンドも頷いた。
「そういうことだよ。機械種と融合した地下都市ならば黒雨にも対抗できるはずだ。そのシェルタードームを融合して強化したようにね」
ミケは機械種となった。そして機械種は周囲の物質を取り込んで強化も行う。その特性を理解できているなら答えはひとつだった。
『つまりアンダーシティと僕を融合させて機械種の都市として復活させようというわけだね。瘴気からも黒雨からも守れるように進化し、都市を守る……というようにさ。けれども……僕は果たしてそう言われるままに動けるかな?』
ミケが目を細めながら尋ねた。実際、現時点でのミケの本体の進化は本人の制御から離れて行われている。AIの意識というフィルターをすり抜けて無意識化での問題点を洗い出し進化を続けていたのだ。その問いにウィンドは少しだけ眉をひそめながら言葉を返す。
「ミケ、君の懸念はもっともだ。けれど君は渚のナビゲーションAIだ。機械種となった今でもその属性は変わっていない。そうでしょ?」
『そのはずだね。そこだけは保障されていると思うよ。そうでなければ、恐らくこのチップを使おうとした人間の意図からは外れることになるだろうし』
「意図ってなんだよ?」
『多分、黒雨対策……じゃないかな?』
ミケの返しに渚が首を傾げた。
『実は僕も先ほどウィンドに教えられて知ったのだけれども。君のチップはパトリオット教団の『竜卵計画』という計画の要であるらしいんだ』
その言葉を聞いて、渚が自分の頭を無意識に撫でた。右腕にあったドクのチップはミケの本体の中だが、渚のチップは今もまだその頭の中にある。
『ウィンドたちが受け取った報告によれば、その計画は別の時代の優秀な人間にチップを埋め込んだ再生体を複数造り出し、多角的な視点で黒雨と瘴気の問題の解決を図らせよう……というものだったらしいね』
「え……あたし、優秀な人材か?」
ミケの言葉を聞いて渚が眉をひそめた。少なくとも渚は己が凡庸な人間であると自覚している。ドクのように特別秀でた何かがあるとも思ってもいなかった。対してミケも『確かに』と返す。
『君は僕にとっては得難い人物だけど、人類全体で見ればそうではないね。けれども君が生み出されたのは偶然ではないはずだ』
その言葉にウィンドの眉が少しばかり動いたが、渚は気付かなかった。それからウィンドが口を開く。
「私たちが知っているのは、竜卵と呼ばれているチップは極めて特殊な遺失技術で、黒雨の対処の解決手段の情報を集積するための装置の一種なんだってことぐらいだよ。ただ実際チップは機械種の種で、全くのデタラメだった。竜の宿る卵とはよく言ったもんだよね。あんなものを宿させるなんて。まったく」
『いいやウィンド。君はそう言うが、僕は君たちが得た情報は間違いではないと思っている』
ミケの返しにウィンドが眉をひそめ、一方で山田は「なるほど」と言ってメガネをクイッと持ち上げた。
「機械種は進化する。宿主を守ろうと。であれば、よりアクティブに瘴気にも黒雨にも対抗できるかもしれませんね。つまり情報自体は正しく、内容が欠けていた……ということでしょうか?」
『僕はそう考えている。その上に途中で宿主が死ぬ事態になるのを見越してサブシステムまで用意していた。随分と念の入った対応だよ』
そのミケの言葉に渚が眉をひそめながら口を挟む。
「なあ、ミケ。よく分かんないのがさ。機械種ってのが強力なら、なんで宿主を生き返らせようとしないんだ?」
『それは死に瀕した者が機械種を覚醒させれば己の生存を優先させてしまうからじゃないかな。人間の気持ちは移ろいやすい。対して僕なら君の意志を尊重して動き出す。肉体も君ではある。僕は君の肉体を守り続けるし、君の望みを叶えるために動くだろう』
「望み?」
ミケが頷いた。
『恐らくはチップ持ちの人間は大概望むだろうさ。『かつての世界』を』
「そりゃあ……」
渚もかつての世界を朧げにしか記憶していないが、戻れるなら戻りたいとは思っている。姉や母や父のいる世界に、平和な世界に戻れればと願わないときはない。
『君がいなくなった僕は機械種として進化を始めた場合、恐らくはそういうものを目指すのだろう。この世界にかつての世界を。その過程で黒雨も駆逐するだろう。まあ確信はないし、極めて不確定な要素も大きいけど……今は置いておこうか。ともかく機械種となったとしてもナビゲーションAIでもある僕は渚を守り、導くというのが現時点でも最優先事項となっている。であればそれを利用し、渚を瘴気や黒雨から守るためのシェルターとしてアンダーシティを進化させることは不可能ではないと思う』
その言葉にウィンドと山田が満足そうに頷いた。
彼らにとってアースシップと湖底ドームに入り切れない住人の身の安全は何としても確保したい事項だ。一方で渚は少しばかり眉をひそめながらウィンドとミケを見ていた。
「で、そこからあたしを市長にするってのはどういうことなんだ?」
「それは渚をアンダーシティの市長に据えることでミケの認識の解釈を拡大させようってことなんだよ。渚個人ではなく、渚の元に属する都市自体を守護する……という風にね」
「なるほど。ガヴァナーそれでナギサを市長に……とおっしゃったんですか」
「えっと……?」
戸惑う渚にミケが『つまりね』と口にした。
『簡単に言おう。僕は君のナビゲーションAIだ。だから僕は基本的に君以外を守る気にはならない。ただ例外も存在している』
「それって、多分リンダのこと……だよな?」
真っ先に思い浮かんだ名を口にした渚にミケが頷いた。
『そうだね。ルークやミランダ、クロもそのカテゴリーには入るだろう。彼女らは君に属する者たちで、だから僕にとっても守るべき対象となる』
ミケは鋭い視線を渚に送りながら話を続けていく。
『いいかい渚。君が望むのならば僕は都市を手に入れよう。けれども、僕が守るのは君と君に属する人間だけだ。だからウィンドが君に市長になれと言ったのは正しい。この件を成功させたいのなら誰かに委ねては駄目なんだ。ウィンドでは僕は護らない』
その言葉に渚が戸惑いながらもゆっくりと頷いた。
「……んー、話は分かったよ。けど、ちと考えさせてくれよ。流石に話が大きすぎるし、急過ぎる。時間をくれ」
『分かったよ。まあ難しく考えることはないさ。君がたくさん友達を作ってくれればそれでいいんだ。都市の運営は他に任せても構わない』
「それでいいのかよ?」
「ふふ、そんなものだよトップなんてものね。適当に山田くんに仕事を投げてスイカでも食べていればいいのさ」
「何をアホなこと言ってるんですか。ガヴァナーは今回の件だけでも当面は徹夜ですよ」
「馬鹿な!?」
ウィンドが目を見開いたが、山田は首を横に振るだけだった。残念ながらウィンドに逃げるという選択肢は用意されていないのである。
「となるとミケさんをどう運ぶかですが……いや、それはそこまで問題ではないですね」
「問題じゃない? 外に出したらやばいんだろ?」
渚の問いにミケが『そうだね』と返す。
『ただ、それは外にグリーンドラゴンがいるからだ。だったらアレを移動させればいいだけのことさ』
「あんなデッカいのをか? いや、そういやあいつは今宇宙に行こうとしてるんだったっけ」
その言葉に三人が頷く。渚の言う通り、グリーンドラゴンは宇宙に向かおうとしているわけで、いずれ去るはずなのだ。
「そういうこと。アレが今後どのくらい留まるかは分からないし動向は見ないといけないけどさ。それにアゲオアンダーシティについては、他のアンダーシティにもお伺いを立てないと行けないけど……ん? ゴメン、電話だ」
話している途中でウィンドの平らな胸ポケットに入っていた端末が鳴り、それをウィンドがスッと引き抜いて手に取った。
「え? うん。そっか、話は終わったんだね。ああ、そういうこと。入り口にいるんだ。分かった。いや、問題ないから通して。そのレポートもよろしく」
ウィンドがそう言って端末の通信を切ると、山田が「どうかしましたか?」と尋ねた。ただ誰かが来るというだけではない話も会話の中にあった。であれば山田が何事かと思うのも当然ではあったが、対してウィンドは少し眉をひそめながら口を開いた。
「うん。そのね、リンダがアースシップからこっちに降りてくるみたい。ただ監視官から妙な話ももらっていてね。ま、ひとまずはこっちに来てもらうよ。多分、あちらも聞きたいことがあるみたいだしね」
【解説】
市長:
両腕を振り回して回転する職業と渚は姉から聞いていた。




