第187話 渚さんと辿り着いたゴール
『やあ渚。まあそっちのドローンと同期したから会った記憶はあるんだけどね』
渚が入った部屋の中をいつもと変わらぬ声が響いた。けれども、渚の目に映っているのはいつもと同じ姿をした相手ではない。その事実に渚が呆気にとられた顔をしながら「どうなってんだよ?」と口にした。
ウィンドに案内されてミケの本体が中にいるというドームの中に入った渚だが、その内部は彼女の想像を超えた状況となっていた。ドーム中央部の部屋の中では機械の猫が横たわり、その足元から伸びた根のような機械のコードが部屋全体を包み、あちこちの壁から奇妙な機械の塊もできていた。それが一体どういう意味を持つのか渚には想像もつかなかったが、ただ中心にいる猫の形をしたものがミケであることは分かっていた。
「ガヴァナー、僕が現場指揮をしている間に何が起きたんです?」
そして、この場で最も慌てた顔をしていたのは渚ではなく山田であった。どうやら山田は渚の元に来る前は首都の後始末の指揮をしていたようで、この状況を把握していなかったようである。対してウィンドがはっはっはっと笑って頭を下げる。
「いやー、ごめんね山田くん。けど、君がこれを知ったら冷静に指揮をとるなんてことできなかったでしょ?」
「当たり前です。足元にいつ爆発するかも分からない爆弾を抱えて仕事なんてできますか!?」
その山田の激昂が状況の深刻さを物語っていると渚には感じられた。
「どういうことだよ山田さん?」
「機械種というのは状況に対応し無限に進化する兵器なんです。結局かつての外敵に対処できなかった人類は自らも制御できぬ怪物を生み出してぶつけることを選択した。ただ、それは宇宙という何もない空間に限定したからこそできたことで……我々は成長を抑制する意味もあって機械種となったミケさんを外敵のいない、このドーム内に隔離したんです。攻撃さえなければ問題に対応して進化をすることもないはずですから」
まくし立てる山田にミケが冷静な声で『まあ、それ失敗だったんだよね』と言葉を返した。
「失敗ですか?」
『そうだよ。渚、天国の円環が僕を狙っているというのは聞いたね?』
「ん、まあな」
『機械種というのはそちらの山田が言うように進化をすることが特性の兵器だ。最終的には宇宙空間で、この地上では扱えぬほどの出力を出して戦闘を行うことを目的としていたんだけど……ただ、それはコア単体ではなし得ないんだ』
その説明に渚が首を傾げた。
「どういうことだよ?」
『機械種はコアが増えるごとに相乗的に脅威度が増していく。三人寄れば文殊の知恵というヤツさ。人間は社会を作って種を拡大していった生物であり、機械種はある意味では次代の人間だ。だから、その特性も受け継いでいる。コアひとつならグリーンドラゴンのように世界に大した影響も及ぼさないんだけどね』
「いや、アレはアレで相当なもんだろ」
少なくともここまで埼玉圏を生きてきた中で、グリーンドラゴン以上の脅威というものを渚は知らない。瘴気も機械獣もあれを前にしては霞んでしまうほどのものだ。
『マクロ的な視点で見ればということさ。実際グリーンドラゴンが存在していても埼玉圏は滅びていない。存在するだけで周囲一帯を崩壊に導くほどの脅威は……恐らくはこの地下にいるアウラくらいいなものじゃないかな』
「まあ、確かに?」
『だろう。ともあれ、機械種は複数体揃うとその影響力が爆発的に上がる。だから天国の円環はそれを監視し、発見をすると質量兵器を落としてくるらしいんだけど……』
そう言ってから大きな機械の猫が自分の身体を見た。
『質量兵器の存在を知らされた僕の身体は、それに対抗すべく動き出してしまったんだね』
「ああ、そういうことですか。予測し、対応する。ということは最初の段階で」
山田の言葉にウィンドが頷く。ウィンドと山田はミケを隔離するための説明として天国の円環についても包み隠さず話していた。このドームならば安全とも言い含めたのだが、ミケの内側の部分はそれを信用しておらず、行動を起こしたようである。
「そういうことだよ山田くん。私たちの言葉では足りていなかった。君が去った後すぐにミケは動き出して、結局こうなった。今このシェルタードームを取り込んで落ち着いてるのは、質量兵器を受けても死なないだろうという判断が出たからだろうけど、問題を予測し定義すればまだ新しい進化も起こる可能性はある。なのでミケ、そろそろいいかな?」
『そうだね。渚の無事は確認できた。あとはドローンに任せるよ』
その言葉に渚が不安な顔をしてミケを見る。
「任せるってお前はどうすんだよ?」
『少し眠ることにするよ。僕は君を導き、守るために存在している。ただね。今は抑えていられるけど、精神のバランスを崩せば、場合によっては君を取り込もうと動き出すかもしれない。僕はそれが怖い』
その言葉に渚がなんとも言えない顔をした。
『それにだ。これ以上の成長は天国の円環に気付かせる可能性もあるからね。だから今は僕がスリープモードに入っておくのが最善だろうということさ』
「おい。ちょっと、ミケ」
渚が声を上げるが、目の前でミケの瞳は閉じられていく。
「ミケ、待てよ!?」
『なんだい渚?』
「え?」
渚が慌てて声を張り上げたが、それに反応したのは渚の横にいた三毛猫だった。
「お前、そっちに移ったの?」
『同期を終えたから、こっちのドローンの模擬人……猫格? を再稼働させたんだよ。まあ、後でまた本体と同期もとるし、君はそこまで悲観しなくていいと思うよ』
その言葉に渚が狐につままれたような顔をして、ミケが肩をすくめた。
『とは言え、この場にい続けるのもよろしくはないね。それじゃあ出ようか』
三毛猫のミケがそう言って踵を返し、そして渚たちも続いてシェルタードームを後にした。
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「にゃー」
「うぉんうぉん」
「何これ?」
そして、シェルタードームを出た渚の目に映ったのは畑であった。
そこに先ほどまでいたユッコネエとユミカが駆け回っていて、さらには無数の三毛猫が人間のように二本足で立って『畑を耕していた』。それから渚たちが出てきたことに気付いたユッコネエがミケの前に近付いてくる。
「あんなに同じようなのがいてもミケのところに来んのか?」
『僕をあのコ・ドローンのリーダーだと判断しているんだろう。賢い子だよ』
ミケがそう言って、側にあるテーブルの上へと乗って、椅子に座るように誘導する。
「よっこらせっと」
そこにウィンドが最初に座るとユミカとユッコネエが同時に跳んでその膝の上に乗った。
続けて渚と山田が木の椅子に座り、その間も渚の視線は畑を耕し続ける猫に向けられていた。
それから渚がミケに尋ねる。
「なあ、ミケ。正直状況が掴めないんだが……あれはなんだ?」
『畑だよ。見ての通り、僕の分身を使って耕してる』
「いや、なんで?」
『なんでっていうと……ほらこのシェルタードームとここら一帯をウィンドに借りることができたからだね。僕らの取り分だった緑竜土を使ってここでスイカを育てようと思うんだよ』
「あ」
その言葉で渚は思い出したのだ。
ここにきた本来の理由は野盗の襲撃を知らせるためでも、ザルゴと戦うためでもなく、緑竜土と育てる野菜の種をもらうことだったのだと。
『その様子では忘れていたようだね』
「ああ、完全にな」
ここに至るまでがあまりにも目まぐるしかったために渚はそのことを完全に失念していた。一方で、ミケの耕している緑竜土を見ながら渚は首を傾げた。
「けどさ、ミケ。そうなるとクキシティで育てる計画はどうするんだよ?」
『まあ、そちらはキャンセルかな。それよりも君は今後のことを決めないといけないよ』
「今後?」
眉をひそめる渚にミケが頷いた。
『そうさ。ねえ渚、忘れてはいないよね。君が狩猟者になった理由は、それがアンダーシティの市民IDを得て地下都市に移住するための手段だったからだ。安全で快適な生活を得るために君はその道を選んだ』
「そいつは流石に忘れてねえよ」
渚がそう返す。途中でパトリオット教団や野盗とやりあうことにもなったが、当初の目的はこの世界で安全に生きるためのアンダーシティへの移住だ。さらに言えば渚は別にアンダーシティに特別住みたいわけではなかった。マシンアーム持ちだから狩猟者になるしかなかったということもあるし、この世界でまともに生きていくためには狩猟者になるのが一番確実だったからそうしただけだった。
『実はね。ウィンドには僕と共に君もここに住むことができるようにお願いしてある。そうだね、ウィンド?』
その言葉にウィンドがはっきりと「うん」と返した。
「まあ、ここはアンダーシティではないけど、あちらよりも快適で人間的な生活を提供できる自負はあるよ。それに今の状況を考えればミケを放り出すことはできないし、今後のことを考えればミケを制御する意味でも渚も私たちには必要だ」
ウィンドの言葉にミケが頷く。
「ミケの件を話せずとも今の渚ならザルゴを倒した実績がある。強化装甲機の操縦も一流と聞いているし、聖騎士の一員として首都への移住を決めても問題は起こらないだろうね。もちろん、私の心情的にも賛成だ。つまり」
そしてウィンドが渚にこう告げた。
「おめでとう渚。当初の君の目的は無事達成された。もう危険な生活に戻る必要はないんだよ」
【解説】
ミケ・コ・ドローン:
ミケ・ドローンと同じものだが、ミケの模擬人格は宿っておらず、命令に従うだけの存在である。現時点では十二体いる。




