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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第6章 地下都市
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第185話 渚さんと彼女連れの猫

「ミケがいない? え、ちょっとミケ聞こえてるか?」


 目の前に山田がいるにも関わらず、渚は思わず声をあげてミケの名を叫んだ。

 ミケの存在を感知できないというこれまでにない状況に渚は軽くパニックになっていたのだ。もっとも直接口にしても、心の声で尋ねても、いつもの返事が返ってくることはなく、渚の顔に焦燥の色が浮かび始めた。その様子に山田は特に表情も変えずに「落ち着いてください」と口にする。


「ナギサさん。ミケさんなら、ここにはいませんよ」

「は!? いない?」


 発せられた言葉に渚が目を見開き、それから眉をひそめて言葉の意味するところを求めて山田を見た。その反応に山田が少しばかり肩をすくめる。


「そんな顔をしないでください。別に僕がミケさんを盗ったわけではありませんし、事情を話さないつもりも、騙すつもりがあるわけでもありませんから」

「あ、ああ……悪りぃ。ちょっとパニクってた」


 渚はそう言って一呼吸して心を落ち着ける。わずか一息。それだけで渚は冷静さを取り戻して、改めて山田を見た。渚の顔からは先ほどの焦燥感は消えており、その様子に山田が感心した顔をする。


「おや。一瞬で心を持ち直しましたか。なかなかできることじゃありませんよ」

「よしてくれよ。別にあたし自身が訓練してこうなれるようになったわけじゃねえし」


 渚が少し苦い笑顔を見せながらそう返す。

 実際渚の言うことは間違いではない。渚がマシンアーム『ファング』よりインストールされたのは戦闘技術だけではなく、兵士が戦場において判断能力を失わぬための精神をコントロールする『技術』も身につけていたのである。

 だから渚はそうしたものを使っての行動を褒められても己のものではないと思っていたし、未だにズルをしているような、引け目を感じ続けてもいた。


「もうそれもあなたのものでもあるのですがね。まあ、いいでしょう。ミケさん……つまり、あなたの頭の中にいたサポートAIですが、今はあなたの中にはいません」

「なんだよ。そのことまで知ってたのか?」


 渚の問いに山田が頷く。フィールドホロ発生装置で仮初めの肉体を得たミケの姿を見ていても、その本体が渚の右腕……ではなく、頭の中にあると知っている人間は限られている。どうやら山田は何かしらの手段を用いて、渚の事情を詳しく知っているようだった。


「そうですね。この中に特殊なチップを埋め込まれた者がいることを我々は以前より情報として得ていたんですよ」


 山田がトントンと自分の頭を叩いた。そして渚が眉をひそめて山田を睨む。


「そりゃあ、どういうことだよ?」

「難しい話じゃありません。パトリオット教団内に対しても我々は監視を行っていますし、苗床……裁定者というコードで呼ばれている存在やチップ、それらにサポートAIがセットで存在していることについても把握はしていたんです。もっとも、あなたがそのひとりであることが判明したのは昨日ですけれどね」

「パトリオット教団にスパイがいるってことか?」

「完全にこちら側というよりは情報提供者なのですが……けれども、その情報精度も怪しくなりました。我々は泳がされていただけかもしれません」


 その言葉に渚が訝しげな顔をした。今の説明がどう言った意味を持つのかを渚は把握しきれていなかったのだが、山田は気にせず話を続けていく。


「それであなたの知りたいこと……つまりミケさんの所在ですがナギサさん、戦闘中にあなたは物理的にミケさんと離れていたことは覚えていますか?」

「ミケが大きな機械の猫になって、あたしはその中で治療されて……それからミケの中からあたしは出てザルゴと戦った。その時のことを言っているならそうだけど……まさか、あのときにあたしはミケと?」

「そういうことです。『右腕に埋め込まれていた』方のチップが覚醒し機械種の種が目覚めたことで、ミケさんは独立した存在へと生まれ変わりました。そして今の彼は……」

『僕ならここにいるよ』


 山田の言葉を遮り、突然部屋の外から渚の知っている声が聞こえてきた。


「おや、本人が来ましたか」


 山田がそう呟くと同時に扉が開き、一匹の三毛猫と、それに寄り添うように長毛の上品そうな猫が部屋の中に入ってきた。


「ミケ……と誰?」

『やあ、渚。ようやく起きたようだね』

「よ、よおミケ。そっちがお前でいいんだよな? で、そっちの猫は誰?」


 渚が驚きの顔でそう返す。ミケが出て来たこともそうだが、いきなり知らない猫の姿もあったのだ。渚の問いにミケが『彼女はユッコネエだ』と返した。それはウィンドが飼っている猫の名であった。


『こちらのボディに懐かれたみたいでね。同族と思っているんだろう』

「そ、そうなのか?」

『うん。犬の方には嫌われたみたいだけどね』


 ミケがそう言って肩をすくめてやれやれと言う顔をした。表情豊かな猫であった。


『全然起きないから少し心配していたのだけれど、その様子では杞憂だったようだね』

「あたし、どうしたんだよ?」

『目覚めてすぐに身体を動かし過ぎたんだろう。負担を感じた身体は、安全を確保できたことで意識をシャットダウンしたようだ。その後は補助腕サブアームによる自動防衛モードが発動して、救護班の人が救助に手間取っていたよ』

「マジかよ。それにシャットダウンに自動防衛モードとか……なんかロボットみたいだなぁ」

『以前よりも機能が拡張されただけさ。それに僕の認識ではロボットと人間の間に優劣はない。今の時代は文明が退行した影響で君の中の常識に近くなっているようだけれど。ただね。結局のところ、違いというのはマトリクスがあるかないかぐらいなものなんだよ』

「そういうもんか?」


 首を傾げる渚にミケは『そういうもんさ』と返した。


『そのマトリクスにしても実在が証明された後はシリアルナンバー代わりに使われる程度の存在に成り下がったのだけれどね。しかも簡単にコピーできるようになったおかげでマトリクスにシリアルを刻む結果に繋がっていったわけだ』

「それが市民IDなんだったっけか?」


 渚の言葉にミケが頷く。


『正解。でだ。実はこのボディの僕にはマトリクスが入っていなくてね。だから、目が覚めたのならちょっと一緒に来てくれないかい?』

「どこにだよ?」


 首を傾げる渚にミケは『僕の本体があるところにさ』と言って、にゃーと鳴いた。


【解説】

ユッコネエ:

 サイベリアンというロシア猫に近い品種と思われる、アイテール生体変換によって生み出された猫。同種の仲間だと判断してミケには懐いているようである。

 なお、ユミカというシベリアンハスキーの子犬もアースシップ内にはいるのだが、ユッコネエを取られたと考えたのかミケを敵視しており、ミケに吠えたユミカがユッコネエに怒られていじけている様子も確認できている。

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