第183話 ウィンドさんと破滅の魔獣
『は、母上。見ましたか? 今の……今のは一体?』
マーカスの声がアースシップ内の指揮官室内に響く。それにウィンドが「うん。見てたよ」と返した。実際渚とザルゴの戦いの様子は指揮官室内のモニター越しからでも確認できていた。渚がザルゴの放ったアイテールライトの直接攻撃を拡散させ、最後には猫の手のような緑光のパンチでザルゴを地面に叩きつけた。
今もまるで漫画のようにコンクリートの地面に人型の穴ができているのは見えているし、内部の反応からザルゴは生きているものの戦闘不能な状態にまでバイタルが低下していることも判明している。
「マーカス、今から警護班と救護班、それに技術班をそちらに寄越す。ザルゴは生きているから油断はしないように見張っていてね」
『ザルゴが生きている? あれでですか?』
驚きの顔をしたマーカスの問いはもっともなもので、通常であればアイテールライトで構成された巨大な拳を振り下ろされれば、確実に命が絶たれるはずだ。けれどもウィンドの見ているモニターに表示された反応はザルゴの生存を示していた。
「渚が加減したんだろうね。ともかく殺さなかったのは助かった。山田くん、警護班がザルゴを確保できたら、至急戦闘中の野盗に降伏勧告をしてくれる? 本人を見せれば連中も態度を変えるはずだから」
「承知しました。彼らの本命はザルゴの単独突入。それが不可能になった段階で作戦は失敗したも同然ですから問題ないでしょう」
「そういうことだね。戦う意味がもうない。降伏に応じるなら良し、逃げるようならテキトーに攻撃しつつ街から追い出す形で退却させちゃって」
『よろしいのですか母上?』
そこに口を挟んだのはマーカスだ。野盗は突如として平和なこの街を襲った人間たちだ。それをむざむざ逃すという指示に抵抗を覚えたマーカスだったが、ウィンドは「そうだよ」と即答する。
「現在ウルミたちが頑張ってくれているにせよ、機械獣の群れの対処もそろそろ限界だ。野盗の確保に人を割く余裕はもうない。あ、だからってマーカス。あんたが出るのは駄目だからね。さっさと回収されて治療しておいてよ」
『ぐぬぅ。で、ではナギサたちに機械獣の討伐の協力を要請しますか? 今の彼女らの戦力であればきっと……』
口をへの字にしたマーカスの代案にもウィンドは首を横に振った。
「駄目。あの子らにはもう戦わせるわけにはいかない。これ以上成長が続けば……確実にザルゴの比ではない災厄が訪れてしまう」
『母上、それは一体?』
「悪いけど今忙しいから。あとはこっちで対処するからともかくジッとしててよマーカス」
マーカスの疑問の声を無視して、ウィンドはそう口にして切り上げるとマーカスとの通信を切った。それからウィンドは視線をモニターに映っている渚とミケへと向けた。
現在、このアースシップ内の指揮官室では先ほどまでとは別種の緊張感が漂っていた。それはまるで爆発一歩手前の爆弾処理中のような空気であった。
マーカスとのやり取りの通り、ザルゴという敵の首魁を捕らえたことで戦いはひとまず決着の目処がついた。向かわせた整備班がウォーマシンの修理を行えば何機かは稼働し直すだろうし、それにプラスして野盗と戦っている騎士団が機械獣の群れに集中できれば対処は可能だろうとウィンドは考えていた。
けれどもそれよりも大きな問題がモニターには映っている。
「山田くん、反応はどう?」
「はい。猫型機械種ミケは現在反応が縮小。これは意図的に行なっていると思われます。狩猟者ナギサからも機械種反応はありますが『現時点でコアの反応』はあの猫型からのみです。上空は現在黒雨と瘴気によって解析不可能な状況にあるはず。朝までに回収し封印できればひとまずは問題ないかと」
「そっか」
山田の返答にウィンドが少しばかり安堵の息を漏らした。
状況は本当に崖っぷちだった。懸念は完全には晴れておらず、次の1秒後にはこの場が消滅する可能性もある。
「しっかしね。グリーンドラゴンだけであの騒ぎなのに、どこの馬鹿が機械種の種を植え付けたのさ?」
「パトリオット教団でしょう。意図的になのか、知らずになのかは分かりませんが。ただ知っているのだとすれば埼玉圏を犠牲にして、彼らは黒雨を殺そうと考えていたのかもしれません」
山田の返答にウィンドが苦い顔をして頰を膨らませる。
「ことが起きれば連中の根城である群馬にだって影響が出ないわけがないよ。というか下手すりゃ列島が……いや、あいつらの本義で言えば日本がどうなろうと関係ないってことか」
問題は機械種となったミケであり、グリーンドラゴンであり、空に浮かぶ天使の円環であった。
機械種という存在はアースシップのデータベースにも詳細な情報が記録されている。グリーンドラゴンと呼ばれている巨大な機械の獣がその一種だというのもコシガヤシーキャピタルはとうの昔に把握していた。
そしてデータベースに残された記録によれば機械種は一体だけでも恐るべき脅威ではあるのだが、本当に問題となるのは『複数の個体が接触した』場合なのである。
単一のコアだけでは自己の保全を前提に進化を行うために一定のリミットがかかるのだが、コアが二つとなった状態では互いの違いを観測することが可能となり、客観視からの情報を得ることで爆発的な進化を開始する。
そもそもが機械種とは宇宙での戦闘を前提とした航宙兵器であり、かつて星を侵略しにやってきた外宇宙の生命体に対処するために生まれた存在だ。過剰進化は人類では対処不可能な外宇宙の脅威に備えるために必要な能力であり、だからこそかつて文明が成立していた旧世界では地上での機械種の扱いには厳重な制約があった。
地上への持ち込みは原則として禁止。また複数の個体が一定地域に存在していることが確認できた場合には質量兵器『神の杖』による周辺地域一帯の完全破壊が自動承認されることになるとも記録に残っている。それは空に浮かぶオービタルリングシステム『天使の円環』が生きている以上、現在でも有効の可能性が高く、グリーンドラゴンとミケの両者の存在を確認されれば発動してしまうかもしれなかった。
「さて、どうしたものかな。これから」
ウィンドがそう言って苦い顔をしながら席にもたれかかった。
渚が生きていたことは素直に嬉しい。しかしコシガヤシーキャピタルどころか埼玉圏の存亡そのものを揺るがす新たな機械種に対してどう対処するべきか。
残念ながら受難は未だこの街を去ってはおらず、また今後も捨てることなく抱えるしかないと理解しているウィンドの表情は硬いままであった。
【解説】
神の杖:
地球を囲んでいるオービタルリングシステムの内周のリニアレールを用いて弾頭を加速させ、地上へと打ち込む質量兵器。
なお名称はかつて構想はされたものの実現しなかった兵器の名が付けられている。




