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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第5章 首都攻防
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第177話 渚さんとしゃべるミケ

『……ああ、そういうことか。なら僕が頑張るしかないみたいだね』






「ミケ?」


 その場所で渚が最初に呟いた言葉がソレだった。

 意識がはっきりとしていくに従って、目覚めた渚は自分の目の前にミケがいることに気が付いた。


「あれ、あたし……どうして? 確か、ザルゴと戦って……それから?」


 渚がここまでのことを思い出しながらそう口にするも、目の前の見知った猫は答えてくれない。前足をぺろりと舐めながら落ち着いた様子で渚を眺めていたがその視線からは意志というものが感じられなかった。そのことに渚が首を傾げながら口を開く。


「なんか、魂抜けた感じになってねえかミケ? というか、ここはどこだ?」


 それから渚が気になったのは、自分がいる場所であった。

 そこには窓もドアもなく、光源もないのに暗くもない、白で統一された質素な、ただ四角いだけの部屋の中だ。その中心に己ひとり、猫一匹が存在している。そして、何故自分がそんな場所で寝ていたのか、その理由が渚には分からなかった。


『ん……やあ、目が覚めたようだね渚』

「ミケ? ちゃんと起きてるかお前?」


 渚がそう口にする。現在のミケの目はいつものミケのものに戻っていた。感覚的には、猫の中にミケが戻って来た……というように渚には感じられた。


「それにさミケ。ここ、どこだよ。なんか覚えはあるんだけどさ?」


 渚が目を丸くさせながら周囲を見回すが出口がないということを除けば、ただ白く四角い部屋の中だ。一方でミケの方はといえば、ヒゲを揺らして渚を見ながら目を細めていた。


『ふむ。記憶力に難ありかな。ここは僕と君が最初に出会った場所だよ。以前に仮想現実ホームと説明したと思うけど忘れてしまったかい?』

「あーそういや、そんなことを話してたような……あはははは」


 少し慌てた様子で笑う渚に、ミケは人のように肩をすくめた動作をしてから言葉を返す。


『まあ、最初以外は使っていなかったし仕方ないか。ようするにここはチップによって処理されている仮想空間の一種だ。外と時間の流れが違うから話す余裕はあるけど、猶予はそれほどあるわけではないから話を進めさせてもらって良いかな?』


 その問いに渚が頷く。

 今の渚ならばここが仮想空間であることも、外と時間の流れが違うという意味も、猶予がない理由も、ある程度のことは理解できる。できてしまう。


『まずは確認だ。君は現在の状況を適切に認識できているかな? 自分がどんな状態なのかを把握しているのかい?』

「分かってるよ。あたしはコシガヤシーキャピタルの首都でザルゴと戦って……そんで胸に穴を開けられて敗れた……んだな?」


 その返答に対し、ミケが頷く。

 ザルゴが飛ばしたファングの手刀を受けて心臓を貫かれた。そのままクレーター湖に落ちて沈んでいった。その事実を渚は覚えている。ぽっかりと胸に空いた穴を自覚していた。

 そんな己の状況に戸惑うこともない渚に対して、ミケが少しだけ嘆息してから口を開いた。


『そうだね。君は今死にかけている。心臓どころかそれ以外の器官も機能を停止し、ナノマシンの修復も追いつかないほどの重症を負ってしまった。チップ内で知覚を加速させているから今ここで話せているけど、このままではそう時間はかからずに君の命は尽きるだろう』

「あー、そっか。だよなぁ」


 渚は少しだけ悔しそうな顔をしてそう口にし、ミケがコクンと頷く。


『そうなんだ。だからこうして仮想現実ホームを起動して君と話す機会を作った。それにしても思ったよりも落ち着いているね渚』

「死ぬ前だから開き直ってんのかもな。ま、最後にお前と話せるのは悪くないか。はは、しかしやっちまったな」


 渚が頭をかきながらミケにそう口にした。

 その様子にミケはさらにため息をつきながら言葉を紡いだ。


『問題はね。やはり雷防止のフィルターだ。君の対処自体はあの場においては最善とは言えぬまでも逆転の可能性を秘めていたのだからあの選択が失敗だったかは分からない。原因のフィルターを解いた時点で雷恐怖症の君はパニックを起こしていたかもしれないから、どうするべきかは難しいところだっただろう。ウィンドに執着がある君が参加しないという選択はなかっただろうし』


 ミケが告げる言葉に、渚は頷くしかできない。

 一歩を踏み出そうとした瞬間に起きた一瞬の視覚と聴覚の途絶。ただの戦闘であったのであれば切り抜けられたかもしれないが、ザルゴという強者を相手にした場合は致命的だ。


「運が悪かった……ってのは言い訳だな。あの時、ウィンドさんは何かザルゴに対抗できる手段を持っているそぶりだった。あたしはさ。逃げた方が良かったのか?」

『さて、それはどうだろう。ザルゴがどう考えていたのか次第にはなるけど、僕ならウィンドが何かをする前に君を確実に殺していただろうね。ファイターバスターモードでもタンクバスターモードでも二度使われたら僕らは対処できない』


 その言葉に渚が「そうだな」と返して頷く。

 現在の渚はダブルチップの恩恵によって短時間であれば連続でタンクバスターモードを使用できる。けれども一度は相殺できても二度目はない。逃げたところでファイターバスターモードを撃たれれば手の打ちようがない。


「しゃーねえな。それで……あとどれくらいであたしは死ぬんだよミケ?」

『それについては少しだけこちらの話を先にさせてもらおうか。君に伝えなきゃいけないことがある』


 ミケの返しに渚が眉をひそめた。


「どういうことだよ、ミケ?」


 もはや終わりを迎えるだけの己に今更何を伝えようというのか。

 渚が疑問を口にするが、ミケは言葉を返さず手早く前足をポンポンと動かすと、それに合わせて渚の周囲の空間にいくつもの四角い窓枠が出現していった。


「なんだ、こりゃ?」


 その窓枠にはそれぞれ別の場所の映像が映し出されている。


 ひとつはどこかの岩山で、ヌラリとした奇妙な灰色の生物と機械の巨人が戦っている光景だった。


 ひとつは赤い地の廃棄都市で、異様な姿の灰色の生物たちと機械の巨人たちが戦っている光景だった。


 ひとつは木星らしき天体の映る宇宙空間で、無数の触手を漂わせる灰色の生物たちと無数の宇宙船と機械の巨人たちが戦っている光景だった。


 ひとつはどこかの地底で、巨大な機械の獣と機械の大木が戦っている光景だった。


「SF映画か?」


 渚がそう口にする。そこに映し出されたものはあまりにも現実離れした光景で、それを映画だと渚が考えてしまうのは無理のない話であった。しかしミケは首を横に振って渚の認識を否定する。


『これは過去の映像、現実の出来事だよ渚。灰色の生物は外宇宙からの侵略者、ラモーテと呼ばれる……いわゆるエイリアンだ。あの機械の獣は機械獣の上位版だと思えばいい。そして戦っている機械の巨人や機械の大木は機械種というかつて生み出された人類の最終兵器だね』


 その言葉に渚が「いやいや」と手をブンブンと横に振った。


「あんなのが昔にはいたってのか? さすがにおかしいだろ。色々と!?」

『君が混乱するのも無理はないけれども、その理解を正す時間はない。それにこれらは全てもう終わったことだ。ラモーテも機械の獣も今は関係がないけど、機械種については知っておいて欲しかったから見せただけなんだ。それから、ほらこれも見てくれ。補助腕サブアームのカメラから撮ったものだよ』


 ミケが前足を指し示した先の映像には、水中を漂う渚の姿が映っている。胸部から血を流しながら湖の中に沈んでいた。


「こいつは……ひどいな」


 渚本人から見ても、もはや助からないだろうと分かる光景だ。けれどもミケはさらにその映像を拡大し、渚の頭部を映した。


「ん、なんだこれ?」


 ドクロメットの中から緑の光が漏れていることに渚が気付くと、ミケは目を細めながら口を開く。


『チップがね。動き出したみたいなんだ。ドクロのメットから出ている光は君の頭部の中にあるチップが発動したためだ』


 その言葉に渚が自分の頭に手を当てる。もっとも今渚が認識している己の身体は仮想空間内のオブジェクトに過ぎず、光ってはいない。


「よく分かんねえな。それでさっきの映像とどう繋がるんだよ?」

『チップはね。あの映像に出ていた巨人や大木と同じものでできているんだよね』

「は?」


 渚が首を傾げる。先ほど見た機械の巨人や機械の大木。有機的な印象がありながら金属のようでもある存在たちが己のチップと同じものだ……と言われても渚には理解が届かない。


『どこの誰がこのような悪趣味なことをしたのかは知らないけどね。君も、そして『僕も』明確に目的があって生み出された存在らしいよ』

「目的ってなんだよ?」


 渚がミケに問いかけるが、ミケはそれには答えず次に新しい映像を表示させた。そこに映し出されたのは緑色に輝く小さな基盤だ。その基盤はさらに拡大されて、それが小さな結晶体と金属が混ざり合ったものであることが分かった。


『見て渚。これがチップだ。機械種の種。かつて人類が外宇宙から来た生命体の攻撃を受けた際に生み出された新しい兵器。機械に生物の可能性を与えた金属生命体だ』


 拡大された映像で有機的な動きを見せるチップの姿に渚が眉をひそめる。


「つか、ヤバくねアレ?」


 思わず渚が呟いたが、それも無理もないことだろう。ミクロの世界の映像とはいえ、チップの表面はまるで映画で見た異形生物の表皮を彷彿とさせるような状態だ。そんな異物が己の頭に埋め込まれているという事実に渚は生理的嫌悪を感じたが、ミケは気にせず話を続けていく。


『つい先ほど情報のロックが解けてね。僕はこいつの正体を把握しているんだけど……まあ見た目はグロいかもしれないが、人体自体が拡大したら似たような感じに見えるだろうし、それにこれはチップに偽装した形ではあったものの、チップとしても機能しているから大丈夫だよ。問題があるとすれば、君の場合は頭ではなく胸だ』


 ミケが冷静にそう告げる。

 穴の空いた胸だ。もう助からない。であれば、頭の中にあるチップにもはや意味などないのは当然のことだった。


『君は胸を貫通され、人としての機能の大半を失った。だからチップはその状態を死と判定し、生命活動が完全に停止する前に発動した』

「発動したからどうなるんだよ。回りくどいぜミケ?」


 渚が映像を眺めながら、唇を震わせて叫ぶ。このまま終わる。この状況でミケが渚に何を話したいのかが分からない。


『竜が目覚めるんだ』

「竜?」

『覚えているかな。グリーンドラゴンを。あの巨大な存在を君も見たはずだ』


 もちろん渚も忘れてはいない。目覚めてすぐにその目に焼き付けて、再び軍事基地に戻った際にも圧倒された。


『あのドラゴンも機械種の一種でね。おそらくだけど、アレは君の身に起きている事態の成れの果てとでもいうべき姿なのだろうね』

「成れの……果て? あれがか?」


 そこまで説明してから、ミケは視線を映像から渚へと移した。

 対して渚は不安そうな顔でミケの次の言葉を待った。


『それで、理解してくれたかな』

「な、何をだよ?」

『死を覚悟した君に、こう告げるのは非常に心苦しいのだけれどね』


 そして、ミケははっきりとこう告げたのである。


『君は死なない。もうすぐ生き返るよ』

【解説】

機械種:

 西暦5000年の頃に太陽系へと到達した外宇宙生命体ラモーテに対抗するために生み出された人類の決戦兵器。過剰とも言える環境適応能力を持ち、経験を積むことで加速度的に進化して、自身の存在が消滅せぬ限りいずれは勝利する……というコンセプトで造られた。

 本来は地球環境とは別の生命の系統樹を生み出そうとしたプロジェクトからの産物であり、エイリアン・ウォーで生み出された機械種は地上はおろかジュピターラインより外での活動を厳命されており、ラモーテという宇宙災害に対して10万年単位での防衛を担うことを強いられている。

 その命令は文明が崩壊した現在でも有効であり、未来においても遵守されると思われる。

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