第170話 渚さんと穿つ緑光
『クッ、ソォオオがぁあ!?』
モランが叫ぶ。しかし、すでにモランの金属のボディはアイテールの刃によって斬り裂かれて断絶されており、モランが操作できる部位はもうほとんど存在していない。もっともすべてではなかった。こういう事態に備えてモランのボディには緊急用システムも組まれていた。
『また逃げる羽目になるとはなぁ』
すでに決着はついた。勝ち目はないと悟ったモランが最後の手段に出る。
そして頭部が左右に開き、脳の容器が入ったいわばモランのコアボディが補助腕を使って器用に中から這い出てくると、取り付けられたブースターを噴かして飛ぼうとして……
『また同じように逃すわけがございませんでしょう?』
リンダの蹴りがブースターと補助腕を一撃で破壊し、そのままモランのコアボディを地面に叩きつけた。
『諦めなさいモラン』
リンダに踏みつけられたコアボディの上部に取り付けられたカメラアイがわずかに赤い光を宿しながらリンダへと向けられる。
『はは、リンダ。やるじゃあないか』
『あなたはもうどこにも行けませんわよ。ここで終わりです』
リンダが冷たい視線をモランに向ける。
モランの敗北。それに気付いた野盗たちが助けに動きだそうとしたが、クロが操作するブレードマンティスと強化装甲機に乗ったミランダがガードし、押さえ込んだ。また彼ら同様に状況を察した騎士団が一気に攻勢を仕掛けたためにそれどころではなくなっていった。
そうした様子をカメラアイで観察していたモランが『まったく、どうしようもねえな』と言って笑う。それから再びリンダへとカメラアイを向け直してスピーカーから合成音声を響かせた。
『へっ、あの震えてたモグラの嬢ちゃんがよくもまあここまで育ったもんだ』
その気安い言葉に対してのリンダの返答は容器に込めた足の力をさらに増すことだった。
『で、どうだい、地上は? テメェが美味しいもん食って生きている間に俺らはこんなざまで這いずり回っていたんだぜ。ようやく理解できただろ?』
『ええ、それはもう。生きるということを許されているアンダーシティとここはあまりにも……違う』
リンダがそう答える。渚と出会う前もルークの助けやマシンレッグという戦力、また家柄のおかげで並の狩猟者よりも厚遇だったことはリンダも自覚している。けれども、それでも彼女は自分が地べたを這いつくばる薄汚れた生き物になったと感じていた。対してアンダーシティはルールさえ守れば安全を保障された世界だ。両者はあまりにも違い過ぎていた。
『だからといってお父様とお母様を殺した事実は消えない。同情などしません』
その言葉にモランから笑いが漏れる。
『くく、そうだろうとも。俺だって別に同情して欲しいわけじゃないさ。可哀想なんて言ってくれと頼んだ覚えもねえ。ただモグラは気に入らねえ。俺らが惨めに生きてる間に美味いもん食って綺麗なもん着て安心して寝てやがる。それだけで殺したくなる』
そう口にしたモランの声にはグツグツと煮えたぎるような怒りが込められていた。
『だから俺らぁよ。そういうヤツらをおんなじ目に遭わしてやりてえんだよ。なあリンダ。お前はもうこっち側さ。だから分かるだろう? どうだい、泥まみれになった今は?』
バキリとリンダの踏む足の力が増した。
『分かってんだろ。ここまでにテメエだって何人も殺してるはずだ。そしてこれから俺も殺す』
『ええ、そうですわね。殺しますわ』
ひび割れた容器から内部の脳を浸した液体が溢れ出していく。そして……
『気に入らねえから殺す。そうだ。それでいい。俺と同じだ。いいぞ。モグラのガキを俺が汚してやっ』
次の瞬間に容器が砕け、中のものが地面に投げ出された。もはや声は発せられず、リンダはもう二度と復活せぬようにと銃弾をそれらに撃ちながら『気分のいいものではありませんわね』と呟いていた。
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『うわぁ、随分と離れたな』
リンダとモランの決着がついた一方で、現在クレーター湖のほぼ手前にいる渚がそう口にした。
モランの一撃を受けて吹き飛ばされた渚だが、内街を越え、クレーター湖直前まで落とされていた。もっとも渚のマシンアームには渚自身をも飛ばすことが可能な出力のブースターが付いている。それで落下の勢いを殺すぐらいは容易であった。
『途中で風の勢いにも流されたからね。まったく嫌な天気だよ』
少し離れた位置にミケの姿があるが、今は力場を張っておらず渚の目にしか見えていない。展望台とは違い、完全な吹きさらしのこの場ではフィールドホロ発生装置も安定しない。
『真っ暗で、若干光が点滅してる感じ。イライラするな』
『雷の光を消しているからね。一応、光で確認できない部分は直前の映像を遅延させ合成して見せているだけだから実際よりもわずかに前の映像だ。その差異には気を付けてね』
ミケの言葉に渚が首を傾げる。言っている意味が分からない。もっともここまでもそうした技術的なことは渚には意味不明なことばかりであったので、とりあえず頷いて展望台の方を見た。
『で、展望台は……どっちだ? お、マーキングが付いた』
『うん、南側のあの場所が元いたところだよナギサ。む、通信だ』
『ナギサ、聞こえますの?』
『ああ、リンダか。良かった、無事だったか。こっちは問題ないぜ』
内街内は有線の通信が生きている。すでに戦闘の一区切りがついたリンダはようやく渚に繋がることができたのだった。
『そっちはどうだ? 繋がったってことはモランは?』
『仇は……討ちましたわ』
『……リンダ?』
その声に張りがないと渚は気付いたが、リンダはそのまま話を続けていく。
『こちらも問題はありません。それよりも今ナギサの方は』
『あ、ああ。こっちも無事だけどこの場所からだと戻るには』
『ナギサ、アレを!?』
リンダとの会話の途中でミケが警告の声を発する。
ミケが指摘した先にあるのはクレーター湖の中心に浮かぶアースシップと繋がる唯一の連絡橋、レインボーブリッジの入り口であった。そこに唐突に緑光が発生したのだ。
『あそこ、アースシップの入り口だろ!? ちょっと、待て。マジかよ』
渚が叫ぶ。
同時に渚の脳内にあるチップは計測していた。その緑の光はクレーターの外側から内側までを貫いたものだと。そして、それが可能であろう相手を渚はひとりしか知らない。
『ザルゴ……ヤツが動いた?』
埼玉圏最大の野盗集団『オオタキ旅団』の団長ザルゴ。放たれる緑の光から、渚は本能的にあの男が動いたのだと確信したのであった。
【解説】
レインボーブリッジ:
かつて存在したという建造物の名を頂いて付けられている、アースシップと唯一繋がっている橋。実際に七色に光るわけではない。
首都民にとってはその橋を渡ってアースシップで働くことこそが憧れとなっており、またアースシップまでの移動の間にいくつものセキュリティチェックがかけられているため、危険分子が立ち入れる余地もない。




