第167話 渚さんと並び立つ盾
エレベーターの中から出てきたのはオオタキ旅団の幹部のひとりであるモランと、モランに率いられた機械化部隊だった。とはいえ外見はただのロボットであるために見た目だけではモランとは分からない。
(まあ、どうでもいいけどな)
渚がそう思いながらモランらしき機械兵を見る。モランはリンダの仇のひとりではあるが、そうでなくとも敵であるのは変わらない。対峙したのなら倒すだけのことだと渚はライフル銃を構えた。
『狩猟者ナギサ。こいつを知っているのか?』
『ああ、オオタキ旅団の幹部のモランってヤツだよ。昼に戦って逃した』
その言葉に騎士団員たちがざわつく。オオタキ旅団のモランの悪名は彼らにも知れ渡っているようだった。同時にそれを戦って逃したという渚の戦闘力にも彼らは驚きを感じていたのだ。何しろ唐突に協力することになった彼らは渚たちのことをほとんど知らない。ガヴァナーの客人であり過剰な武装を有した少女であることは知らされていたものの、個人の能力についてまでは説明を受けてなどいなかったのである。
『で、モラン。あんた、昼からずいぶん変わっちまったな。イメチェンかよ?』
『ああ? 余裕ヅラしてんじゃねえ。そっちのリンダ共々ぶっ壊して俺のオモチャにしてやる。脳だけになってもまともに死ねると思うんじゃねえぞ』
歯ぎしりが聞こえてきそうな苛立ちの声だが、もっともその声自体も合成音声だろうからそもそも歯もないはずだった。それからモランが鉄腕で己の鉄板の胸部をドンッと叩いて笑う。
『それになぁ。こいつは前回とは違う 、今回のために用意された本気のマシンボディさ。つまり昼が、テメエらが俺を殺れた最後のチャンスだってわけだ』
そう言いながらも機械化部隊が左右に広がっていく。また騎士団も強化装甲機を前面に陣形を整えつつあった。間には何もない完全な正面衝突。けれども敵には先ほどの銃弾を弾いた不可視のシールドがある。
『ナギサ、気を付けて。先ほどのモランのシールドの出力は以前と桁違いだ。それにモランがカバーしきれなかった場所にいた機械化兵もダメージを負っていない。恐らく彼らもシールドが使えるんだろう』
ミケの警告に渚が『マジかよ』と口にする。であれば、距離をとっての銃撃戦は不利。接近戦でカタを付けようにもシールド自体が直接的な攻撃手段に転じられる可能性もあるわけで、なかなかに厄介そうな相手だと渚は眉をひそめた。
『その上にバックパックからアイテール反応。あれは相当積んでるね』
『は? その小さいのは何だよ?』
ミケの姿を見たモランが首を傾げる。可視化こそしてあるものの、ミケの言葉は雷鳴に遮られて通信を通じたものだけだし、またモランと渚の会話のようにオープチャンネルではないので渚たちにしか届けられていない。猫という存在を知らぬモランはそれを不可解な生き物と見たが、すぐに興味も失せて渚に視線を向ける。
『まあいい。まずはテメエら血祭りだ。野郎ども、小綺麗な騎士団様方がお相手だが、装備はこちらの方が上だ。時代が変わったってことを俺らが教えてやるぞ』
『ふざけたことを抜かす。強化装甲機乗りはシールドとアイテールソードを持って前に出ろ。近接戦だ。騎士団がなぜ騎士団なのかを見せてやれ』
モランが、騎士団長がそれぞれに声をあげ、どちらの陣営も一歩前に出て殺気を撒き散らす。誰かが引き金を引けば即座にキルゾーンに突入するその場で渚とリンダも闘志を燃やしながら構えた。
『ナギサ、いいですわね?』
『ああ、サポートする。無茶をするなとは言わねえよ。ただ死ぬなよ?』
渚の言葉にリンダが頷く。
『ミランダ、君は牽制だ。ガトリングレーザーの出力ならシールド持ちでも接近は困難だからね。回り込まれて囲まれないように注意して。クロは僕とともにブレードマンティスを操作だ。箱庭の世界は発動し、すでに連携してある。やれるね?』
『問題ありません』
『こちらもミランダと同じく』
強化装甲機を着込んでいるミランダとブレードマンティスに憑いているクロの返答にミケが頷く。周辺の情報を収集し空間自体の未来を予測する『箱庭の世界』は、モランたちがこの場に訪れる前の異常を感じ取った段階ですでに発動済みであった。
『いけ野郎ども。泥水も飲めない連中をぶち殺せ』
『愚かなる者に鉄槌を。蛮人に騎士団を見せてやれ』
そしてモランと騎士団長の同時の掛け声と共に両陣営が一斉に動き出し、その中でもリンダは突出して前に出ていた。
『後ろは任せろ』
渚の言葉にリンダは頷きながらまずは正面に迫る機械化兵へと突撃する。
先陣を切ったとはいえ、今のリンダの心は落ち着いていた。昼頃のような衝動でモランに突撃した状態とは違う。相棒の渚やマシンレッグのヘルメスは元より、そこから伸びているふた振りのアイテールブレードや、軍事基地で手に入れたアストロクロウズとコエドベースでウルミたちよりもらい受けた補助外装、さらには渚と同期して得ている箱庭の世界の情報、それらすべてが彼女を支えている。倒す手段はあり、焦る理由などない。
そして、リンダは機械化兵に対してサブマシンガンを打ち鳴らしながらシールドの発生箇所を計測していく。
『その女、接近されると厄介だぞ。気を付けろ。シールドで押し潰せ』
『ウォォオオオオ』
機械化兵が声をあげながらリンダへと突撃するが、対してリンダは武器をサブマシンガンからグレネードランチャーに切り替えて機械化兵へと撃ち放った。
『は、効かねえよ嬢ちゃん』
爆発が起きたがそれは機械化兵には届いていない。鉄腕から生み出されている不可視の壁はグレネード弾を空中で受け止め、発生した爆発の衝撃はやはりシールドによって防がれている。だが、それもリンダには予想の範囲内。
『では背後ならどうでしょう?』
『後ろだ馬鹿が』
リンダとモランの声が同時に響き、次の瞬間には『何ッ』と声をあげた機械化兵の体がアイテールブレードによってバツの字に切り裂かれて、その場に転がった。
『つまり正面からじゃなきゃ対処できるってことだろう』
『そう言いながら真正面から近付いてくるテメェは、ギャハ!?』
そしてライフル銃を撃ちながら近付く渚の前にいる機械化兵もまたその場で倒れた。有線操作で渚の腕より離れて飛んでいたマシンアームファングの手刀が背後より機械化兵の体を貫いたのだ。
『まったく、厄介なガキどもだな。クソが』
騎士団を相手にであれば、そう引けは取らない己の部隊がこうも簡単に倒される。そして、その中心にいるのが渚なのはモランにも理解できている。であれば、彼のとる道はひとつしかなかった。
『だったらまずはテメエだよナギサ』
『へっ、リンダと一緒にぶっ飛ばして……ってなんだよ、ありゃ』
『あれはマズイね』
目を丸くする渚にミケが同意する。迫ってくるモランの姿はあまりにも異様だった。全身より、無数の小さな腕が伸び、それが全周囲に向けられている。
『あの補助腕すべてからシールドが発生してるみたいだ。マズイね渚。隙がないよ』
つまりは全方位のシールド展開。そしてモランが笑いながら渚へと飛びかかった。
【解説】
機械化部隊:
全身を機械化した者たちの部隊。
モランのように脳のみとなっている者はそう多くはないが、全身機械化した者の多くはアンダーシティやコシガヤシーキャピタルの庇護も受けられなかった者たちが生き残るためにやむなく選択した姿である。そのため、持たざる者として持てる者の象徴とも言える騎士団への憤りも大きい。




