第164話 渚さんと雷様の到来
「ハァ……スイカ美味かったなあ」
渚がそう言ってビークル内のソファに寝転がる。
時間はすでに夜を迎え、渚たちはウィンドと夕食を楽しんだ後にビークルへと戻っていた。実のところ海底ドーム内では用意された緑竜土の入ったプランターまで確認をしていたのだが、もう遅い時間帯であったし、引き取りに関しては後日に……として今日は施設を出てきたのである。
泊まる部屋も用意するとウィンドも言っていたのだが、渚たちがこの街にきた目的は緑竜土だけではない。リンダの仇がいるオオタキ旅団と対峙するためでもあった。そのための準備に彼女たちは自らの根拠地であるビークルへと戻ってきていたのである。
「そうですわね。その後のカレーですの? あれも美味でしたわ」
リンダも満足した顔でそう返した。どちらも銃弾をマガジンに込めながらの会話というのが今の彼女らの現状を物語っているようでもあったが、ともあれ先ほどの食事は彼女らにとってはまさしく至福の時間であった。また、そう話し合いながら準備を進めている渚たちとは別に運転席ではミランダの膝下で丸くなっているミケがいた。
『重さはほとんどありませんが、確かに感触はある。ミケは実際に姿を表に出せるようになったのですね』
『まあね。遺失技術の一種で空間に力場を発生させているから擬似的に実体を得ているように見えるだけなんだけどね。この方がよりストレスを発散できるし、僕としてもありがたいよ』
『いいですね。私も欲しいところですが』
そう口にしたのは外にいるクロだ。ブレードマンティスの姿でビークルに近づいている様子はまるで襲われているようでもあったが、当然会話に参加するために接近しているだけである。
『悪いけどこれは一人分だよ。君は機械獣を乗っ取って動けるんだから我慢してくれないかな』
『しかし、カマキリの姿はあまり好きではありません。メテオライオスとか猫科のものの方が良いですね』
「メテオライオスは相当に難易度が高いのですけれどねぇ」
その会話を聞いていたリンダが難しい顔をしながらそう返す。
機械獣の中でも戦闘に特化したメテオライオスは現時点の渚たちでも捕獲どころか倒すことも難しい相手だ。無論、操作できるようになれば大きな戦力にはなるのだろうが。
『それでクロ、外の彼らはどうだい? 暴走して襲ってきそうな感じはないかい?』
『ええ、まあ。悪い方達ではありませんよ。会話も交わしましたが、AIにも比較的理解があるようですし』
ビークル周辺には現在も騎士団が監視についている。
見た目だけでも強化装甲機一機に武装ビークル一台、それにブレードマンティス五機という戦力ではあるのだから、ガヴァナーの客人であると知らされてもなお、警戒せざるを得ない状況ではあるのだ。もっともこれはそう見せておくことで周囲にこれで安全だと触れ回っている面もある。
『それで野盗が来た場合の対応ですが、戦闘には参加できるのですか? 私たちは彼らと共に行動するのでしょうか?』
そのミランダの問いに渚は首を縦に振った。
「まあ外の奴らとは一緒じゃないけどな。ウィンドさんに話をつけてるけど、一応ウルミさんとカモネギ従騎士団に雇われた外部戦力として参加は許可された。まあそういう状況になったら召集されるらしいんだけどな」
『それは良かったです』
カスカベの町で味を占めたのか、ミランダは好戦的になっているようだった。
「強化装甲機はミランダを乗せるのか?」
『そうだね。正直に言って君はそこまで必要とはしてないだろう』
ミケの言葉に渚が頷く。確かに高出力のパワーを発揮する強化装甲機は強力な戦力だが、ファングのブーストと補助腕を用いて機動力を頼りにした戦いの方が渚には合っている。勿論、巨大な機械獣との戦闘などでは別で、状況にもよるのだが。ともあれ人間相手であれば渚は元の生身のままの方が安定して戦闘が行えるようだった。
『それにミランダとも距離が近ければ、ファングのチップとリンクさせることで箱庭の世界とも連携ができる。クロやブレードマンティス共ね』
そう口にするミケに頷いた後、渚は少し何かを考えてから「ふぅ」と息を吐いた。
「どうしたんですのナギサ? 緊張していますの?」
「ああ、いやな。戦いのことは頭から今は追い払ったんだけどさ……ちょっとさっきのことを思い出してさ」
「さっきの? 海底ドームでのことですの?」
リンダの問いに渚が頷く。
「そうだ。これからもらえる野菜とかってのもさ。基本俺らしか食えねえんだよな?」
『どういう意味かによるけど、流通には乗せられないよ。それをすればおそらくは捕まるだろうからね』
基本的にはアンダーシティの意向で地上では嗜好品の流通が禁止されている。それは人々をVRシアターに依存させてアイテールを回収しているのと同時に、消費を行わせぬことで資源のロスを防ぐという意味があることを今の渚は理解していた。だからミケの言葉にも「だよな」と素直に返すことができる。
その様子にリンダが首を傾げた。
「ナギサ、どうかしたんですの?」
「別に大したことじゃあねえよ。ただスイカ、ミミカに食わせてやりてえなって思ってさ」
「それぐらいなら多分問題ありませんわよ?」
『そうだね。個人的に楽しむ分にはお目こぼしはもらえるんだろう。それに今後はコシガヤシーキャピタルの後ろ盾もある。ゴールドランクになれば狩猟者の中でも発言権はあがるだろうし』
「そりゃあ、分かってる。けどミミカのダチや、似たようなガキは無理だろ。アウターにだってガキはいる。いや子供に限った話じゃあないけどさ」
そう口にした渚にリンダが眉をひそめる。
「いやさ。これまであたしは自分のことしか考えてなかったな……って思ったんだよ」
「それは当然のことですわ。こんな世界では自分のことだって満足にできないことがほとんどなんですわよ」
「そいつも分かってるよリンダ」
そう言いながら渚は自分の手を見た。リンダの言うことはもっともで、渚もそうだろうとしか思えない。けれども渚はここでそうではない人物を見てしまった。その背中に彼女にとって大切な何かを感じてしまった。
「それでもあの人がこの世界でいろんな人を助けながらここまで生きてきたのは事実なんだよな」
「それはガヴァナーのことですの?」
リンダの問いに渚が頷く。それはリンダでなくとも分かる答えであった。海底ドームにたどり着いた渚のウィンドを見る目が今までとは違っていたのをリンダも感じていた。そして、であれば……とリンダは考える。
「でしたら……ナギサ、あなたが望むならここに残るという選択肢もありますのよ」
「リンダ?」
首を傾げる渚にリンダが頷く。コンビ解消はリンダにとっては辛い選択だとしてもそれ以上のものをもらった自覚もある。であれば……リンダにとって渚が別の道を選ぶのであれば拒否をするつもりはない。
「ナギサはガヴァナーにも目をかけられていますし、騎士団とも相性は悪くありませんわ。その戦闘能力があればそれなりのポジションにだってつけるでしょう。それに」
リンダが少しだけ迷ってから尋ねる。
「ナギサはあまり市民IDに拘りはないのでしょう?」
「まあ……な」
渚にとって市民IDとはまともな暮らしを求めてとりあえずの目標にしていただけだ。リンダのように切望しているものではない。
「だったら」
「ただ、あたしにはあの人の後ろについて行くのが正しいとも思えないんだよ」
渚ははっきりとそう言った。その言葉にリンダが言葉に詰まり、それからミケが目を細めて渚を見た。
『つまり君は彼女のようになりたいのかい?』
「かもな。それにあの人は多分救える人しか救わないだろ。実際そう言ってたしな」
ウィンドは確かにそう口にしていた。どうにもならない……とはっきりと告げていた。瘴気が消えるタイムリミットまで十年。それまでにウィンドは救う命と救わぬ命を選別する必要がある。それが上に立つ者としての責務であるとウィンドは理解していた。そして、そのことを口にしていたウィンドの悔しそうな顔を渚は忘れることができない。
「ただ背中を追ってたんじゃあたしはウィンドさんの取りこぼしを防ぐだけな気がする。だったらあたしがしたいことは」
「ナギサ、それはどういう……」
リンダが渚に問いかけたとき、突然ウーウーという警告音が外より響いてきた。
「敵襲?」
外にいた騎士団たちもざわめき出したが、リンダは首を横に振った。
「いいえ、これは黒雨の警報ですわ」
「ウワァ、マジかよ。いやこの停車場なら大丈夫なのか?」
現在渚がいるのはクレーターの岩盤を切り抜いた横穴式造りの施設内にある停車場だ。少なくとも雷が落ちてくることはない。けれどもミケが『問題なのは』とその場で口にした。
『これに便乗して野盗が攻めてくる可能性は高いだろうね。カスカベの町はすでに襲ってしまった。であれば先延ばせばそれだけ警戒が強まるからね』
「うう、マジかよ」
渚は雷が大が付くほどに苦手であった。その渚にミケが肩をすくめながら、とある提案をする。
『渚、一応雷の恐怖を抑える方法はある』
「マジで?」
その問いかけにミケが頷きながら口を開いた。
『正直なところ、あんまりやりたくないんだけどね。けれど前の様子からすると君は戦闘どころではなくなるだろうし、仕方ないからフィルタリング機能を使って雷を除去するとしよう』
【解説】
フィルタリング機能:
チップの能力を使えば渚の視覚と聴覚に干渉し、雷の光や音を渚の脳に到達する前に除去することも可能ではある。もっともそれは感覚の一部を遮断しているということであり、本来戦闘レベルでの使用には適切な訓練が必要である。




