第160話 渚さんとチンチクリンのペット事情
「あら、戻ってきましたのねナギサ」
渚がウィンドとの話を終えて展望台へと戻ると、リンダとケイたちが何かを話しながらそこで待っていた。それに渚が手を振りながら「待たせたな」と声をかける。
「おっす。ナギサ、遅かったじゃん。秘密の話終わったのか?」
「まあな、ビィ。一応話は片付いた」
「ふーん。じゃあこの後は一緒に回れるんだよな?」
「残念だけど、そりゃあ無理だね」
ビィの続けての問いには渚の後ろから出て来たウィンドがそう返した。
その突然現れたチンチクリンにリンダが眉をひそめて視線を向ける。ここまでにリンダはウィンドの姿を見たことがないのだから、この子供がなぜ渚とともにいるのだろう……と考えてしまうのは当然のことであった。
「ええと、ナギサ。この子は誰ですの?」
「ガヴァナーのウィンドさんだ。こんななりだけどこのコシガヤシーキャピタルで一番偉い人なんだと」
渚の言葉にリンダがエッという顔をして、ウィンドが「はっはー」と笑いながらVサインを返して頷いた。
「ま、私は安全上の問題から基本的に表には出てないからね。アンダーシティのお嬢さんでも知らないのは無理もないかな」
「いや、落ち着きも威厳もないし、こんなチンチクリンがトップだと舐められるからあまり顔を出すなと言われているだけだ。勘違いしないようにガヴァナー」
続いてやって来たウルミの言葉にウィンドが「ぐぬぬ」と唸った。
「お、ウィンド様が外に出てるのは珍しいな」
「ビィ、その態度はまずいよ。ほらウルミ先生が睨んでる」
ケイの指摘にビィがハッとした顔でウルミを見る。そしてその反応にウィンドがドヤ顔で笑う。
「フッ。まあ、私は偉い人ですからねえ、ビィ、ちゃんと敬意を払って私を崇めるんだよ。後ろのウルミのようにね」
(つい数秒前にチンチクリンって言われてたよな)
そう渚は思っていたのだが、どうにもちゃらんぽらん感は否めず、確かに表に顔を出さないほうがコシガヤシーキャピタルの威厳は保てそうではあった。それからビィが続けて、渚の横を歩いているミケへと何かに気付いたように視線を向ける。
「あれ。そいつ、毛並みが違うと思ったらユッコネエじゃない猫じゃん。どうしたんだよ?」
「あ、やっぱり見えてるんですのね」
その言葉でリンダは自分の違和感に確信を持てたようだった。
現在のミケはいつものように視覚内に擬似的に見えているわけではなく、明確に空間内に表示されている状態にあったのだ。わずかな周囲の反応からリンダは無意識に疑問を感じていたのだが、ビィの反応でようやくその事実を把握できたのである。
『やあ、ケイにビィ。それにアイ。はじめまして。僕はミケと言うんだ』
「おう、はじめまし……って、猫が喋った!?」
ミケの言葉にビィが大げさに驚いたが、控えめであるだけでケイもアイも同じように目を丸くしていた。
「あたしのナビAIだよ。この遺失技術のフィールドホロ発生装置をそっちのウィンドさんにもらったんでさ。今はこうやって表に出してるんだ」
そう言って渚がフィールドホロを表示させている四角い装置を見せるとビィたちもなるほどと頷く。例え不可思議なものであろうとも遺失技術を絡めた時点で、ひとまずの納得は得られてしまうのが埼玉圏の現状であった。
「ところでさビィ。ユッコネエじゃない猫って言ったよな? もしかしてここって猫いるのか?」
「おう、いるぜ。ウィンド様の部屋に猫のユッコネエと犬のユミカだったっけ? そのミケみたいに喋りゃーしねえけどな」
「ビィ。一応それ機密情報……」
「あ!?」
横でため息をついているケイの忠告にビィがアッという顔になり、ウルミに睨まれていることに気付いて顔を硬直させる。それからウィンドが肩をすくめて頷いた。
「ま、そうだね。再生体の実験の一環でね。今犬と猫をあたしが飼ってるんだよ」
「再生体……なのか?」
再生体の言葉に眉をひそめた渚に、ウィンドが苦笑いをしながら頷いた。
「そうだね。私たちはより良い未来を手に入れるためにいくつもの手段を模索している。その過程でユッコネエとユミカは生み出されたんだよ」
それは再生体を生み出していることを肯定した言葉であった。
「とはいえ、私たちの思惑で勝手に産んだ命だ。身勝手に捨てるのも……とも思うし、大事にはしてあげたいからね。ま、愛玩動物が閉鎖空間においてのストレスケアになるかの実験でもあるんだけどユミカがそそうする以外はまあまあ順調だよ」
そうウィンドが説明し終えたのを見計らってウルミが前に出てビィたちを見た。
「カモネギ従騎士団ビィ団長。現時刻より、お前たちの待機命令を解く」
その言葉にビィたちの顔に緊張が走る。
「また各団員にも同様に通達。都市防衛兵装を装備し、騎士団の強化装甲機の起動準備を開始せよ」
「は、どういうことだよ? あ、いや……了解しました騎士ウルミ」
ビィがなんとも言えない顔で敬礼し、それからアイが挙手してウルミを見た。
「あのぉ、ウルミ先生。この後はナギサたちを町に案内するという予定であったはずですけど」
その言葉に答えたのはウルミではなくウィンドだった。
「ごめんねアイ。これからちょっと危険なことがあるかもしれないんでね。残念だけどお休みはここで終了なんだ。ウルミも騎士団全体の準備を。嫌なタイミングだけど、君たちなら対応できると信じている」
「ハッ、ガヴァナー・ウィンド。騎士団の名誉にかけましても見事応えて見せましょう」
ウルミがそう答えるとビィたちを引き連れて、踵を返して来たときと同じように階段を降りて戻っていく。その様子を目をパチクリとしながら見ていたリンダが渚に問いかける。
「ねえ。ナギサ。これってやっぱり野盗が理由ですわよね?」
「まあなぁ。なんでも今は結構な数の騎士団が出払ってて、あんまり良くない状況らしいんだよ」
「出払ってる?」
「主にグリーンドラゴンの調査と対応のためだね」
首を傾げるリンダにウィンドがそう答える。
「何分、グリーンドラゴンとかなりの数の機械獣の群れだ。あいつらは仲良しこよしじゃないから、グリーンドラゴンがなんらかの恣意的行動をとった場合、機械獣が散る可能性は高いし、グリーンドラゴン自体が脅威そのものなんだよ。何かあっても対処できるようにカワゴエシティのコエドベースに戦力の半分を移動しているんだよ」
その言葉にリンダがなるほどと頷いた。
「まあ、そこらへんは街の内部に間諜でもいれば、すぐ分かっちゃうことなんだけどねえ。けど、まさか距離の離れたここを狙うとはザルゴも焦っているのか、もしくはそうできるだけの力を手に入れたってことかな。いや、どちらもか」
ウィンドがそう口にする。それは渚たちに伝えたというよりは、自分の頭の中の整理を口に出した……という感じでの言葉であった。
「しかも予報だとこの後に黒雨が来る予定になってるんだよ」
「マジかよ? あの雷がバリバリ来るやつだよな?」
その言葉にウィンドが頷くと渚の顔が苦いものに変わる。渚は雷が苦手であった。
「最近は落ち着いていたのですが。その予報は正確なのですか、ガヴァナー?」
「うん、高確率でね。ちょっと大きな雲が来ているのが確認できているし、連中がここを攻めるならそれに便乗するのが確実だと思うよ。まあ、そう思わせて普通に襲撃を仕掛けてくるかもしれないから油断はできないけどね」
そう口にしたウィンドだが、続けて「ま、それはともかくだ」と言葉を返した。
「今回君たちが来た理由は緑竜土の受け渡しだったよね。アースシップの中に用意してあるから一緒に取りに行こうか」
【解説】
再生体:
再生体は人間に限定されるものではない。コシガヤシーキャピタルは食糧生産計画の一環として動物再生実験を行なっている。




