第157話 渚さんと埼玉の海
門を抜けた渚たちはそのままナビゲーションロボの誘導に従って指定された停車場に辿り着き、ビークルを停めて、さらには追従していたブレードマンティスたちをビークルの横に並べてスリープモードにしていった。
それはこの世界においても相当に異様な光景ではあったのだが、周囲を取り囲むように監視している騎士団たちにも渚たちのことはすでに伝わっているらしく、咎められることもなく街への入場を許されていた。
そして渚とリンダはビークルを誘導したナビゲーションロボに引き続き案内されるままに停車場からクレーター内部を削って作った建造物内へと通され、そのままエレベーターへと乗って上層階へと昇り始めたのである。
「はぁ。内部をくり抜いたエレベーターなぁ。年季は入っているようだけど、しっかり整備されてんのな」
すでにナノミストの影響範囲内となったため、その場でドクロメットを取りながら渚がそう口にした。現在上昇しているエレベーターは見れば相当に古いものであるのは分かったが、特に汚れの跡も見られず、また異音も大きな振動もせず、質の良い状態を維持しているようだった。
「コシガヤシーキャピタルの内街は常に整備がしっかりされておりますし、このナビゲーションロボが無数に配備されていて、問題があれば対応しているそうですわ。アンダーシティも似たようなものですけど、こちらの方が人の手が加えられてる感じがしますわね」
そう口にするリンダの前には門からついて来ている中に子供ひとり入れる程度のサイズのナビゲーションロボがあった。どうやらリンダの説明から、このロボットが街の管理を請け負っているらしいと知り、渚が「へぇ」と言いながらナビゲーションロボをしげしげと眺める。
「エレベーターはまだ何基もあるはずですが、ここを破壊されるとクレーターを足で登る必要がありますから特に万全にはしているのでしょうね」
「なるほどなぁ」
渚が感心した顔で頷いた後、何かを思い出したような顔をしてからリンダに視線を向けた。
「ところでさリンダ。さっきの騎士団の連中、やっぱり結構顔引きつってたみたいだけど、やっぱりブレードマンティス五体は不味かったかなぁ?」
「そりゃあ、それはそうでしょう。正直、あの数のブレードマンティスたちが暴走した場合、あの場にいた騎士団の数では押さえるのは無理でしょうからさらに増員されると思いますわよ」
リンダが少しばかりため息をつきながらそう返した。招待状により渚たちのコシガヤシーキャピタルへの入場は確かに認められはしたが、潜在的危機に対する管理はまた別の問題だ。常に最悪も想定して動かねば、警備としては失格である。
「まあ、ミランダとクロも残しましたから問題はないと思いますけど」
中に入ることを許されたのは渚とリンダだけ。また取り外すことが困難な機械化した部位についてはそのままだが通常の武装の持ち込みは禁止されているし、一輪バイクなどといったものを持ち込むことも許可はされなかった。それは当然といえば当然の対応ではあるのだが、ここまで渚が立ち寄った街では見られなかったものである。
『まあ一応クロとミランダにはブレードマンティスの制御が可能なように設定はしておいたから移動ぐらいは可能だよ。何かあったらあちらの判断で対応してもらおう』
ミケがそう口を挟んだ。
もっともブレードマンティス五体の制御は現時点ではドクからもらったチップの演算能力ありきで可能となっているため、クロとミランダのみでは戦闘に使用できるほどのものではない。
「そうだな。そこらに一旦隠すのもな。これからのことを考えると戦力はあった方がいいし」
渚の言葉にリンダとミケが頷いた。
今回彼女らの目的は表向き緑竜土を受け取りに来たということになっているが、カスカベの町でミケがミケランジェロと同期したことで得た野盗の襲撃情報を伝えることの方が優先度は高くなっている。
「で、ミケ。野盗の件だけど、あの門番さんらに話さなくて良かったんだよな?」
『うん。あの招待状の権限が思ったよりも大きかったことは予想外だったけど、それでもあの場で説明をしてもこちらが出せるのは状況証拠しかないから手間もかかっただろう。だったらウルミとはすぐに会うんだし、そちらに話を通した方が結局は早いと思うよ』
ミケがそう言った後、『あ、到着したね』と続けて口にした。
それと同時にエレベーターの動きが止まり、わずかに間が空いた後にドアが開き、ナビゲーションロボがスーッと外へと出ていった。
「おお」
そして、ドアの外の光景を見た渚が驚きの声をあげた。その先にあったのはクレーターの中にある巨大な湖だった。
「すげえ。湖があるぜ?」
荒れ果てた荒野や砂漠しかここまで見れなかった渚が興奮しながらそう口にした。エレベーターを降りた場所はクレーターの頂上で、そこはコシガヤシーキャピタル全体を見通せる展望台になっていたのである。そして渚に続いてエレベーターを降りたリンダが「みずうみ?」と言って首を傾げた。
『ナギサ、あれは埼玉海ですわ。海を見たことがないナギサには分からないかもしれませんが」
「海?」
リンダと同じように渚が首を傾げた。
海。それはどういう意味での言葉なのだろうかと渚は思ったのだが、リンダは自慢げな顔で強く頷いた。
「ええ、そうですわ。これが海ですのよナギサ。かつて埼玉には海がないと言われておりましたの」
渚の知識が確かならば埼玉は内陸にあり、確かに県内には海はなかったと記憶していた。
「しかし、こうして現在は海が存在しています。人は自らの手で、存在しないものすらも生み出せるという奇跡を起こしたのですわ。埼玉には海がある。それはとても素晴らしいことだとは思いませんかナギサ?」
いや、あれは海ではなく湖……と説明しようかと考えた渚は結局言葉を返すことをやめた。VRシアターも存在しているのだから海の意味ぐらいは理解できていると思っていたのだが、リンダが疑問に思っている様子もない。であればきっと文化や認識が違うのだろうと思うことにしたのだ。
「ま、いいけど。それでさ。あのみ……埼玉海に浮かんでる黒い棒を空に伸ばしてるでっけえ船がアースシップってやつなのか?」
続けて渚は己が興味を引かれたものを指差した。
その指の先にあるのは埼玉海に浮かんでいる、言葉通りの空に向かって黒い棒を伸ばしたタンカー船のような形をした緑色の巨大な船であった。
【解説】
埼玉海:
かつて埼玉には海がないというだけで中傷され、言われなき差別を受け続けた暗黒時代があった。もっともそれはもう過去の話。不屈の圏民魂は埼玉に海を生み出すことに成功したのである。
なお水は貴重なものなので、海水浴でもしようものなら銃殺刑は免れない。




