第150話 渚さんと阿修羅なる者
一瞬の閃光。それは周囲の狩猟者たちの視界を潰し、それと同時にモランは全速力でその場を逃げようと動き出していた。
全身機械であるモランの脚力は人間の能力を大きく上回る。その上に銃弾を弾く不可視のシールド持ちだ。故に囲みを抜けて距離さえ取れれば十分に退却できるという算段がモランにはあった。とはいえ、それは途中で邪魔が入らなければ……という前提条件が必要ではあったのだが。
『無駄な足掻きですわね』
そのモランの行動を当然リンダは見逃さなかった。渚と情報を共有し箱庭の世界の恩恵を得ているリンダにとって閃光による視界の遮断など問題にはならない。むしろ一瞬の隙を狙って動いたモランにこそ隙が生まれた。
『なんだとぉ!?』
そして、リンダの蹴りによって機械の両足が斬り裂かれたモランは地面を転がっていく。
『チックショウ、俺の足が!? なんてことをしやがる!』
そんな罵声を口にしながらもモランは機械の両腕を使って器用に逃げようとしたが、今この場で動けるのはリンダだけではない。渚とクロがそれぞれ左右からモランの両腕を切り裂き、その自由を奪った。
『往生際が悪いな』
『残念ですがここを通すつもりはありません』
ふたりの冷徹な言葉にモランが呻いた。絶体絶命の窮地。その間にもリンダはゆっくりとモランの前にまで近付いて、転がっているモランを睨みつける。
『わたくしがあなたを逃すとでも? 残念ですがそれはあり得ませんわ』
『んだよ、テメエは。俺に恨みでもあるってのか?』
モランが苛立ちながらそんな言葉を返すと、リンダは『わたくしはリンダ・バーナムです』と口にした。そして、その言葉にモランが目を見開かせる。
『クキアンダーシティの上級市民バーナム家の長女。バーナムぐらいの名は聞いたことありますかしら?』
『テメエ……がリンダだと? ハッ、そうかい。お前がバーナム家の娘。あのときのガキか』
『ええ、覚えていてくれたのですね。そうですわ。一年前、あなた方にお父様とお母様とこの足を奪われた、ただの小娘です』
感情を抑制した声でリンダがそう言うと、モランはさもおかしいという顔で笑みを浮かべた。
『なるほどな。はっは。となればこりゃあ復讐のつもりか。つうか生きてたのかよ。あんときゃ、あのまま死んじまうと思ってたんだがなぁ』
『残念ながらこうして生きています。あなた方を地獄に落とすまではわたくしは決して死ぬことはありませんわ』
『おお、おお。勇ましいね。いい顔してやがる。あんときの世間知らずなガキだったお前もそそったんだけどなあ。せっかくの純粋培養の雌モグラだってんで、いたぶり倒して楽しんでやろうと思ってたのに下半身が潰されててよぉ。ヒャッハッハ。あんときゃあ、もったいねえって思ってたんだが。なんだよ、生きてたのか。いや、良かったなリンダ。はっはっはっは。今からでもお相手してくれねえか。そのツラのお前も最高だ!』
『モラン……あなたは!?』
モランの挑発にリンダがギリギリと歯を鳴らしながら一歩前に出ると、それを見てモランがさらに笑った。
『そうだ。その顔だリンダ。俺たちと同類の目だ。で、これからどうするよ。これから俺をなぶり殺すか。お前の両親のときみたいさ?』
その言葉にリンダの中でプツリと何かが切れて一歩を踏み出した、次の瞬間だ。
『下がれリンダ!?』
『え?』
渚がリンダの肩を掴んだ。
その行動に復讐を止められたと感じたリンダが怒気を渚に向けようとしたが、その瞳に町の壁が緑色に光ったのが映ったことで冷静さを取り戻した。もっともリンダには何が起きたのかというところまでは理解できていなかったが、渚の方はすでに状況を把握していた。それは外からの襲撃だと。つまりはオオタキ旅団の団長の機械の左腕による攻撃だと右腕のファングが訴えていた。
(ヤバいぞ、これ!?)
リンダを止めたのとほぼ同時に渚はセンスブーストを発動させていた。すべてが鈍化した時間の中で、町の壁を熔解させた緑色の流星がこちらに向かって飛んできているのが見えていた。それは直線ではなく、曲線を描きながら渚たちへと向かってきている。
魔弾。
渚の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
大きく弧を描きながら周囲の建物も狩猟者たちも巻き込んで緑光の魔弾は渚たちを中心に渦を巻くかのように回転して周囲をなぎ倒していく。
鈍い悲鳴の嵐がその場で吹き荒れる。狩猟者も野盗も関係なく巻き込まれているのだ。軌道にいて直撃した者は即死、距離を取っていても衝撃波で弾き飛ばされた。
『渚、回転の中心はモランだ』
その様子を見ながらミケが叫んだ。なるほどと渚も理解する。モランを中心とすることでその周囲の障害物を取り除く。恐らくはそうしたことを目的とした動きなのだと。
けれども渚もただ手をこまねいているわけではない。
(これ以上やらせるかよっ)
すでにタンクバスターモードの起動はされており、魔弾の軌道に沿って緑の巨大な拳が動き……
(避けた!?)
しかし魔弾はその拳をも避けていった。
『いや、大丈夫だ』
そしてわずかに遅れて空中で緑光の爆発が起きる。
避ける魔弾の軌道を『さらに読み切った』ミケが補助腕のメテオファングで魔弾を破壊したのだ。同時にセンスブーストが解け『はっ、ハァ』と渚が荒い息をあげて、破壊された壁へと視線を向けた。
高出力のエネルギー体が射出されたために瘴気は消え、その先にある町の外の岩場の上に誰かが立っているのがクリアに見えている。
『あれは?』
『左腕のドラグーン。間違いないね、あれがオオタキ旅団の団長ザルゴだろう』
ミケの言葉を聞きながら渚の頬を冷たい汗が垂れ落ち、その表情は強張っていた。
渚の視界にはチップの力によって表示された拡大映像によって男の姿が正確に映し出されていたのだ。ミケが言うように男の左腕はドラグーンだった。対であるファングがそう反応しているのだから間違いはないだろう。
問題は別のところにある。ザルゴの左腕は『三本』あったのだ。さらに言えばその『すべてがドラグーン』であり、右腕も三本生えていて一本は妙にゴツく別物だが他二本は渚のものと同じ『ファング』だったのだ。
つまりザルゴは二本のファングと三本のドラグーンを装着していたのである。
『あ、阿修羅か、あいつは?』
渚が眉をひそめながらそう呟く。
『モラン、ドクはどうした?』
『し、死んだと』
渚たちが警戒をしている間に、ザルゴとモランの間で通信のやり取りがされている。オープンチャンネルで行われているソレは渚たちの耳にも普通に入ってきていたが、それを遮ろうとする余裕はない。さらに男の問題はもうひとつあった。
『渚。見てよ、あの胸の光』
『ああ、不味いな』
ミケの言葉に渚が頷く。すでに渚の視界にはそれについての情報が流れてきていた。ザルゴの胸には緑色の光輝く宝石があった。それはチップの解析によれば超高密度に圧縮されたアイテール結晶だと示されていた。
それが左右の計六つの腕へとエネルギーを送り込んでいる。その結晶のエネルギー保有量は個人として使用するのであれば、ほとんど無制限に近いものだとチップが計算していた。そしてザルゴが渚たちを、それからその中にいるリンダへと視線を向けて口を開いた。
『そこにいるのはリンダ・バーナムだな』
『わ、わたくしを知っていますの?』
『ああ、お前とお前の両親を襲うように指示したのは俺だからな』
『なんですって!?』
リンダの表情が強張り、対してザルゴは『感謝しているよ』と返した。
『お前の両親が運んでいた、このハイアイテールジェム』
ザルゴが己の胸に手のひとつを置き、言葉を紡ぐ。
『このおかげで俺は何者にも負けぬ力を得た』
『ふざけないで!』
『待てリンダ。あれはヤバイ』
リンダが飛び出そうとしたのを渚が止める。渚にはリンダがあのザルゴという男には絶対に勝てないという予感があった。今の時点で戦おうとしたところで全く相手にならぬという確信があった。
一方でザルゴは二本目のドラグーンの腕を銃身へと変形させて、再び渚たちへと向けた。
『それでお前がナギサだな。ファングの持ち主』
『なんだよ。まだこいつも欲しいってのか。ファングならお前も二本持ってんじゃねえか?』
『バランスを考えればあと一本は手に入れたいところだが、今回は退いておこう。ただウチの者相手に随分と暴れてくれたようだからな。その礼だけはさせてもらう』
『クソ。不味い。みんな下がれッ』
渚が叫ぶが、先ほどのザルゴの攻撃でその場にいる全員がすでにボロボロで動ける者の方が少ない。そして次の瞬間に放たれた緑光の弾丸は一直線に渚たちの頭上まで到達すると、その場で破裂して下方へと緑光の散弾を降り注がせた。
『間に合えぇえええ!』
対して渚は二度目のタンクバスターモードを発動させ、ブースターで右腕を打ち上げながら手のひらを最大限に引き伸ばしてそれを受け止めていく。
アイテールライト同士が空中で相殺されて爆発が起こり、衝撃波が吹き荒れていく中、リンダの『モランが!?』という声が渚の耳に届いた。
『へっ、じゃあな』
次の瞬間にモランの頭部が左右に開き、脳の入ったガラス容器が露出したかと思えば容器に付いていたブースターが火を噴き上げて頭を飛び出し、そのまま町の外へと飛んでいったのだ。
『あいつ。あんな隠し球を!?』
それには流石の渚も面食らったが、けれどもそれを追うことはできなかった。周囲は死屍累々、その上にザルゴにはまだ未使用のファングとドラグーンがある。勝ち目などあるはずもなく、そしてザルゴがモランの脳モジュールを回収して去っていくのを渚たちは見送らざるを得なかった。
『あと一歩。あと一歩だったのに!?』
追えば殺されるだろうとは分かっていたのだろう。リンダもその場で膝をつきながら悔しそうな顔で呻いていた。
結果だけで見ればほとんどの野盗は倒れ、勝利は狩猟者の側にあるはずだ。なのに、その場での彼らは負け犬だった。
ただ、渚だけは違っていた。
『チャンスはまだあるさリンダ』
『ナギサ? 一体どこにそんなものがありますの。わたくしたちは結局……』
リンダが涙を浮かべながら渚を見たが、渚は破壊された壁を見ながら目を細めて口を開いた。
『コシガヤシーキャピタルに向かおうリンダ。お前の仇討ちの機会は多分そこでもあるはずだ』
【解説】
魔弾:
アイテール結晶侵食体などの例があるように、アイテールとは単独で演算処理と記録保持を行うことが可能な特性がある。そしてドラグーンから射出される魔弾にはその特性を利用した使い捨ての簡易AIが搭載されている。
それ故に自律的に噴射の方向を変更して軌道を変えたり、特定の距離まで移動した後に散弾として分離射出することも可能であり、その応用性はファングよりも高い。




