第149話 渚さんと箱庭の世界
『お前ら、野盗どもを撃ち倒せ』
『同胞の仇を討つんだ!』
『モグラの犬が偉そうに!』
『ブッ殺せ。氷漬けにされてる仲間を取り戻せ!』
咆哮と罵声。それらが入り混じりあいながら狩猟者と 野盗の銃撃戦が開始された。その間に渚とリンダは建物の屋根の上へとスルスルと登っていく。
『なんだか、勇ましいなぁ』
『まあ、どちらも色々と溜まってるものがあるんだろうね。クロと僕のマンティスはすでに配置についているよ。いつでも動ける』
上から状況を伺う渚とミケがそう言い合う。その背後でリンダが不安そうな顔をしていた。
弾丸の雨が飛び交う激しい戦場が眼下に広がっている。これではとても割り込めそうもないとリンダは考えていたのだが、横にいた渚がポンとリンダの肩に手を乗せるとリンダのヘルメットのバイザーに様々な情報が表示されていった。
『これはなんですのナギサ?』
『ちょっと処理能力が上がってさ。行動予測の範囲を拡大できるようになったんだよ』
『これは箱庭の世界と呼ばれている技術だ。映像と音声などの情報をリアルタイムで習得しつつ、仮想空間を構築しシミュレーションをして実世界の予測を行っているんだ。まあ、君たちは未来の世界を見ながら戦えると思えばいい。この距離でならばリンダにもクロたちにも情報は逐次流せるからね。存分に利用してくれ』
ミケの言葉にリンダが驚く。行動予測自体はリンダにも使えないわけではないが、今見せられているものは効果範囲が桁違いであった。そして、これならばあの銃弾駆け巡る中に突撃しても問題はないという確信をリンダは得た。
『じゃあ、ノックスに合図をしたら突撃するけど、いいなリンダ』
『は、はいですわナギサ。これなら行けます!』
リンダの返しに渚が頷くとグレネードランチャーを空に向け、信号弾を撃った。
それが事前にノックスと決めていた合図であった。
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『空に光? なんの合図だ?』
そして、上空に閃光弾の光が発生したのは野盗側で撃ち続けているモランにもすぐに把握できた。けれども、それで何が起きるのかまでは分からない。入り口付近の狩猟者たちは別の部隊が今も足止めしているはずで増援にはまだ猶予がある。であれば何を……と考えを巡らせていたモランに部下からの悲痛な声が響いてきた。
『モラン様。ブレードマンティスが左右から出てきました』
『なんだとぉ? ドクのヤツ、アレも奪われて死んだのか!?』
モランが叫ぶ。計五体のブレードマンティスが左右の建物の影から飛び出してきたのだ。同時に狩猟者たちの銃撃もモランたちを避けて左右に集中し始めた。
『狩猟者の攻撃も変わっただと。いったい何が起こって……上か!?』
驚きのモランであったが、行動予測によって彼は上空からの奇襲を即座に検知した。
モランの脳モジュールの中には行動予測を行う遺失技術の端末が内蔵されており、マシンボディ内に仕込まれている全天球型監視カメラと連動して周囲を常にサーチし続けているのだ。
それはモランの行動を妨げぬよう判断AIが管理しているのだが、何かがあれば直感的な形でモランへと情報が流されるようになっている。それこそがモランという男の強さの秘密であった。
そして、それが上空から最大級の警戒対象が落ちてくることを告げていた。
飛び降りてきたのは先ほど彼を敗北に追い込んだチンマイ狩猟者だ。
『来たかナギサァアアア!』
モランは奇襲を察知し持っている銃を渚へと向けた。
しかし、引き金が引かれる前に彼は銃弾を浴びてしまう。
『がぁ!? なんだ? 見えない敵? クソッ、さっきの跳び蹴り女か』
気が付けば渚とは別の狩猟者が彼らの中心に飛び降りていた。
光学迷彩装備を身に付けていたその狩猟者はモランが渚を撃とうとした隙を狙って攻撃を仕掛けていたのである。
『しこたま撃っても倒れないか。頑丈だな』
『装甲が厚い。やはりアイテールブレードで仕留めるしかなさそうですわね』
渚とともに降りてきた女狩猟者の名をモランは知らないが、けれども先ほど自分の命を狙って突撃してきた相手であることは覚えている。そして渚たちを見ながらモランが笑う。
『へっ、馬鹿が。こんな敵のど真ん中に飛び込んできて……おっと!?』
モランが話している途中でリンダが突撃して蹴りを浴びせた。
『当たりませんわね』
それは一瞬で間合いを詰め、踵からアイテールブレードを出しての斬撃だったが、やはりモランには当たらない。そのことにリンダが苛立たしげな表情を見せたが、もっともそれは予測された状況でもあった。なぜならばモランがリンダの相手をせねばならぬことで、渚はひとり自由に動けるのだ。そしてリンダと同時に動いた渚の標的はモランではなく、周囲の野盗だ。
『なんだよ、こいつ?』
『まるで動きが掴めねえ!?』
野盗の悲鳴が響き渡る。渚たちがいるのは敵陣のど真ん中、つまりはどの方角から撃っても外れれば銃弾が味方に当たる位置だ。であればと彼らは武装をナイフに切り替えて動き出そうとしたのだが、そこに渚の補助腕に装着されたメテオファングが襲いかかった。
『嘘だろ』
『チッ、俺の銃が!?』
センスブーストによる精密かつ高速の動きによって、周囲の野盗たちは持っていた銃を奪われ、瞬く間にメテオファングを持たない六つの補助腕と渚本人の二本の腕にも銃が握られていた。
『クソッタレ。おい、そいつは団長の同類だ。気を付けろ!』
渚の意図に気付いたモランが彼らの間でもっとも適切かつ最大の警告を叫んだのだが、すべては遅きに失していた。正面からは狩猟者が、左右からはブレードマンティスたちが、そしてモランには足技の厄介な狩猟者が付いて動きを押さえ、その上に内側から全方位に銃口を向けた渚が構えている。
『もう遅いっての。ミケ、一気に決めるぞ』
そして次の瞬間に渚の持つすべての銃から一斉に銃弾が撃ち放たれ、野盗たちがバタバタとその場で倒れていった。それはあまりにも一方的な攻撃だ。応戦しようとした野盗は悉くが先手を撃たれ、辛うじてトリガーを引けた者もいたが放たれた銃弾は渚には当たらず、別の野盗に命中していた。
『マジかよ』
その様子をモランはリンダと対峙しながら見ていた。己の仲間が一方的に倒されていく様を止められず、モランはただ見ていることしかできなかった。下手に動けばリンダの斬撃はモランを捉える。行動予測によって今は避けられているが、決してモランにも余裕があるわけではない。
『チックショウ。一瞬で制圧されただと? この化け物がっ』
そう叫んだモランの心情は、その場にいるほとんどの者が感じたものだっただろう。
敵も味方もすべてが中心にいる渚にこの場を支配されていると理解していた。
そうして野盗たちが倒れ、ただひとり立っているモランへと狩猟者たち全員の視線と銃口が集中し……
『けど、甘ぇよ』
次の瞬間、モランの全身から眩い光が放たれた。
【解説】
箱庭の世界:
一定空間内の情報を習得しつつ、空間シミュレーションを行うことで全体を予測する技術の名称。行動予測などはこれの派生、或いは縮小版というべきものである。




