第147話 渚さんとボロボロリンダ
『ファングにチップを入れたのはいいとしてさ。性能の方はどうなってんだよミケ?』
自分の右腕、マシンアームのファングを見ながら尋ねる渚にミケは『サブアームの操作性は上がったよね』と返す。
『えっと……それだけか?』
その言葉に渚が眉をひそめ、渚の反応にミケが肩をすくめた。
『それだけでも結構なものなんだけどね。以前は操作こそできても精密性にはあまり期待できなかった。銃を撃たせても命中精度は低かったんだ。それが改善されたんだよ」
先ほどのモランたちを相手にしたときのように狙わずとも当たるような状況ならばともかく、精密射撃を必要とする状況では信頼性が薄く使用できなかった。それがふたつめのチップを搭載したことでクリアされたのである。
「それに演算処理に余裕ができたことで各性能も上昇している。まあ、君にとってもっとも有益なものとしては、能力が上昇したことでタンクバスターモードの継続時間と回復速度が上がったというところだね。短時間で区切るなら二回続けて使うことも可能だよ』
『へぇ。そいつはいいけど、あれって処理能力が上がれば解決する問題だったのか?』
渚の問いにミケが頷く。以前はどの程度タンクバスターモードを使用したとしても一度はセーフモードに入って使えなくなっていたのだ。渚はそれはハードウェアの問題であり、解決できないものと考えていたのだが、どうやらそうではないようだった。
『暴走ギリギリまでアイテールライトに変換を行い、それをぶつけるのがタンクバスターモードだ。問題なのはそれが暴走ギリギリというところでね。処理が追いつかず負荷が大きかった。けれども制御の処理が間に合えば継続時間も向上する。まあ、あとで試してみようか。おっと、人が来たね』
『おい、どうしたナギサ?』
ミケと話している途中、ノックスが近寄って話しかけてきた。
客観的に見れば、渚は壁際でひとりブツブツと何かを呟いているようにしか見えない。戦力として期待されている分、ノックスも渚の状態には気を使っていたのである。
『ああ、なんでもねえよ。ちょっと今後どうするかって考えてただけだ』
『そうか。けど、今後って言ってもやることは変わらないぞ。疲れてんじゃないのか?』
心配そうな顔をするノックスに渚は『大丈夫だって』と言って笑って返す。
渚は現在カスカベアンダーテンプル内を制圧した後、ノックスたちと合流してテンプル入り口前にいた。渚たちは、これから退却して来るであろう野盗たちをその場で待ち構えているところであった。
『しっかし、ナギサ。お前はトンでもないな』
『何がだよ?』
渚が眉をひそめてそう返すが、ノックスはすでに制圧済みのカスカベアンダーテンプルの建物を見ながら少し引きつった笑いを見せた。
『何って、さっきの制圧だよ。見てて寒気がしたぜ。ゴム毬みたいに通路を飛び跳ねながら野盗を次々と倒していっただろ。いくらサイバネストだからって銃弾ひとつ当たってないってのはヤバいだろ』
その言葉の通り、渚は補助腕をフル稼働して縦横無尽ともいうべき機動力を発揮し、センスブーストと弾道予測線、それに行動予測も用いて野盗たちの鎮圧を行なっていたのだ。
それほどのことができるようになったのもダブルチップによる恩恵が多分に含まれていたのだが、渚自身はほとんど無自覚にそれらを制御しており、その様子はノックスたちが恐れ慄いたほどの一方的なものだった。
『あたしは人間相手の戦闘マニュアルをさ。遺失技術を使って頭に入れてるんだよ。機械獣相手じゃあ効き目は薄いんだけどな』
『おいおい。そんなのがあるのか。遺失技術ってのはやっぱり怖いな』
ノックスがそう言って肩をすくめる。
何しろ彼らがずっと応戦していた野盗を渚ひとりが瞬く間に片付けたということはつまり、同じ程度の戦力である狩猟者たちも渚ひとりに勝てぬということだった。
もっともノックスはそんなことが可能な人間を渚以外にも知っていた。
『まるでヘラクレスみたいだな』
『ヘラクレス? ああ、あいつかぁ』
プラチナクラスの狩猟者、ヘラクレス。ドクの言葉が正しければ、その正体は人間に偽装したウォーマシンだという。であれば、ウォーマシンの右腕から戦闘マニュアルをインストールした渚と同等以上の実力はあるはずである。
『あれにゃあ、勝てる気がしねえなあ』
『ははは、プラチナだからな。そりゃあそうだ。お、サイバネストの連中が来たようだが……あれはリンダか?』
『リンダ!?』
ノックスの言葉に渚が反応する。
すでに外から増援の狩猟者が来ていることはノックスたちも把握しており、機動力を武器にしたサイバネストの狩猟者たちが合流してくることも通信で知らされていた。その合流部隊の中にいるサイバネストのひとりにリンダが背負われていたのが見えたのだ。渚は慌てて立ち上がるとノックスを見た。
『ちょっと行ってくる。敵の動きがあったら知らせてくれ』
その言葉にはノックスも頷き、そして渚はリンダの元へと駆けていったのである。
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『おい、リンダ』
『な、ナギサですの。ふぅ、ようやく合流できましたわ』
渚が合流地点に近付くと、そこにはリンダが苦しそうな顔をして壁にもたれかかっていた。
『怪我は大丈夫なのか?』
『丈夫なスーツを着てるから貫通はしていない……が内部のダメージはあるはずだ。そいつは実際に診てみないとな』
担いできた狩猟者の言葉に渚が頷くとリンダの介護を引き継ぎ、マシンアームから接続コードを出してリンダのアストロクロウズに繋いだ。
アストロクロウズは宇宙空間内でも単独で身体の保護を行うよう設計されている、いわば小さな宇宙船に等しい代物だ。バイタルサインも逐次記録されており、現在のリンダの身体情報も記録されている。
『なるほど。撃たれたダメージも軽減はされてるか』
『それほどのダメージではありませんよナギサ。ナノマシン治療でおおよその回復は見込めます』
データを確認していた渚に、黒猫が近づいてそう声をかけてきた。当然その猫はクロであったが、渚は意外な顔をしてその姿を見た。
『クロ? ブレードマンティスじゃない姿は久しぶりだな』
『ええ。リンダが無謀な突撃をしたせいでボディを失いましたので』
『うう、申し訳ありませんでしたわ』
クロの指摘にリンダが落ち込んだ顔で項垂れる。
先ほどの失敗は完全に己の勇み足である以上、リンダには返す言葉もなかった。そのやり取りに渚はクロを見て『今五体いるから一体使うか?』と提案した。
ドクから譲り受けたブレードマンティスは全て渚の制御下にあり、クロに譲渡することはそう難しいことではなかった。
『五体? ブレードマンティスがですか?』
『ああ。こっちで制御をしているが、クロに渡すことも可能なはずだ』
『ええ。もらえるのであればいただきますが、それはどうしたんですか?』
クロの問いに渚は少し考えてから口を開いた。
『土産だな。時間もないし詳細はあとで説明するよ。それで無謀な突撃をしたって……リンダ、お前何をしたんだよ?』
『仇がいましたのよ』
その言葉に渚が目を見開き、それからひとつの結論に行き着いた。
『それって、まさかモランとかいうやつのことか』
『知ってますの?』
その問いに渚が頷く。
ここで野盗を指揮している人間といえばドクかモランだけだ。そしてドクが野盗に協力し始めたのは最近のようであったし、であれば該当するのはモランしか渚には思い当たらない。
『施設内で倒して拘束した。逃げられたみたいだけどな』
『アレが相手ならリンダが遅れを取ったのも分かるか。行動予測を使うから、渚も機転を生かして倒していたしね』
『機転?』
リンダが首を傾げると、渚は手のひらを前に出した。
『ああ。なんかこうさ。あいつ、手から見えないシールドを出すんだよ。で、そこにあたしは消化用ナノミストをかけてオーバーヒートさせることで無効化した』
『なるほど。こちらはリンダの攻撃を初手で避けられ、その後は数で押されて退却となりました。その際に私の自爆攻撃をモランが防いでいましたが、恐らくはそのシールドによるものですね』
クロの言葉にリンダが悔しそうな顔をして俯いた。その様子に渚が何かを言おうとしたとき、後からやってきた狩猟者のひとりが声をあげた。
『おい。野盗たちがこっちに向かってきていないぞ。町の中を横切って移動している』
『なんだって? まさか壁を破壊するつもりか!?』
その言葉には渚もリンダも顔をあげた。
『どういうことだ? 町の壁ってそんなすぐに壊せるものなのか?』
『どうやら手段があるらしいね』
『ミケ?』
渚は、横にいるミケが何やら難しい顔をして町の端の方を見ているのに気が付いた。
『解析に少し時間がかかったけど、外から通信が届いていたようだ。ドクのチップのおかげで傍受できたのだけどね』
その言葉には渚とリンダがミケに視線を向け、ミケは目を細めてこう告げた。
『彼らの団長が来るらしい。で、壁に穴を開けるからそこから出ろ…という指示が来てる。事実だとすれば、追わないとこのまま逃してしまうかもしれない』
【解説】
ダブルチップ:
チップが追加されたことによる新しい機能は近距離で機械獣を操作するというもののみだが、処理能力が向上したことで既存の能力の負荷も軽減されたため、タンクバスターモードの持続時間の増加や短時間での連続使用なども可能となった。




