第143話 渚さんとゴーストフレンズ
「あれがチップ?」
渚の脳内に埋まっているというチップ。ミケの本体とも言えるソレと同じものが今、渚の目の前に置かれていた。
「ミケ、なんか虹色に光ってないか?」
『あれは防御フィールドが発生しているんだ。まあ分かってはいたことだけど、ドクは確かに君と同じチップ保有者だったんだね』
ミケの言葉に渚が苦い顔をする。
初めての同類。それが確かだと判明したところでもうなんの意味もない。今のドクはアイテール結晶体へと変わっただけではなく、上半身自体が崩れ落ちている。脳内に埋まっているチップが露出しているということはもう……
「死んじまったのかってのは、聞くまでもないよな」
渚はそう言いながら、まるでチップの台座のようになっているドクの元下半身へと近付いていく。その横を歩くミケが中央の容器を見てニャアと鳴いた。
『アイテール結晶侵食体は動いていないようだね』
「知るかよ。どうなってんだ。もう瘴気のタイムリミットの話どころじゃないぜ」
『そうだね。僕たちがここに来た意味ももうない』
ミケが目を細めて、ドクの残骸を見る。
『彼女の言動からして侵食体を介してアウラと接続し、その演算能力を利用してタイムリミットを計算しようとしていたのだろうね。けれども逆に『あちらから』大量のアイテールを送り込まれてこの状況になった……と』
『あちらってのは?」
『おそらくはアウラだろう』
ミケの言葉に渚が眉をひそめる。
「それはつまり、アウラが攻撃を仕掛けて来たってことか?」
渚の問いにミケが『さてね』と言って首を傾げた。
『アウラがどういう心情なのかは僕には分からない。恐ろしく大きな力を帯びたアイテール結晶侵食体なのだろうから、接触を試みた相手に攻撃を仕掛けた可能性もあるし、場合によっては意識を向けただけで逆流してこうなった可能性もある』
ミケの言葉に渚が息を飲む。そんなことはあり得ない……とは渚には言えない。先ほどドクの見せた3Dマップに映し出された規模からすれば十分に可能性はあるようにも思えたのだ。
「そう……かもな。なあミケ。たださ。チップが無事ならミケランジェロの方は生きてるんじゃないのか?」
その指摘にミケがチップを眺めながら頷いた。
『うん。その可能性は高いと思う。けれどもチップは個別認証によって接続が許可されるものだ。だからドクでなければ繋げるのは無理だろう』
「そっか。そうなるともうお手上げか」
『お手上げだよ。どうしようもない』
ミケの言葉に渚が大きくため息をついた。
ドクの死については何とも言えず、ドクがやろうとしていたことを引き継ぐことも渚にはできない。仮にできても再度アウラに攻撃を仕掛けられれば死ぬのは渚だ。もはや現時点で渚たちがこの場でできることは何もなかった。
「そっか。じゃあ仕方ねえな。戻ってミランさんに」
『リミットはあと約十年よ』
渚がもう戻ろうとミケに提案している途中で、不意に離れた場所から声が聞こえた。
「は?」
そして渚が驚きの顔で声のした方向へと視線を向けると、そこには中央の割れた容器の中から出てくるアイテール結晶侵食体の姿があった。
『そんな。アイテール結晶侵食体が動いているだって?』
「ミケ、どういうことだよ? こいつ、やっぱり生きて……」
『いいえ。オリジナルの魂はすでに消失しているわナギサ』
渚の言葉に反応して侵食体が言葉を返して来る。
「あんた、あたしの名前を知っているのか?」
『もちろん。私はドクよ。オリジナルではなくマトリクスがこっちに移った、先ほどまであなたと話していた……ね』
その言葉に渚が目を丸くして、それから崩れ落ちたドクの残骸へと視線を向けた。ドクは紛れもなく渚の目の前でアイテール結晶に侵食され、崩れ落ちた。それは確かな事実だ。
「どう見てもドクはぶっ壊れてるぜ。入れ替わったって感じもなかった。あんた、本当にドクか? オリジナルの方で話を聞いてて合わせてるだけ……ってんじゃねえのか。喋り方もさっきよりハキハキしてやがるしさ」
疑惑の眼差しを向ける渚の指摘にドクを名乗る侵食体が肩をすくめた。
『これね。宇宙育ちには地球の重力はちょっと億劫なのよ。けれど今の身体なら重力の圧迫感はないから私も普通に話ができる』
その返しに渚は言葉を返せない。実際にその説明が正しいのか否かの判断は渚にはできず、渚が眉間に視線を向けるとミケが頷いて口を開いた。
『それで君がドクだとして、これはいったいどういう状況なんだい?』
『先ほどアウラに接触してアイテールを逆流されたとき、肉体の崩壊と共に私の魂はアウラへと吸収されそうになったの。けれどもそれは途中で止まってね。中途半端に放り出されたの。理由は分からないけど』
『なるほどね。マトリクスは肉体とは相互補完の関係だ。本人と同質の、それも空になっている侵食体の中にであれば入り込めてしまうのも理屈でいえばあっているか』
そう言って頷くミケの横で渚が首を傾げている。
ここに来てからというもの渚にはミケたちが何を言っているのかがサッパリであった。
「なあ、ミケどういうこと? 私に分かるように説明できるか?」
『うーん。君の認識で言えば、ドクは死んで幽霊になったけどオリジナルの方の身体に取り憑いて助かったよ……という感じかな。元々同じ人間な上に魂が空だったんだ。移り住むにはちょうどいい容器だったんだろう』
「つまり今のドクは幽霊ってことか?」
『間違ってはいない。取り憑いた先が前のところとほとんど変わらないから定着はできるだろうけどね』
そんなことを話している間にドクは砕けた己の元身体へと近付いていく。それからチップに手を近付けると『起きなさい』と口にした。
「なんだ? 下半身だったアイテール結晶がバキバキ言ってるぞ」
『変形しているようだね。あの形は……猫かな?』
そのミケの推測は正しく、アイテール結晶は猫の形を模してドクの前に四本足で立った。それから猫はその場で伸びをした後、ドクへと視線を向けて口を開く。
『おはようドク。どうやら面白いことになっているようだね』
『ええ、おはようミケランジェロ。新しい体はどう?』
『ふむ。問題ないよ』
そのやり取りに渚が口元をひきつらせる。許容量を超えた事態に渚の頭は爆発しそうだった。
「おいミケ。あれ、ミケランジェロか?」
『そうだね。しかし興味深い。個体と液体のアイテール結晶を組み合わせて生物の身体を模する形で構成しているのか。内部がすべて同系色の水晶体だから分かり辛いけど、内臓部分を色分けしたらグロテスクなものになりそうだね』
「そんなもん、別に見たかぁねえよ」
渚とミケがそんなやり取りしている間に、ドクとミケランジェロも話を終えたようで、それからミケランジェロがチップを咥えて近付いてきた。
『ミケランジェロ、どうやら無事だったようだね』
『ああミケ。生まれ変わったようだよ』
そう言ってミケランジェロが咥えていたチップを見せる。
『ところでミケ。このチップをそちらに譲渡する代わりに頼みたいことがあるんだけど……いいかな?』
【解説】
マトリクス:この時代においての魂の別称。オカルトではなく、アイテールと同様に現実として存在が確認されており、市民IDなどはマトリクスに直接書き込まれている。なお、元々市民IDとは魂が複製可能となったことが問題視されシリアルコードを記述されることが義務付けられた際に生まれたものである。




