第142話 渚さんと結晶侵食
「さてナギサぁ。お友達が迎えにきたみたいだケドォ、どうするぅ?」
ドクがそう口にした。
映像には狩猟者と野盗の戦う様子が映し出されている。野盗が町の中を占拠しているとはいえ戦力は狩猟者の方が上のようで、野盗が圧されているような印象があった。その様子に渚がドクを見返して口を開く。
「どうするって言うけどさ。あたしよりもあんたの方こそ逃げらんねえぞ。いいのかよ?」
「ああ、それなら大丈夫。ここは別口の脱出口があるし、私だけなら安全に外に逃げられるわぁ」
あっさりとそう口にしたドクに渚が眉をひそめる。
「だけって、それじゃあ外で戦ってるあんたの仲間はどうすんだよ?」
「最悪、使い捨てにしていいって言われてるしねえ」
ドクの言葉に渚が「ひでえな」と返すとドクは肩をすくめた。
「だってぇ。ナギサも嫌いでしょ。男は殺す。女は犯す。暴力で欲しいものを手に入れて、あとのことも考えないロクデナシども」
渚の言葉が詰まる。野盗にリンダは両親と足を奪われている。その上に渚自身も狙われているのだから、当然好きになれるはずもない相手だ。
「そんな連中よぉ。だから私は気にしない。それにあいつらの指揮権は基本的にモランが持ってる。私じゃないわぁ」
「モラン?」
首を傾げる渚にドクが「あんたが倒したと思うけどぉ」と口にした。
「もしかして、あの全身機械のやつか?」
「そうねぇ。ほら、あそこで指揮してるわぁ」
ドクがそう言って指差すと、モランが町の中で戦っている様子の映像が空中に映し出された。それを見て渚が目を丸くする。
「ちょっと待てよ。あいつ拘束してたはずなのに」
拘束もしていたが、そもそも機械化している部分を破壊して動けないようにもしていたのだ。にもかかわらず、モランは五体満足で戦っている。その事実に渚が首を傾げるとドクが「甘かったわねぇ」と口にした。
「あのクラスの機械化ともなると脳みそがモジュール化してるのよぉ。別のボディに変えたんでしょうねぇ」
「マジかよ」
渚が苦い顔をしたが、後の祭りである。
「ということで保護者はあっち。私はあくまで協力者なのぉ。だから気にしないでいいわぁ。で、そっちはどうする? 帰るなら帰してあげるわよぉ。帰り道に野盗とあったら知らないけど、ナギサならどうとでもなるでしょぉ?」
ドクの言葉通り、一番の強敵があのモランならば切り抜ける自信はある。けれども、渚は首を横に振った。
「今はいい。さっきの答えが分かるってんなら、そっちの方に興味があるしな」
「そっ、賢明ね。迷いもないし、あなたやっぱりいいわぁ。じゃあ待ってて。私がシャッターをロックしたからダーレも進入できないし、時間には余裕があるわぁ」
そう言いながらドクがキーボードを叩いて操作を続けていく。
「ところでさドク、アウラと接続するって言ったよな?」
「ええ、そうねぇ」
「アウラってどこにいんだよ。地下ってのは地図で分かったけどさ」
渚の問いにドクが空中に浮かんでいる3Dマップを指差した。
「ほら、見て分かる通りアウラの上……地上にはクレーターがあるでしょぉ」
『おや、もしかしてその上というのはコシガヤシーキャピタルなのかい?』
ミケの問いにドクが頷く。
「そういうことよぉミケ。コシガヤシーキャピタルに近い場所だからこそ、ここは採掘場に成り得たってわけぇ」
『そうなると昔起きた地殻変動というのは、アウラを狙った攻撃が原因だったんじゃないのかい?』
その言葉に渚が眉をひそめる。
カスカベの町に来る途中でミケは宇宙船と何かの接触による衝撃波が地殻変動の原因だという推測を口にしていた。つまりはその何かがアウラなのだろうとミケは考えたのだ。そして、それをドクも肯定の頷きで返した。
「恐らくはねえ。バカなことをしたものよ。私が眠っている間にアウラと人類は敵対した可能性が高いわぁ」
「なんで?」
渚の問いにドクが肩をすくめる。
「さぁてね。もともとアウラが協力的だったのも共通の危機があったからだわぁ。それから機械種という兵器が誕生し、恐らく戦争は終結した。けれども、その後も人間は殺し合いを続けてあげくこの状況。アウラが人類を見放したとしてもぉ不思議ではないわねえ。ま、月並だけどぉ、馬鹿の相手をずっと続けなきゃならないってのが苦痛なのは昔から……あら、これどういうことかしらぁ?」
そう言ってドクが映し出されたグラフに目を走らせていく。
横目で見ている渚もそのグラフの線が急速に上昇しているのが見て取れた。
『渚!?』
「なんだよ? え?」
渚はミケの声を、それからとある場所での変化に気付いて顔を強張らせた。
部屋の中央にある円柱ガラス容器、その中にいるアイテール結晶侵食体が自分たちを見ていたのだ。それに気付いたドクも目を丸くした。
「ど、どういうことかしらぁ?」
「おいドク。そいつ、生きてないんじゃなかったのか?」
『間違いなく、彼女の侵食体は脳死後に結晶化している。だから生きているはずはないんだけど』
ミケランジェロの言葉にドクが焦った顔で頷く。
「そう、そうなのよぉ。そのはずなのに。まさか逆にあちらから接続されてるって」
何かを察したドクがその先を口にする前に容器がバキリと割れる。
そして、容器内の液体が噴き出し、床に落ちた途端にその場から緑の結晶がバキバキと生え始めた。
「嘘、手が!?」
また、液体はその場にいたドクの腕にもかかって結晶化し、続けて全身を緑水晶が覆うのに数秒とかからなかった。
「ドク、くそ。なんだよ、こりゃあ!?」
『逃げて渚。これは不味い。浄化物質のリミットどころじゃないよ。再生体の君は普通よりも余計に』
ミケがそう声をあげるが、緑水晶が増殖する速度は渚の移動よりもはるかに早い。そして渚が踵を返すよりも前に緑水晶が足元へと到達し、
「チックショウ。え?」
次の瞬間、渚の足元にまで来ていた水晶が一瞬で砕け散った。
同時にバキバキと音を立てながら発生していた緑水晶の侵食が止まっていき、その様子を渚が押し殺したような息をしながら見ていた。
動けばまた水晶の侵食が開始されるのでは……と警戒もあったが、けれどもこれ以上緑水晶が生えてはこない。どうやら、水晶の侵食は本当に止まったようである。
「な、なんだったんだ、今の?」
『アイテール結晶化だ。原因は分からないけど、高濃度で液体化していたアイテールが空気と接触して結晶化が……いや違うか。恐らくは言葉通りに侵食されてたんだ。見てよ、ドクが完全に結晶化してる』
「……嘘だろ。砕けてるじゃねえか」
ミケの言葉を聞きながら、渚は先ほどまでドクがいた場所を見て息を飲んだ。そこにはドクの下半身らしき水晶の塊があった。上半身のものだったと思われる緑水晶の欠片はその足元に転がっていて、もう人の形を留めていない。
あと少しで自分も同じ状態になったであろうことを考えて顔を強張らせる渚の横でミケが『渚見て』と口にした。
そして、ミケの視線を追った渚は、ドクの下半身の塊の……その上で虹色に光っている何かがあることに気が付いた。
「あれは?」
『チップだよ渚。君の頭の中に入っているものと同じもの。どうやらアレだけは結晶にならずに済んだようだね』
【解説】
ブレインモジュール:
脳をモジュール化したもの。機械のボディを容易に取り替えることができるという利点がある反面、現在の埼玉圏ではメンテナンスに難がある。戦闘での死亡を無視したとしても長くは生きられないだろうと予測されているため、モジュール化は推奨されてはいない。




