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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第4章 地の底より
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第138話 渚さんとここだけの話

「なーんてね。ま、どうでもいいんだけど」


 ドクがそう言って肩をすくめた。ミランを睨みつけていた視線も今はヘラヘラしたものに戻っている。その様子に渚が思わず『いいのかよ』とツッコミを入れるとドクは笑って頷いた。


「まあ、死んだ後ってぇのは本人にとっては結局他人事なのよぉ。死んだら人間は己の権利を剥奪される。本人だからって死体の所有権なんてないのよねぇ。それに私の部署は基本存在自体が特秘扱いで、死んだら遺伝子情報ひとつ残さず死体も処理される契約を結んでるの。てことを考えれば残ってる分、儲けものなのかもねぇ」

『なんだよ、それ?』


 ドクの説明に渚が眉をひそめるが、ドクは気にせず話を続ける。


「ま、情報ひとつ抜き出されても困るところだったから仕方ないと言えば仕方ないわ。脳みそを潰しても筋肉の動きをシミュレーションして入力した情報を抜き出すなんてこともできるから。まあ、ムカつくのは私自身の価値よりも侵食体ということに価値が置かれてるってことよ。それももうどうでもいいっちゃーいいんだけどさぁ」


 そううそぶくドクにミランが迷いのある表情を向けている。事態はすでに彼女の許容量を超えていた。ただアンダーシティの命ずるままに仕事についている彼女にとって、何をどう考えて、どう対応したら良いのかの判断がつかなくなっているようだった。


「い、一体何者なの、あなた?」


 そして、絞り出されたのがその問いだ。


「私? んー、そうねえ。外宇宙生命ラモーテ用航宙決戦兵器キベルテネスの開発部門の研究員……って言っても分からないわよねぇ。あなた方が天国の円環ヘブンスハイローって呼んでるところで昔、次世代兵器の開発をしてたのよ私。結構重要な役職だったんだけどねえ。ま、結局のところ開発競争に負けてうちの部署って悲惨な末路を迎えたらしいし? 夢半ばで果てたのは運が良かったのかもねぇ。いや、侵食体になったってことは厳密には私のオリジナルは死んではないんでしょうけど?」

『キベル? ラモーテ?』


 首を傾げる渚にドクが「気にしなくていいわぁ」と返す。


「どうせ、もうこの世界では関係がないことだしぃ。考えるだけ無駄ぁ」

『あっそう』


 話す気がなさそうなドクの言葉に渚はあっさりとその件について、これ以上尋ねることを放棄した。何を言っているのか分からないし、知ったところで理解もできそうにない。であれば、今必要な情報をこそ渚は求めた。


『で、結局あんたはどうしたいんだよ? ようするに自分の侵食体目当てってことか?』

「そうね。その通り」


 そう言ってドクがスッと手を挙げると途端にバチっと音がして渚の背後にいたミランが倒れた。


『ミランさん、チッ』


 渚が崩れ落ちたミランに近付こうとして、すぐさま後ろへと跳び下がった。

 いつの間にかミランの背後にいた存在に渚は気付いたのだ。その様子にドクが肩をすくめる。


「ちょぉっと、意識を無くしただけよ。うるさいし、あなたとの話には不要……というか、あまり聞かれてあれこれ尋ねられるのも面倒だし」

『渚、上にもいる』

『まさかこいつら、ブレードマンティス?』


 渚が慌てて周囲を見渡す。いるのだと想定していれば気付くのは容易い。ブレードマンティスの光学迷彩の精度はそこまで高くはないのだ。

 そしてミランの背後以外にも天井に四体のブレードマンティスが光学的に隠れて張り付いているのを把握し、渚は己がしくじったのだと理解する。目の前にいるドクという女の力は渚の想定を凌駕していた。


「ブレードマンティスは光学迷彩モードがあるし、アイテールブレードは低出力でスタンモードにもなるのよぉ。知ってたナギサ?」


 そのどちらも渚は知っている。クロからブレードマンティスの詳細なスペックは教えられていた。今では通常の一対一での戦闘でならば絶対に負けぬほどに渚はブレードマンティスに対して熟知していると自負していたが、五体ともなれば話は別だ。その事実に戦慄している渚にドクが「安心して」と口にした。


「こいつら、今はまだ私の手の届く範囲でしか操れないんだけどねぇ。遠隔操作となるとまた勝手が違ってて。で、これは私が現在フルマニュアルで動かしてるから勝手に動いたりはしないのよぉ」

『本人の技能とチップの合わせ技か。渚、そのドクという女、想定以上に厄介だよ』

(一気に形勢逆転かよ。気付けなかったな)


 渚が舌打ちする。ブレードマンティスの光学迷彩は、渚の光学迷彩マントよりも性能は低いが距離を取って待機していればミケでも気付くのは難しい。

 まさか、ここまでの切り札があるとは想定していなかった渚とミケがドクを睨みつけながら状況をうかがう。もっとも倒すのは難しいが、逃げるだけならばまだ可能だろうと渚は判断していた。問題なのはドクが何を考えているかだ。


『で、ミランさんを眠らせてさ。あんたはあたしをどうしたいんだよドク。野盗バンディットはみんなあたしを狙ってるって話だぜ? あんたも同じか?』

「別に私には関係ないし。ちょぉっと同類を見かけたから挨拶したかっただけ。で、お話ついでに一緒に侵食体を見にいかない?」

『…………』


 その言葉に渚がどうするべきかとミケを見る。対してミケはドクを睨みながら『判断は任せるよ』と返した。


『この状況は危険だ。ただ、僕は彼女の持っている情報は必要だと思っている。少なくとも今はまだ害意はないようだしね』

「ミケ、私はそんな堅苦しいのではなく、ただお友だちになりたいのだけれど」


 心外とばかりの顔をしたドクの言葉にミケが眼を細めて肩をすくめる。


『そうは言うけどねドク。君とただ友だちになるというには、この状況は物騒すぎるよ』

『ミケ、残念ながら僕たちはナギサと君の戦力評価を低くは見ていない。であればまずは身の安全の確保を取るのは当然じゃないかな?』

『うん。それは同意するよミケランジェロ。だからこそ信用はできないというのも理解してはもらえるだろう?』


 そのやり取りにドクは愉快そうに笑い、対して渚は少しだけ考えてから両手を挙げて降参というポーズをドクに見せた。


『オーケィ、分かった。あんたに従おうドク。乗ってやるよ』


 その言葉にドクが満足そうな顔をして頷いた。


「いい子ねナギサ。ま、大人しくしていたら、あなたも興味が湧く、とっても面白い話も聞かせてあげるわよ」

『面白い?』


 首を傾げる渚にドクが「ええ」と言葉を返し、ニンマリと笑った。


「このまま地上にいたらね。遅かれ早かれみんな死んじゃうって話。どこの勢力も生きるために必死で動いているっていうのにアイテールを運んでいる働き蟻さんたちは時が来れば何も知らされずに全滅しちゃうっていう……そんなバッドエンドルートをこっそりあなたに教えてあげる」

【解説】

キベルテネス級兵器:

 かつて太陽系に襲来したラモーテと呼ばれる外宇宙生命に対抗するために設計された決戦兵器。

 もっとも機械種と呼ばれる新兵器に開発競争で敗れているため、製造されたのは試験評価用の機体のみであり、それらは主に機械種では対応できない地球圏内で運用されていた。

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