第132話 渚さんと地下都市の女
「あなたは……狩猟者の人かしら?」
その場に座り込みながらそう口にしたのは、ウェーブのかかったブロンドヘアの女性であった。ヘルメットは被っていないが、もともと施設内の空気は正常であるため現状空気の洗浄は必要がない。渚や野盗たちがヘルメットを被っているのは防御のためである。
そして渚が狩猟者のブロンズ色をしたワッペンを女性に見せた。
『そうだ。あたしはブロンズランクの狩猟者の渚だ。ノックスの代理で来た』
「ブロンズ? よくここまでひとりで来れたわね」
女性が驚きの顔を見せるがそれも当然のこと。ブロンズは狩猟者でも最低ランクであり、この施設の護衛を受けられるのはシルバーランクとなっていた。だから渚がこの場にいること自体が不自然ではあるのだが、対して渚は『まだ新人なもんでね』と言葉を返す。
『けど実力はそれなりにあると思ってもらっていいぜ。ほらアンタの探知機もノックスから譲り受けてる』
そう言って渚が見せた装置を眺めながら女が「確かに」と頷いた。
「ノックスが奪われたもの……だったら、野盗を倒す意味はないか。先ほどの手並みも見事だったし、そうですね。分かりました。狩猟者ナギサ、私はクキアンダーシティから派遣された管理官のミラン・ネメアです。救助感謝いたします」
その言葉に渚が頷き、それからミランの手に手錠がかけられているのを見て眉をひそめた。
『で、あたしはあんたの護衛を頼まれたわけなんだけどさ。手錠はアイテールブレードで切っちまえるが、その後はどうする? ノックスからはあんたを保護したらその後は直接指示に従ってくれって言われてるんだけどさ』
「そうね。このまま逃げ……いえ。できればヤツらが扉を開ける前に手を打ちたいのだけれど」
視線を下に向けながらミランがそう返す。何かしらやりたいことはあるようだが、それを口にするべきか否かを迷っているような顔をしている。そのミランに渚が疑問に思っていたことを口にした。
『なあ、ミランさん。アンダーテンプルの入り口を閉鎖されたって聞いたんだけど、あれはあんたがやったのか?』
「ええ、そうよ。ヤツらの本隊が施設に侵入したタイミングでガードマシンを暴走させてね。で、扉のロックをかけて逃げ出してきたわけ。殺されないとは思っていたけど、何発か撃たれたから本当に背筋がゾッとしたわよ」
恐々という顔をするミランに渚が苦笑する。
『そいつはご苦労様。それで、とりあえずはここから離れた方がいいと思うぜ。そこで倒れてるやつらも辿り着いたってことは他の野盗もやってくる可能性は高いだろうし』
「そうね。ハァ。そこの男たちからの連絡がないと分かればすぐにでも増援が来るかもしれないし」
どうであるにせよ敵にこの場所がバレることは確定と考えたミランは立ち上がると渚へと視線を向けた。
「ひとまずはここを出ましょう。それで扉を確実にロックしたいのだけれど」
『扉か。確かドクってのが扉を解除しようとしてるって野盗たちが言ってたぜ。だとすると結構やばいんじゃないか?』
「本当に解除できるか怪しいと思うけど……ただ、可能だとすれば確かに不味いわね。旅団ならどんな遺失技術を持っているか分からないし急いで対処しないと。となるとやっぱり行くしかないか」
『まさか、敵陣に突っ込むのか? 一応クキシティからは応援を呼んでるしさ。施設内にあいつらを閉じ込めておくとかじゃあ駄目なのかよ?』
外で暴れているのを片付けてリンダやノックスたちと協力し、増援が来るまで野盗をこの施設内に閉じ込める……のであればなんとかなるのではと思う渚にミランは首を横に振る。
「駄目ね。中に入られて、奪われてからじゃ遅いのよ」
『奪われる?』
「ごめんなさい。それは機密事項だから口にはできない」
『あー、なら聞かねえけどさ。じゃあ、どうする?』
「そうね。これを見て」
そう言ってミランが自分の端末を取り出して空中に画像を投影する。
そこに描かれているのは施設の地図だった。そしてミランがとある場所を指差した。
「ここよ。この倉庫から北側、C地区の隠し部屋に予備の端末があるの。そこまで辿り着ければ扉をどうにかするのも可能なはず……だけど」
『なるほど、隠し部屋か。よし、分かった。じゃあ行こうぜ』
そして、あっさりと頷いた渚にミランが眉をひそめる。
「いいの? 自分で言うのもなんだけど、結構無茶を口にしていると思うのだけれど」
もはや敵地となった場所をふたりだけで対処しなければならないのだ。
だが、渚は特に気負うことなく頷いた。
『それがお仕事だからな。まあ、危なくなったらトンズラするさ。悪いが無茶なら引っ張ってでも逃げるぜ。あんたの身が第一優先だからな』
「ええ、分かりました。それでいいわ。それじゃあ行きましょう」
『ああ、急ごう』
そして、渚たちはすぐさま部屋を出て目的地へと駆け出していく。
一方で扉が閉められているカスカベアンダーテンプル地下道の入り口では……
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「あら、三人のバイタルに異常。気絶かしら? 私のトカゲちゃんも倒されたみたいねぇ」
今は頑強な防護扉によって閉ざされているその場所で、眼鏡型の端末をかけた女がそう口にした。もっとも言葉こそ軽いが扉の横の端末に繋げられた物理キーボードを叩く手は止まっておらず、メガネの表面に流れるコードもまるて滝のように流れ続けている。
そして、その言葉を聞いていた全身機械の男が眉をひそめて女を見た。
『ドク、そいつはどういうことだ?』
「どうもこうもモラン。アンタのところのロクデナシがやられちゃったってことよ。私の可愛いペットまで破壊されちゃったみたいだしぃ。探知用の個体は数が少ないのにどうしてくれるのかしらね、まったく」
『チッ、あいつら。モグラ相手に何やってやがる』
モランが額に血管を浮かべ眉間にしわを寄せた。
モグラとは旅団内でまかり通っているアンダーシティの市民の蔑称だ。アンダーシティに保護されているひ弱な者たち。それが彼らの市民たちへの評価であった。
「まったく、この扉といい、狩猟者も制圧しきれない手並みといい、最悪よモラン。せっかく私が手引きしたのに恥ずかしくないのかしらね?」
『うるせえ。分かってんだよ、クソが』
モランがドクを睨むが、ドクの方はどこ吹く風だ。
それを見てモランの顔がさらに怒りで紅潮したが、けれどもそれ以上何かを口にすることはなかった。
このモランは全身をマシン化した己の暴力によって旅団内をのし上がってきた男だ。それは彼がただ噛みつくだけの狂犬ではないということでもあった。目の前にいる女よりも己が弱者であることを彼は理解している。そうした嗅覚がなければ生き残れないのが今の埼玉圏だった。
「はいはい。分かってるなら急ぎなさい。D地区のこの倉庫よ。至急、人をやって」
ドクが空中に地図を表示させると先ほどまで渚たちのいた倉庫を指差した。それをモランが睨みながら頷き、己が愛銃を掴んで立ち上がった。
『おい、行くぞテメェら』
そしてモランの言葉に、同じように全身を機械で固めた男たちが頷いて動き出し、隊列を組みながら部屋を出て行く。それを横目で見ながらドクがため息をついた。
「あんな不細工なスクラップの寄せ集めがよく動いてるわね。あれでも旅団の幹部なんだから、旅団の程度が知れてるわぁ」
その独り言に対し『仕方ないよ』という声がドクの頭の中に響き渡る。周囲にはまだ多くの野盗たちが残っているが、彼らにはその声は聞こえない。それは彼女の頭の中から彼女だけに発せられていた。
『何しろ今は『君の生きていた時代』と状況が違いすぎるからね。あの彼らでも戦力としてはそれなりと見るしかないよ』
脳内から発せられている言葉にドクが肩をすくめて苦笑する。
全くもって正論である。いつだってその声は正しい言葉を返してくるのだ。
「ま、それもそうね。無い物ねだりをしても仕方がないし、機械獣の洗脳もまだ小型以上のものは上手くいかないしね。まったくままならないわぁ。けど、この地下にはアイテール結晶侵食体がある。そうでしょう、ミケランジェロ?」
『うん、そのようだね。この地下には『あのアウラ』と同様の侵食体が存在しているはずだ。アンダーシティはパワースポットであるアウラの近隣に侵食体を配置することで擬似的にこの場にも小規模なパワースポットを形成して物質化させたアイテールを採掘していたんだろうからね』
ミケランジェロと呼ばれた声の主が発した言葉の中にあったアウラの名に反応してドクが目を細めた。アウラとは彼女の研究対象であり『彼女の死因』でもある存在だ。そして、そのアウラと接触する端末ともなり得るシロモノがこの地下には眠っている。
「本命は首都だけど、こっちで代用できるならそれはそれで良しなのよね。そのためにもミケランジェロ、あなたももう少し頑張って頂戴」
『分かっているよドク。けどね。予想以上にこの扉のシステムは頑強だ。遺失技術なんだろうけど、君の技術とチップの演算能力を加味してももう少し時間はかかるだろう』
その言葉にドクは頷きながらキーボードを打ち続ける。確かに時間はかかっている。けれども、手応えもようやく感じられてきた。であれば、とドクが笑う。
「さあ、もう少しよアウラ。少女の形をした私の神。今度こそ私はあなたを……」
【解説】
アウラ:
ギリシャ神話に登場するそよ風の女神の名。




