第117話 渚さんと出戻りライオン
(ここが基地の入り口か。けど、あの爆発だろ。通路の先には多分もう何も残ってないよな?)
渚はかつて自分が出てきた扉を見ながらそう心の中でミケに尋ねた。
目覚めてすぐのことは何もかもが慌ただしく、通路についてももうほとんど覚えてはいない。ただ完全にスルーしていたことを考慮すればおそらくは何もなかったのだろうと推測しての問いだったのだが、ミケは『どうかな』と口にして首を横に振った。
『この通路の先には幾つか分かれ道があったはずだから、何かは残ってるかもしれないよ』
(あれ、そうだったっけ?)
『うん。一応チップには僕が目覚めてからの行動ログが残ってる。施設自体の情報は抜け落ちているからその先がどういう場所なのかは分からないけれどね』
軍事基地にいた頃はデータベースから直接情報を得ていたため、リンクが切れている現時点のミケでは基地のことをほとんど把握してできてない。だから分かれ道があったということは実際に確認しているために記憶しているが、その先に何があるかの情報は保持していない。
『当時の僕はまずここから離れたいという認識があった。だから出口に一直線だったし、その後もその場から離れることを前提に動いていた。場合によっては機械獣に非常口を見破られて追ってこられる可能性もあったからね』
(ああ、なるほど……となると、ようするにここに入る意味はあるかもしれないってことだよな?)
『うん。とりあえず入って状況を確認するのは良いと思うよ』
ミケの肯定の言葉に渚が頷く。では、ひとまずはこの扉の先に向かおうか……そう渚が考えたところで、
『ナギサ、どうしたの?』
ウルミが渚の様子を不審に感じて声をかけてきた。
このメンバーの中でウルミは渚と共にいるミケのことを知らず、渚がこの中から外に出たことも当然知ってはいない。そして渚はウルミの問いに少しだけ曖昧に笑いながら『ああ、そのさ』と返した。
『まずはこの中に入ってみようぜ。妙に頑丈だし、なんかあるかもしれないだろ?』
『え? ええ。確かに気にはなるけど……ただ今回の目的は緑竜土よ。グリーンドラゴンがいた場所にももうすぐ辿り着くと思うし、そちらを優先した方が……』
『いや入ろうという意見には賛成だ』
緑竜土探索から脱線しそうな気配に難色を示したウルミだが、そこにルークが口を開いた。そしてルークは入り口の前に立つとコンと扉を叩く。
『天遺物にしては妙な感じがある。扉も異常に分厚い。経験則だがこれは軍事施設の可能性がある。騎士団としても調べておきたいものじゃあないのか?』
その言葉にウルミが目を細めて少し考えてから『確かに』と口にして頷いた。
ウルミはその手の探索の経験が多いわけではないので目の前のものが軍事施設か否かの判断はつかないが、ルークの言葉通りなら強化装甲機やもっと優れた兵器が残されている可能性もある。軍事施設の多くは東京砂漠や横浜酸海港などに集中しているというのが一般的なのだが、埼玉圏内でも発見された例はあるのだ。
それからウルミは扉を改めて見た。扉の横には端末らしきものがあるが動いている様子はない。
『この手のはアイテールブレードでも斬れないし、破壊も困難。専門のキークラッカーでもいないと無理だと思うのだけれど』
『ああ、それなら大丈夫だぜ』
そう言って渚が扉の前に進んでいくと、マシンアームからコードが伸びて扉の横の端末に接続されていった。そして緑色の光が扉の隙間からわずかに輝くと、ガコンという音が響いたのである。
『ねえナギサ、何をしたの?』
『えっと……ここさ。なんかマシンアームが反応してんだよ。多分、この腕さ。この扉の先にある施設に関係したもんなのかもしれないな』
渚がミケから指示された言い訳をウルミに口にした。その言葉は『かもしれない』ではなく、紛れもなく関連しているいうことを除けば正しかった。
『つまり、この先にハンズオブグローリーがあるかもしれないと?』
また渚の言葉に真っ先に尋ねたのはルークだ。かつて渚の右腕に反応したようにルークはハンズオブグローリーと呼ばれる遺失技術の腕に興味があるようだった。
『かもな。そいつは中に入って確認しないと分かんねえけどさ』
渚が肩をすくめながら、そう返す。基地が残っていればその可能性もあったが、現時点ではその望みは薄い。実際にあるかどうかは分かれ道の先を確認するしかなかった。またそうしている間にも扉が動き出し、そして開いて止まった。扉の先は暗く、奥に光もない。
『開いたわね』
『何かしらの罠の様子もないな』
ウルミとルークが警戒しながら中を覗き、渚が『じゃあ行ってみようぜ』と言いながら入っていく。
『む。この広さだとクロが入るにはちょっと厳しいですわね。クロ、ビークルの護衛を頼んでよろしいかしら?』
『はい。お任せください』
そして一向はクロとビークルに乗ったミランダを置いて通路を進み始めた。
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『ライトつきませんのね』
入ってしばらく進んだところでリンダがそう口にする。
天遺物が生きている場合、人が通るとライトが点くものなのだが、この通路は光らないし何かしらの動きもない。現状は各々のヘルメットについているライトのみが周囲を照らす明かりとなっていた。
『さっきはマシンアームのエネルギーを送って一時的に扉の電源をオンにしただけだからな。やっぱり動力は生きてねえんだろうな』
『うん、基地からエネルギーはもう流れていないよ。解放時に登録したロックキーが扉に保存されてたままだったから運良く入れただけだしね』
リンダと渚の会話にミケがそう付け加える。もちろんその言葉は渚にしか届いていない。それからルークが注意深く周囲を見渡し、壁を見て眉をひそめた。
『なあ、これさ』
『何かしら。壁を何かがすった跡……のようだけど?』
『やっぱりそう見えるよな。なんだろうな、これ』
『この通路の大きさギリギリの何かが無理に通った跡のように見えますけど。それに……比較的新しいような』
ルークとウルミ、それにリンダがそう意見を交わし合う。
そのすれ跡は渚も初めて見るもので首を傾げながら横を歩くミケに視線を送った。
(なあミケ。前にあんなのあったっけ? あたしが気付かなかっただけかな?)
『いいや、あの跡は前にはなかったよ。これはちょっとヤバいかもしれないね』
(ヤバい?)
どういう意味なのかと渚が問おうとする前にミケが少し慌ただしく話を進めていく。
『この通路のサイズ、すれ具合。それらを僕がここまでに確認した対象物とマッチングかけて一番の確率で出てきた個体がこれだ。ほら、君の視界にも映しだそう』
『な!?』
唐突に視界に映ったその姿に渚が思わず声をあげ、その場にいる全員の視線を集めた。
それからリンダが心配そうな顔で渚に尋ねる。
『ど、どうしましたのナギサ?』
『いや……な。もしかするとこの跡ってガードマシンか機械獣によるものかもしれない』
『機械獣……だと?』
『ああ、どうもさ。このサイズからすると多分なんだけど』
続けて渚が口にした機械獣の名に全員の表情が固まった。
ミケが渚に見せたすれ跡を作り出した可能性のある存在。それは狩猟者にとっても、騎士団にとっても恐るべき相手であり、かつて渚が基地内で遭遇し葬った機械獣メテオライオスであった。
【解説】
ミケの記憶の欠落:
基地内で活動していた時点でのミケは行動ログこそチップ内に保存していたが、基地のデータベースより得ていた電子情報のほとんどを直接参照しており記録を取っていなかった。これはオフラインとなった時点で情報自体がチップ内に残らないため、情報漏洩防止の観点から適切な行為ではあった。ただ基地とのリンクが切れたことで情報の参照が不可能となったため、現在のミケは己が基地内でとった行動の意味を推測することしかできない。




