第113話 渚さんと次の目的地
ゴクリと己の唾を飲み込む音がウルミの耳に入ってきた。戦いは終わり、興奮覚めきらぬ周囲の中でウルミだけは冷静に渚の脅威を感じとっていた。
何しろ今回の戦いを見てもっとも肝を冷やした人物はウルミだ。ずっと剣を振るってきたウルミだからこそ分かった。渚が己の剣術を相当な再現度で模倣していたことを。
もちろんまともにやり合えば自分に分があるのは理解している。渚の剣は動きを『まだ』なぞらえただけのものに過ぎず、ウルミの域に到達しているとは言えないのだ。だが、それはあくまでウルミに届いていないだけであり、剣術に関しては標準的な実力のジンロを圧倒した技量であるのは間違いない。
最も問題はそこではない。ウルミは渚の剣の腕を知っていた。渚にアイテールソードの手ほどきをした際にその実力も『ある程度把握』しているはずだった。
だからこそウルミは今回の模擬試合を組ませたのだ。渚が勝利するかは分からぬが、ジンロとは接戦になり実力を示すことはできるだろうと。渚の技量を示せれば良いのだから勝敗に関しては重要ではなかったのだ。
そもそもジンロが強化装甲機持ちの狩猟者を嫌うのは、狩猟者が強化装甲機を大事に扱わない傾向が強いためだ。サイバネストならば強化装甲機を動かすことは難しくないが、戦闘に耐えうる技術に至るには当然訓練を必要とするし、メンテナンスに関して狩猟者たちに期待するのは一部の者たちを除けばそもそも無理な話だ。騎士団では扱えば数百年保つはずのものを魔法のように一瞬で台無しにするのが狩猟者だと彼らは教えられていた。
そのため、今では相当に高額な買取額を提示して使うより売り払う方が得という流れを浸透させてもいるが、ともあれ騎士団にとって強化装甲機を使う狩猟者というのは基本的に好かれていないのである。
だが、渚に関してそれは当たらない。操縦技術もさることながら、メンテナンスに関してはウルミよりも詳しいほどだ。戦闘により大破する可能性はあるが、無知故に壊されるという心配もないと。だからきっかけさえ与えれば渚は受け入れられるという確信がウルミにはあった。
(……実力を隠していた? いや、そんな馬鹿なことがあるか?)
だが渚がジンロを圧倒するというのはウルミの完全な予想外だ。
ただ実力を隠していただけならば分かるが、ウルミの剣術の模倣で勝ったというのが腑に落ちない。
(だとすれば、学習したとでもいうの? この短期間で?)
それも一笑に付したくはあったが、ここまでの経緯を考えれば渚は実力を隠していたのではなく、ウルミの戦いを見て学習して強くなったと考えるのが自然だろうとウルミは予測した。
『畜生、ナギサ。次は銃で勝負だ。俺は元々コッチ派だ』
『悪いがあたしもそっちの方が得意なんだが』
『嘘つけ。おら、やるぞ。射撃場はこっちだ』
そして何故か馬が合っている渚とジンロを見ながら、ウルミは考える。
(ただの子孫かと思ったが……調べる必要はあるか)
己の予想が正しければ、渚は……そう考えたウルミはひとり静かに今後のことを考えながら、その場を去っていく渚の後ろ姿を眺めていた。
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「で、話ってなんだよ?」
そして模擬試合から二時間後、ウルミに呼び出された渚はブリーフィングルームの一室に来ていた。そこにはすでにルークとリンダ、ウルミがいた。
「ジンロはどうした?」
「ケイをいじめてる。止めた方が良かったか?」
「そうか。いや……ジンロはああ見えて、教え方は上手い。まあ、ケイには強化装甲機を大破させたペナルティもあるしね。好きにやらせておけば良いわ」
今回の探索でケイに与えられていた強化装甲機は相当に年季が入っていたとはいえ、騎士団内での重要な戦力ではあった。カラーテチワワに接近戦を挑まざるを得ない状況を作ったことは、乗り手であり、従騎士団の団長でもあるケイの責任であるとウルミは判断している。
「とりあえず今後の方針を話したい」
「緑竜土の探索のことだよな?」
「そうよ。ルークと話したのだけれども、まずは地図を見てくれる?」
そう言ってウルミがテーブルの上に広げられた埼玉圏の地図を指差した。そこに刻まれた線は機械獣の集団、百鬼夜行の移動ルートだ。そしてルークが口を開く。
「ウルミさんと確認をしたんだが、このルートの通り百鬼夜行は埼玉圏の外を目指しているようだった。つまり目的を達し、帰っていたのだろうと俺たちは予測している」
「帰った?」
首を傾げる渚に、ルークが頷く。
「そうだ。機械獣というのはそもそも埼玉圏外の黒雨影響下に生息しているのが普通なんだ。埼玉圏に生息している機械獣は実のところ、珍しいタイプらしい」
渚はさらに首を傾げたがルークの「ここは有機資源が乏しいからな」という言葉で意味を理解した。機械獣は別に人間を狙って襲っているわけではなく、有機物をアイテールへと変換させることを目的としている。であれば砂と岩しかない埼玉圏にいること自体がそもそもおかしい話なのだ。
「けどさ。だったらなんで機械獣がいるんだよ?」
「それでも回収できる資源もあるからね。本当のところは分からないけど、ヤツらのアイテールを奪うことで地上の人間は生きながらえている面もあるのよ。いなくなったら、それはそれで困るでしょうね」
ウルミの言葉に渚とリンダがなんとも言えない顔になる。
「話を戻すぞ。基本的に機械獣は緑竜土には手をつけない。だがドラゴンのいた場所にはアイテールがあったはずで、まあ機械獣が去ったということはそこにあったアイテールは根こそぎとられたのだろうが、緑竜土が残されている可能性は高いわけだ。で、俺とウルミさんの予想ではここだ」
ルークが指差した先、そこはクマガヤから南側のエリアであった。
「ナメガワエリアですわね。ここなら近くを通っていましたのに」
「あの辺りは本当に何もないところだからな。だからルートから外してたんだがその判断は間違いだったわけだ」
リンダとルークの言葉に渚が眼を細める。相変わらずこの件でミケは口を出してこないが、アゲオ村との位置を考えればしっくりくるという感じが渚にはあった。
(そこに緑竜土が……)
緑竜土、そしてかつて渚が造られた軍事基地が果たして今どうなっているのか。
それは現時点での渚にはまだ知る由もないことだった。
【解説】
埼玉圏内の探索:
埼玉圏は砂漠と岩場が続き、天遺物が並び、大地の起伏は激しく、その上に瘴気は視界を遮り続けて、機械獣や野盗、野生獣の襲撃を警戒せざるを得ず、場合によっては黒雨による雷と雨を浴びせられることもある。故に埼玉圏の地図の距離と実際の移動時間ほどあてにならないものはないと言われている。




