第112話 渚さんと決闘
コエドベース内の中庭に設置された闘技場。
そこには今、騎士団関係者たちが次々と集まり、そして闘技場の中心には二機の強化装甲機が対峙していた。片方は騎士のジンロ、もう片方は渚が乗っている機体だ。彼らはウルミの提案で強化装甲機による模擬試合を行うためにその場にいた。
大いに騒めく周囲に少しばかり呆気にとられているルークが眉をひそめながらウルミを見た。
「なあウルミさん。なんかずいぶんと派手に騒いでるが大丈夫なのか?」
「問題はないわよ。騎士団内じゃあ、何かあればこれさ。分かりやすい。それに勝ち負けはともかくナギサの実力を見せればみんな納得はするでしょ」
ここに来る途中でウルミは、渚にアイテールソードを扱うための指導をしており、実際に操縦技術も見せられていた。結論から言えば、ウルミは渚に対して文句なく合格点を出しており、逆にマニュアルをインストールされた渚に教えられることがあったぐらいである。
「なるほどね」
「騎士団内では狩猟者に対してあまり良くない感情を持つ者もいる」
「逆もまた然りだが。ま、商売敵みたいなもんだからな。あんたらは強引に割り込んでかっさらう」
肩をすくめるルークに、ウルミは涼しい顔で「コシガヤシーキャピタルは埼玉圏の法だ」と返した。
「秩序のために必要があるのであれば介入し、必要なものがあれば手に入れる。それだけの話よ」
「正しいのはいつだってあんたらってわけか。まあ、後ろ盾の有無だよな。アンダーシティは基本地上のことなんざアイテールを供給するための道具程度にしか考えちゃいない。それで、本当にやらせて良かったのか? 多分ナギサが勝つと思うぞ」
ウルミが相手であればともかく、ルークの見立てでは渚がジンロに負けるとは思えない。だから、それで騎士団のメンツが立つのかという懸念があった。一方でその問いにウルミが笑う。
「メンツがあるからこそ、実力を見せた相手を否定はできない。アレも一応騎士だ。あいつだって馬鹿ではないわよ」
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『渚、調子はどうだい?』
ウルミとルークが話している頃、渚の方はといえば強化装甲機の中で新しく手に入れた装備の調整をミケと行っていた。
(んー、問題ねえんじゃないかな。バックパックもこれに変えたから身軽になったしな)
『ソードマンズパック。アイテールソードとブースター、それに左右にスラスターも付いたものだね。あちらも同じ装備だけど、構成からして本来は銃撃戦用に調整した機体だろう。分はこっちにある』
その言葉に渚は目を細めて相手を見た。ミケの言う通りにジンロは剣を得意としているわけではないのかもしれないが、それでもウルミと同じ騎士である以上油断できる相手ではない。対するジンロにしてもその構えに隙はない。
そしてウルミが拡声器を取り出して声をあげる。
『ナギサにジンロ。それじゃあそろそろ始めるわよ。勝負は一対一、武装はアイテールソード二本のみ。アイテールライトはリミッターを付けて衝撃吸収で固定しておきなさい』
『壊しゃしねえよ』
『問題ねえよウルミさん』
双方からの声にウルミが頷くと、それから右腕をあげた。
『結構。では、始め!』
そしてウルミが手を振り下ろしたのと同時に渚がブースターを噴かして一気に突撃する。
『てめえ。いきなりか』
『悪いがこの剣の練習台にさせてもらうぜチンピラ』
そう言って渚がアイテールソードを振るい、ジンロの機体がそれを受けたことで接触した箇所から緑色の火花が散る。出力にそう差はなく、その場で機体同士が軋みながら睨みあう。もっとも渚の方はといえば、すでに次の手をミケと相談しあっていた。
(ミケ。分かってるな。さっさと試すぜ)
『ああ、シミュレーションは十分。やろうかナギサ!』
『センスブースト!』
渚が声をあげ、チップがセンスブーストを作動させると渚の意識が加速していく。同時にミケが強化装甲機の制御を行い、一時的に出力のリミッターを解除すると機体を一気に押し上げた。
(ウルミさんの剣術。それを試させてもらうぜ)
そして弾き飛ばしたジンロの機体に対し、渚は記録していたウルミとブレードマンティスとの戦闘を基にした剣術を振るう。
『こおぉぉおおおいいいいいいいいつぅぅうううううう』
ジンロの声が伸びて聞こえるが、驚いているのは分かった。もっとも渚が返すのは言葉ではなくアイテールソードの刃だ。振るう剣撃を、或いはジンロは覚えのあるものと感じ取ったかもしれない。
それはウルミの剣のシミュレートだ。ウルミの戦闘を記録していたミケが、チップを介して渚の身体で再現させているのだ。通常時間内でそれを行うのは当然容易くはないが、渚はウルミの剣速を己がなぞれるようにセンスブーストで意識を加速させていた。
(これがウルミさんの剣か)
『イコールとは到底言えないけどね。彼女の剣はこれに独自のセンスが加わる。君にそこまでの到達はまだできないが、それでも近付くことはできる』
ミケの言葉の通り今の渚はウルミには及ばない。だがウルミの域に達していない者にその差を認識するのは難しいだろう。そして元より剣を得意としていないジンロにとってはウルミの剣に近い攻撃になすすべがない。
左右より迫る恐るべき斬撃の嵐にジンロは防戦一方となる。機体の反射防御と合わせてわずかに対抗できているが、攻勢には行き着けない。
『うぉぉおおおおお!』
『決着! 勝者ナギサ』
『ッ何ぃ!?』
攻撃を受け続け、機をうかがっていたつもりのジンロが突然のウルミの宣言に声をあげた。そして渚の強化装甲機が離れ、ジンロがウルミを睨むが……
『ジンロ、下を見てみろ』
拡声器から響くウルミの声に、ジンロは強化装甲機のカメラを下に向けて『あっ』と声を出した。気が付けば自分の強化装甲機の脚部が闘技場のラインを割っていたのだ。
『いつの間に……俺はここまで押し込まれていたのか』
ジリジリと擦った足跡を見てジンロが少しだけ自嘲の笑いを浮かべ、それから『確かに俺の負けだわ。クソが』と口にすると、周囲から歓声があがった。
「……どういうこと?」
一方、騒めく周囲の中でウルミは愕然としたかのような顔で渚の強化装甲機を見ていた。呆気に取られていたともいって良かった。なにしろ目の前で行われたこと、その異常さに気付けたのは彼女ひとりだったのだから……
【解説】
強化装甲機マニア:
騎士団の団員の多くは強化装甲機に対して信仰に近い敬意を抱いている。何故なら強化装甲機は騎士団設立から続く彼らの主武装であり、彼らの力そのものであり、偶像にも近いものだからだ。
そのため時折発掘される強化装甲機をメンテナンス技術も操縦技術もなく一ヶ月も経たずに乗捨て同然のように使い潰すことの多い狩猟者を嫌う傾向にある。




