第111話 渚さんとコエドベース
「ウルミ先生、良かった。やっぱり生きてたんですね!」
コエドベース。そうウルミが口にしたカワゴエシティ内の敷地内に渚たちが入ると、その場で待っていたらしいカモネギ従騎士団の子供たちが駆け寄ってくるのが見えた。
その中には副団長のアイもいて、ミケも団員たちを見回しながら『全員いるようだね』と口にする。どうやら彼女らも道中に誰ひとり欠けることなく街まで辿り着けたようだった。
そして、団員たちと一緒に歩いてきた男が手を挙げてウルミに近付いて行く。
「おう、ウルミ。今回ばかりは……と思っていたが、無事だったみてえだな。俺の娘はズダボロのようだが」
「悪いわねおやっさん。シータを傷物にしちゃって。まあ、大事な一線は守っといたから許してよ」
少し離れた場所でそのやり取りを見ていた渚が「あのおっさんは?」とまだ強化装甲機に乗っているケイへと尋ねた。ビィはすでに団員たちの輪に入っているのだが、ケイは強化装甲機の運搬を行っていたために、まだ近付けないでいたのである。
『エンジニアのバーナードさんです。コシガヤシーキャピタル内でも強化装甲機の整備においては右に出る人はいない方ですよ』
そのケイの言葉に渚がなるほどと頷いていると、バーナードがウルミの強化装甲機が積まれているビークルへと近付いていく。それからビークルの後ろで待機しているクロを見て「機獣使いがいるのかよ」と少し驚きの声を上げてから、ボロボロの強化装甲機を見た。
「しっかし、こりゃひでえな。ケイのはどうしようもないくらいだったが。ウルミ、お前のも相当にやられてやがるな」
「可動部に傷は付けちゃいないから、一応まだ動くんだけどね」
それがウルミのいう一線であったのだろうが、バーナードは「アホか」と返す。
「長時間の稼働と無茶な機動でフレームがガタガタだ。内部もどの程度負荷がかかっているかのチェックもしないといけねえから一度全部バラさねえとな。しばらくは徹夜になるわ。で、そっちの新品同様のはなんだよ? ケイ、お前。ぶっ壊したモンの代わりを持ってきてくれたってのか?」
『いえ、そういうことではないんですが……すみません』
「おやっさん、あんまケイを苛めんなよ。そいつはあっちにいるナギサたちのもんだよ。ああ、いいなあ。俺らに回されるのなんてボロボロのものばかりだしさ」
声が小さくなっていくケイに代わって言葉を返したのはビィだ。
それからバーナードはビィが指摘した渚へと視線を向けると目を見開き、渚がそこにいることがおかしいとでもいうかのように「なんでだ?」と口にした。
そのバーナードの様子に渚のみならず、リンダやケイたちも何事かという顔をしたが、そこにウルミが「おやっさん」と声をかけた。
「おやっさん。多分、下野した方々の子孫なんだろうさ」
「そ、そうか。うん、まあチンチクリンというかチンマイ感じだし、幼く見える傾向があるヤマト族だしな。まあ、ただ似てるだけかもしれねえか」
そのやり取りに渚が「なんの話だ?」と口にするが、ふたりとも曖昧に言葉を濁すだけだった。それから話す気は無さそうだと察した渚は周囲を見回しながら、次に気になっていたことを口にする。
「まあいいけどさ。それでウルミさん。取り敢えずは案内されるままに来たけど、ここって騎士団の施設なのか?」
「ええ、そうよ。ここはコエドベースという、カワゴエシティ内にあるコシガヤシーキャピタルの領地なの。この街は地理的に埼玉圏の中心に近いから、騎士団は基本的に一度ここを経由して埼玉圏内を活動しているのよ」
そう説明しているウルミの背後、施設の奥からガシャンという音が響いてきた。
『おいおい。戻ってきたのかよソードマスターさんよぉ』
「なんだ?」
「あら、いたのジンロ?」
渚が首を傾げ、ウルミがなんとも言えない顔をして声の方へと視線を向けた。
ルークとリンダも警戒した顔をするが、そこにいたのは緑色の強化装甲機だ。そして、その強化装甲機を見て渚が眉をひそめる。
「誰だよ?」
「ジンロという、私と同じ上級騎士よ」
ウルミがそう答えた。そんなやり取りも気にせずにジンロという男が乗っている機体がガシャガシャと音を立てながら近付いてくる。
『お前たちが今回カモネギを助けたっていう狩猟者か。助かったよ。馬鹿が壊した機体の代わりも用意してくれたようだしな。後で金はくれてやるから、そいつも寄越してもらおうか?』
「やんねーよ。厚かましーぞあんた」
唐突な言葉に眉間にしわを寄せた渚に対し、ジンロの乗る強化装甲機のカメラアイがギロリと向けられる。
『なんだよ。言って分からねえのか? 強化装甲機ってのは騎士のものだ。狩猟者風情には勿体無いシロモノだろう。ろくに使えもせずにすぐぶっ壊すくせに』
「おい、頭ごなしにどういう了見だジンロ。私たちの命の恩人にずいぶんな口の聞き方じゃあないか」
『うるせえよ、剣術馬鹿。そいつらも依頼として受けた以上、金のやり取り以上の義理なんてねーはずだ。ビジネスだろ』
「その報酬もまだちゃんともらってねえんだけどな」
渚の言葉に、ジンロが『チッ』と舌打ちする。
『分かってねえな。ロクに訓練も受けてないガキが使っても無駄に壊すのがオチだ。だろう? 従騎士の団長さんよぉ』
『!?』
指摘を受けたケイが悔しそうな顔をする。もっとも実際に強化装甲機を破壊させた前科があるために、今の彼は言い返すこともできない。
『狩猟者程度が図に乗るなよ。俺らが使ってやるってんだ。金を受け取ってさっさと消えな』
「買いてえならもっと態度を改めろよチンピラ。売る気もないけどな。大体、あんたがそんなたいそうな腕を持っているようにも見えねえっての」
『んだと、テメェ』
そのやり取りにウルミが『ハァ』とため息をつきながら頭をかくと、それから渚に声をかける。
「ナギサ、あのバカにちょっと強化装甲機の腕前を見せてあげて欲しいんだけど、良いかしら?」
「なんだよ。藪から棒に。別にいいけどさ」
眉をひそめる渚にウルミが少しだけ悪戯心をくすぐらせた笑いを浮かべてから、今度はジンロへと視線を向ける。
「ジンロ。問題なのが渚の腕前だというのであれば、使えるという実力を見せれば文句はないね」
『ハッ、馬鹿馬鹿しい。騎士である俺がガキ相手におままごとでもしろってのか?』
「逃げんのかよチンピラ」
渚の挑発に、ギリリとジンロの強化装甲機が軋む。それから機体の腕が伸びて、人差し指が渚に向けられた。
『ちんまいガキが偉そうに。いいだろう。乗ってやるよ。騎士様の力ってヤツを見せてやる!』
挑発に見事に乗ったジンロを見て、渚は少しだけ騎士の評価を下方修正した。そしてウルミたちとは違って、どうにもいけ好かない相手であると感じた渚は特に気負うこともなく、ケイを降ろして自前の強化装甲機に乗り込むのであった。
【解説】
コエドベース:
カワゴエシティ内にあるコシガヤシーキャピタルの領地である。敷地内はカワゴエシティではなくコシガヤシーキャピタルの法が定められており、騎士団などを含むコシガヤシーキャピタルの人間が埼玉圏内を移動する際の中継基地として利用している。




