第109話 渚さんと希望の種
『ウルミ姉ちゃん、無事だったんだな!』
『ああ、お前も無事で何よりだビィ。それにしても、まったくケイといい人の指示を聞かない奴らだな』
『僕はビィほどではないですよ』
『おい。ケイ、てめぇ』
再開したウルミとケイとビィがそんな風に言葉を交わし合っている。それを横目で見ながら渚は崖下まで降りてきたルークとリンダたちの元へと駆けていった。
『思ったより早かったなルーク、リンダ。ミランダとクロは上か?』
『ふたりには崖の上でビークルの見張りをしてもらっていますわ。予定の場所に着く前に会うことができましたので良かったですわよ』
リンダが上を見上げながらそう口にした。
機械獣たちとの戦闘が終わってからすでに六時間。渚はここでウルミやケイと共にルークたちが来るのを待っていて、ようやく合流となったのだ。
元々ルークたちとは所定の座標をあらかじめ決めてその場所に集まる予定でいたのだが、戦闘で手に入れたアイテールやパーツがバイクなどでは持ち運びできる量ではなかったため、リンダとクロに彼らを呼びに行ってもらっていたのだ。
『ああ、クロなあ。正直驚いたぞ。ブレードマンティスってのは俺にはやりやすい相手だけど、あそこまで接近されたらどうしようもないからな。思わず撃ちかけた』
『やりやすい?』
ブレードマンティスはセンスブーストを使用した渚でも倒せなかった相手だ。だが、ルークは渚の問いに特に動揺もなく頷いた。
『遠距離から狙撃銃で撃つ場合には比較的当たるんだ。後は火力を集中させればあいつら避けきれなくなるしな』
『ああ、ミケとはそうじゃないかって話はしてたんだけどさ。やっぱりそうなのか。まあ、今回は距離を取るような余裕もなかったしな』
先ほどの戦いを思い出して疲れた顔をする渚にルークが苦笑いをすると、それから離れた場所に置かれたものを確認しながら口を開く。そこにあったのはアイテールのインゴットだ。
『で、状況としてはどんなものなんだ? もう手伝うこともなさそうだが』
『そうだな。アイテールは一通りインゴットにして並べておいたから、あれをビークルに詰め込めればオッケーだ。パーツはウルミさんの言う通りに選別して土に埋めといたから後で回収だな。で、取り分に関してはうちでほとんど貰えるってさ』
ほとんどというのはウルミ自身が倒した分に関してはウルミの取り分としたためだ。ケイが倒した分は結局渚たちに借りたガトリングレーザーと強化装甲機に頼ったことと依頼者であるために報酬分として渚たちの所有としていた。
『だから、こっちで仕留めたブレードマンティスのブレードとジャイアントスカラベもうちで貰えるぜ』
『ふふふ。ブレードは街に戻ったら、両足に付けさせてもらいますわよ』
リンダが嬉しそうにそう口にする。
ブレードマンティスのブレードは機械獣のパーツの中でも武器に転用がしやすく、アイテールブレードとしても一級品だ。リンダが所持しているアイテールナイフよりも刃が長くて出力も高く、両足にセットできれば攻撃力の大幅な向上も見込めるはずだった。
『ブレードについてはここに来るまでにリンダに散々聞かされたよ。で、ジャイアントスカラベのパーツはアイテールソナーだな。機械獣の感知能力については未だに不明な点も多いんだが、そいつは俺らでも使える希少なものだからな。ビークルのセンサーヘッドに繋げば機能するはずだ』
『そうだね。僕が繋げて確認した限りでは瘴気内でも周囲100メートル程度の性能は確実だと思うよ』
ルークとミケの説明に渚が頷いていると、ビィたちとの話を切り上げたウルミが近付いてきた。それにルークが視線を向けて手を挙げて挨拶をする。
『やあ。あんたがカモネギ従騎士団の引率をしている騎士のウルミさんか』
『ああ、そうだ。それであなたがそちらのリーダーのルークだな』
ウルミの問いにルークが肩に付けている金色のワッペンを見せて頷く。
『狩猟者管理局所属、ゴールドランクのルークだ。リーダーというか保護者だけどな』
『ルーク。ルーク・タイザー。名前は何度か聞いたことがあるな。今回私たちの探索もあなたの報告書が元になっていたはずだ』
ウルミの言葉に渚やケイたちが少しだけ驚いた顔をしたが、ルークは予想していたのか知っていたのか頷いただけだった。
狩猟者調査局から直接依頼も受けるルークは、緑竜土の情報を調べて優先的にコシガヤシーキャピタルに流すように指示も受けている。そして、どうやらカモネギ従騎士団はルークが調べた情報を元に行動していたようだった。
『今回はそちらに随分と助けられた。で、そのついでというわけではないのだけれどね。そっちも緑竜土を探してるのであれば、共同で探索をしてみないかとナギサたちに提案をしたのだけれども』
ルークもそのことをリンダから伝え聞いていたので特に迷うことなく頷く。
『まあ、緑竜土探索専門のあんたらと共に探せるというのなら、こちらにもメリットはあるんだろうが……そこのナギサが野菜を育てて食べたいっていうんでね。見つけた緑竜土はこっちにも回してもらいたいんだが』
『聞いているわ。まったく贅沢な話をするわね』
『なんだよ、悪いのか?』
渚が眉をひそめてそう口にすると、ウルミが首を横に振った。
『いいえ。悪いわけではないわよ。ただ一部の裕福な家でもなければ食事についてはあまり頓着しない人間が多いし、食べたいというよりは金に変えたいという人の方が多いのよ』
『そうなのか?』
首を傾げる渚に、ルークが『まあ、そうだな』と口にして頷く。
『野菜を買い上げるようなヤツらは基本金持ち連中だ。俺らはエーヨーチャージとかゆばかり食べてるけど、うまいものを食べたいのであればVRシアターで済ませられる。金をかけようって輩はそれほど多くはないのさ』
その言葉に渚がVRシアターの仮想現実で食べた食事を思い出しながら、眉をひそめた。
『あれなぁ。美味かったけど、どうも微妙に本物より薄味って感じなんだよなあ』
『あら、まるで実際に食べたことがあるような言い様よね?』
『あ、いや。好みだよ、好み』
訝しげな顔をしたウルミの問いに渚が慌ててそう返す。
そこにルークが『で、だ』と口を挟んだ。
『緑竜土は回してくれるってことでいいんだな? 普段は色々とちらつかせて奪いに来るのに珍しいことだ』
『それに関しては色々とあるわ。一先ず緑竜土がこちらの監視下にあるのであれば私の口利きでどうとでもなる。今回助けられた件を考えれば、報酬としてもそれが一番あなたたちの益に叶うのではないかと思ったということもあるしね』
ウルミの言葉にルークが目を細める。
『監視下というのは?』
『簡単に言えば、緑竜土がどこにあるのか。それにどういう植物を育てているのか……そういうことを報告はしておいて欲しいのよ。これは前例があることでね。公表はしていないけれども、いくつかの組織や人間には緑竜土を与えて経過の情報を提供してもらっている』
そのことについて人づてで話だけは聞いたことがあったルークが『なるほど』と呟いた。
『それとあなたたちにとってもこれは重要なことだと思うけど、育て方と共に種子の提供もできる。まだ何を育てるのか、どこから種を入手するかも決まっていないのでしょう?』
その辺りの事情は渚からすでに聞いたのだろうと察したルークはその言葉に頷く。
パトリオット教団経由か、或いは『埼玉圏外に出て』採集するという方法も存在はしているが、現時点ではまだ具体的な案は出ていなかった。
そこに渡りに船な話が転がり込んできたのだ。そのことを頭の中で吟味しているルークに、横から渚が声をかける。
『な、なあルーク。スイカとトマト、きゅうりの種も……くれるっていうんだよ。これって凄くねえ?』
その言葉と共にヘルメットの内側からジュルリとヨダレの音が聞こえたルークは肩をすくめて頷いた。どうなるにせよ騎士団に借りを作れる状況というのは悪いものではないとルークは判断したようだった。
そして渚たちはカモネギ従騎士団と共に緑竜土を探索することを決め、ひとまずはアイ率いる団員たちが戻ったであろうカワゴエシティへと一旦向かうことにしたのである。
【解説】
カモネギ従騎士団:
かつて埼玉県越谷市には宮内庁埼玉鴨場にちなんだ鴨と特産品の越谷ネギを組み合わせた、ご当地グルメ『こしがや鴨ネギ鍋』が存在していたという。VRシアターなどで過去情報を知っている埼玉圏の人間は関連性が薄くとも過去に存在した名前を使用する傾向が強く、カモネギ従騎士団のネーミングもその一環だと思われる。




