第010話 渚さんと初めての狩り
『無茶ぶりじゃねえか……くそ』
渚が小さな声で呟く。
今の彼女は先ほどまで乗っていたビークルから離れ、ひとりと一匹で匍匐前進をしながらゆっくりと標的に向かって移動していた。
巨大生物が動く様子はなく、爆発も落ち着いたのか先ほどまで頻繁に発生していた振動が今はない。
『君も提案は肯定していたと思ったけどね』
『それがあたしがやるってのが前提じゃあなければ、両手を挙げて賛成できるんだけどな』
そう言いながらも、渚は進み続ける。
ビークル内でミケが最後に提案したのは、近辺をうろついている機械獣の破壊とアイテールの奪取であった。ミケが基地内で観察していた限りでは基地にいた機械獣が狙っていたのはアイテールであり、また獅子型機械獣の内部にもアイテールがあったこともミケは解析していた。
『機械獣がアイテールで動いているなら、機械獣を倒せばアイテールが手に入る。単純な話だろう?』
『まあ、そりゃあな』
言葉の上では確かに単純だ。戦って倒すということを考えなければ。
『生きるためだよ渚。君がプレーン味のエーヨーチャージだけでは不足だと言うのなら、相応の労働が必要になるんだ。働かざるもの、食うべからずとも言うだろう?』
そのミケの言葉に渚がため息をつきながらも前進する。
『それにビークルで逃げる際に、あれに追いかけられても困るんだ。障害は潰しておきたいからね』
『分かってるっての。だから、こうしてこんなものまでも持ってあいつに向かってんだろうが』
渚がそう言いながら手に持つものを見た。それはビークル内に並べられていたライフル銃だ。銃下部にアドオン式グレネードランチャーを装着したもので、銃弾もすでに装填済み。義手からインストールされた技術を読み出して、使用方法も把握している。
『安全装置は電子ロック式だけど、それはこちらで解除しておいたよ。持ち方は義手を接続したときにインストールされてるから問題もないはずだ。狙いはこちらで補正もするしね』
『補正ねえ。確かに銃の構えもなんとなくだけど分かるよ。正直これ、なんかキモチワリィ』
苦い顔をしながら渚がミケにそう返す。
自分が経験したわけでもない記憶が己の体を動かしているという、なんとも奇妙な感覚を渚は今味わっていた。それは基地で獅子型機械獣を倒してからずっと付きまとっているものだ。
『まあ、君の時代は違ったかもしれないけど僕の時代ではそれが当たり前だったんだ。より安価に優秀な兵士を生み出す。技術の向上というのは、求められた結果を生み出すための過程をどれほど短縮できるのか、どれだけコストを少なくできるのか……ということを突き詰めていくものだからね』
そう口にするミケに渚が『うへぇ』と言葉を返す。
ともあれ渚はゆっくりと、空も周囲も白い霧のようなものに覆われて太陽の姿も見えない砂漠の上を進み続ける。この霧は浄化物質というもので、光も音も通信に関わるものを歪め遮断するものなのだと渚はミケから教えられていた。そして、それは人体には毒性であり、生身で外に出歩くのは危険なのだとも。
だから、そのための備えもあって渚の現在の格好も先ほどまでとは大きく変わってもいた。ツナギにも似たトゲトゲのスパイクが無数に並んでいるプロテクタ付きの防護服に、背負ったエアクリーナーとパイプで繋がれたドクロに似た形状のヘルメットを被っている。それらはすべてビークルの中に置いてあったものだ。
『それにしても、これ思ったよりも着心地いいなあ。カッケエエから選んだだけなのに』
防護服はフリーサイズで体の小さな渚でも着れるように調整が可能なものだったが、その外見を端的に言えば世紀末世界の小さいチンピラといった感じである。
またドクロメットの頭頂部には薄型の全天球型監視カメラも設置されていて、それはミケの目の代わりともなっていた。
『けどさ。なんかこれ、明らかに基地内にいたヤツらの着ていたものとは趣が違うよな? なんかあっちのって宗教っぽくなかったか?』
渚が映像で見た人間たちは妙に小綺麗な、どこか宗教めいた格好をしていたのだ。現在の渚の格好はそんな彼らが身に纏っていたもののようには到底思えなかった。そして、その渚の疑問にはミケも同意の頷きを返す。
『確かにね。恐らくだけど、君の着ているものは、偽装用に使っていたものなんじゃないかな?』
ミケの言葉に渚が眉をひそめた。偽装ということは、実際にそうした輩もいて、それを模したということでもある。
『そんなのとは……会いたくねえな。姿だけならカッコいいけどさ』
そう返しながら、渚はまだこちらに気付いていない四本足の犬のような機械獣のいる方向へと視線を向けながら、腰を低くして匍匐前進を続けていく。
白い霧に覆われて肉眼では影にしか見えないものの、ミケによってフィルタリングした映像は直接視界に映し出されているため、相手の姿を渚ははっきりと確認できていた。
『カッコいいかはともかく、実用的ではあるよ。関節部や内臓部分はちゃんとカバーされているし、防護服にしても空気清浄装置と体温調節装置の使用が可能なんだ。テントの中に置いてあったのではそれが一番上等なものなんだから大事に使ってよね?』
『ま、命綱だからな。分かってるさ』
渚がそう返しながら、周囲を見渡した。相変わらずの砂山と岩、それに何かしらの建造物の一部のような大きな鉄の塊がそこらに転がっている。
『けどさ。本当にここってどういうとこなんだ。ミケがフィルタリングしてくれなきゃ霧で先は見えねえし、この霧って、その……浄化物質とかいうもんだろ。体に害がある。どう考えても人が住める環境じゃあないだろ。空気が綺麗なとこはねえのか?』
『端末のマップデータによれば、濃度らしき色分けがされていたし、浄化物質のレベルが低いところもあるみたいだよ。健康には良くないだろうけど、マスクをせずに生きられるところはあるようだ。さて、その話は後にして、ここからが有効射程圏内だ。渚、ライフル銃を構えて』
その言葉に渚が動きを止め、中腰になって持っていたライフル銃を構える。
『で、倒すならこっちのデッカいのを使うか?』
渚が銃口の下に設置された小さな大砲のような部分を見ながらミケに尋ねると、ミケが『飛距離が足りない』と返した。
『入っている砲弾はどうも捕縛用のものらしいけど、この距離だと普通の銃弾じゃないと届かないよ。ビークルに置いてあった銃弾も機械獣用の対装甲弾だし、十分効果はあるはずだ』
『ああ、そうなのか。けど、あたし……初めてなんだぜ? 上手くいく自信が正直ねえんだけど』
そう言って渚が自信なさげな顔をするが、ミケは『問題ないよ』と返した。
もっともそれは渚に素質があるということではない。脳内チップと義手の右腕、そのふたつがあれば成せるだろう……というただの判断をミケは口にしているに過ぎず、そのことを理解している渚も『わーったよ』と言って渋々頷いた。
『ま、やるしかねえんだしな』
それから渚は銃口を犬型の機械獣へと向け、スコープを覗き込んだ。
『それじゃあ、視界に弾道予測線を表示するよ。驚かないようにね』
『は、何だって? って、うわっ!?』
直後に渚の視界に無数の数字と銃口から伸びたいくつかの線が現れ、さらには機械獣をズームした映像も同時に表示される。
『ほら、見てよ渚。大きさもふた回りは小さいし、何より装甲が少なくて胸のコアが剥き出しだ。大丈夫だ。君なら楽勝だよ』
そのミケの言う通りに機械獣の胸には緑に輝く金属球があった。
『コア?』
『予測だけどね。アイテールライトの計測データからアレが機械獣の心臓部である可能性は高い』
『ともかく狙えってことな。それでこの線とか数字は何なんだミケ?』
『チップがライフル銃の弾道を予測して教えてくれているんだ。おや、あっちも気付いたみたいだね。君の声に気付いちゃったのかな?』
『え、ちょっと。おい、ミケ!?』
ウロウロとしていた機械獣が途端に自分の方に向かって走り出したのを見た渚が目を丸くする。もっともミケは焦らず、ヒゲを揺らしながら『ふぅん』と口にする。
『移動速度は想定以下か。これならセンスブーストなしでも行けるかな?』
『つか、速えぞ!?』
渚の目には凄まじい勢いでこちらに向かってくる犬型の機械獣が映っているが、ミケは気にした風もない。
『問題ないよ。さあ、撃つんだ渚』
『チッ、どうなっても知らねえぞ』
渚が照準に合わせてトリガーを引くとライフル銃から銃丸が発射され、次の瞬間にはぶつかり合った金属音がその場に響き渡った。
『外したか』
渚が舌打ちする。銃弾は機械獣に当たったものの、装甲に弾かれたのか明後日の方向へと飛んでいった。
『アレも相手の攻撃を、弾道を読んでいるね。距離が近づいた。射程距離に入ったし、捕縛弾を使おう』
『こっちのでかいのか』
渚は銃口の下に設置されているグレネードランチャーのグリップを握り、狙いをつける。
『直接当てられなくてもいい。足下を狙うんだ』
『こうか。うおっと』
渚が続けて砲弾を撃つとそれは空中で分解し、まるで蜘蛛の巣のように広がっていく。対して機械獣はそれも避けようと横に飛んだが逃げ切れずに足が絡まり、そのまま地面に転がっていった。
『捕縛ってこういう……』
『絡まったね。渚、とどめの一撃だ』
そのミケの指示に渚はライフル銃を構え直すと、表示された弾道予測線にそって銃を向ける。そして、トリガーを弾こうとしたとき、渚の脳裏に何かが浮かんだ。
(渚はね。FPSの方が合ってるんだろうねえ。ほら、狙って)
(うん。か…ね姉ちゃん、分かったってば)
一瞬の思い出が浮かんで消えた。顔は思い浮かべられない。名前も分からない。けれども自分の今の行動に渚は覚えがあった。姉が自分にはいたのだと理解し、『かつてのように』狙いを定めて落ち着いた気持ちでトリガーを弾いた。
(ヘッドショットとか、弱点を狙えば一撃で倒せる。ああ、そうだったよな姉ちゃん)
そして放たれた銃弾はまるで吸い込まれるように機械獣のコアへと直撃し、緑色の放電が起きて機械獣が崩れ落ちる。
『うし、やった!』
その光景を見た渚が、グッと拳を握りしめて歓喜の声を上げる。
こうして渚は機械獣との二戦目も無事に勝利を収めたのであった。
【解説】
機械獣:
渚たちが遭遇した、獣のフォルムをしたロボット。アイテールを動力とし、アイテールを求めて行動しているようであるが、その詳細は不明。少なくとも軍事基地のライブラリーに該当するデータはなかったようである。




