最終話:神無き世界におじさんの加護を
ボインプルンの計らい(姦計)によって開かれた和平交渉は、見事にガリベイン王国側の敗退となった。
ドンカスター達の悪行を知った神獣――もとい君子はパラおじ側に付き、結果的にドンカスターはダブル神獣のツープラトン攻撃を食らう羽目になったのだからたまらない。
現在、交渉後に拉致されたドンカスターは、パラオジ城という名の野営テントの中で正座させられていた。それを見下ろすように座っているのは女王となったナターシャ。その脇にはマリマリ及び母親のムルムルが立っていた。
「そんなわけでドンカスター王を連れて来たわけですが、どう処理します? マリマリ大臣」
ドンカスターを軽く押さえつけたまま、パラおじはマリマリにそう尋ねた。一応パラおじの主はマリマリということになっているので、そちらから話を通すのが筋と考えたのだ。
「あの、いくら悪い人でもあんまり乱暴な事は......」
パラおじにおずおずと意見したのは、横に控えていた君子だった。あのままガリベイン城に放置しておくわけにもいかないので、パラおじは賓客として彼女を連れてきていた。
「大丈夫ですよ。マリマリは優しい子ですから、そんな乱暴な事は」
「じゃあ、しけい!」
「えっ!?」
マリマリが軽いノリでそう言うと、周りがぎょっとした。中でもドンカスターは顔面を蒼白にし、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「た、頼む! 殺さないでくれええええええ!」
「ジョーダンだよ」
「マリマリ、ちょっと今の状態だとシャレにならないからやめてやれ......」
マリマリは子供っぽく笑ったが、ナターシャがため息を吐きながらたしなめた。ムルムルもマリマリの頭を軽く叩いた。マリマリは不満そうに頬を膨らませる。
一見和やかな雰囲気だが、ドンカスターは気が気ではない。なにせ目の前のクソガキの一言で自分の命運が決定してしまうのだから無理もない。
「ん-、じゃあ、だいじんにする」
「大臣だと? この僕がか!?」
「文句を言える立場か? 殺されないだけありがたく思え」
マリマリとナターシャの言葉に、ドンカスターは唇をかみしめた。大国の王として君臨していたのに、パラオジランドなどという訳の分からない国の大臣とは、ずいぶんと落ちぶれたものだ。
(王権に食い込んでいればまだ復権するチャンスはある! ここは耐えるんだ!)
もともと悪だくみは得意な男である。ドンカスター自身もそれは自覚しているし、一応この場には一人だけではなく同じような連中が捕縛されている。時間は掛かるが手駒さえあればなんとかなるかもしれない。
――ドンカスターは知らなかった。子供の恐ろしさというものを。
「そうじだいじんね」
「えっ!? 総理大臣?」
「ちがうよ。そうじだいじん。みんなの家のおそうじとかする係」
「ただの雑用係じゃないか!」
たまらずドンカスターは立ち上がって抗議した。そんな子供のギャグのノリで一生を決定されてはたまらない、だが、ナターシャは腹を抱えて笑っていた。
「はっはっは! それはいいアイディアだぞマリマリ大臣。この男とその取り巻きは汚れきった男だ。少しは汚れを落とす修練を積むのも悪くないだろう」
「ナターシャ! 貴様っ!!」
「これでも真面目に温情を掛けているんだぞ兄上。今のパラオジランドはほとんどの市民がお前に憎しみを抱いた者ばかり。それに竜や魔獣といった存在もいる。さらに、同盟を結んだエルフ族が、エルフ狩りをしたお前を許しておくかな?」
「ぐっ、そ、それは......!」
「マリマリが命じた役割がある以上、お前は少なくとも命は保証される。便所掃除をしているうちが華だ。さて、これにてドンカスター王とその一味の処遇は決まったな」
「そ、そんなの嫌だああああああ!」
ドンカスターは子供のように泣いて暴れたが、ナターシャの配下となった元ガリベイン王国兵に両腕を拘束されて引きずられていった。掃除大臣ドンカスターとその一行は、当面の間、利益をむさぼってきたツケを払わされそうだ。
「さーて、これで大体終わったかな」
テントから出て、パラおじは伸びをした。雲一つない空は突き抜けるような青さで、広がる大草原は太陽に照らされ輝いていた。パラオジランドのごたごたが片付いたら、無政府状態となったガリベイン王国はナターシャが治めることとなる。
事実上、ナターシャがガリベイン王国の女王の座に返り咲いた事になるし、防衛力として竜や魔獣たちも追加された。悪いようにはならないだろう。
「あの、それはいいんですけど、私は一体どうしたら......」
騒動が一段落してのんびりとしているパラおじとは対照的に、君子は不安そうに尋ねる。彼女は突然異世界に呼び出されたのだ。パラおじのように来たかったわけではない。
「あー、それは......どうしよう?」
「どうしようって、帰る方法とか知らないんですか!?」
「ここに送り込んだ女神様が時が来たら返してくれるとは言ってたけど」
「お呼びになりましたか?」
パラおじの言葉に呼応するように、突如として目の前に巨乳女神が姿を現した。もう何度目か分からないので、二人はそこまで驚かなかった。
「女神様じゃないですか。お陰様で研究も大分はかどりましたよ」
「ええ、ずいぶんとこちらの世界の異形の力を取り込んだようですね」
ボインプルンは何故か嬉しそうに微笑んだ。パラおじは地球上の生命体に加え、この世界でも最上位と呼ばれる存在の遺伝子を取り込んでいた。フェンリルを始め、竜やガルム、それにエルフ達にも協力してもらい、体毛などを少しだけ分けてもらっていたのだ。
地球とはまるで違う遺伝子構造のため、解析に時間は掛かるだろうが、やがて究極細胞がそれらの遺伝子をも吸収して進化を遂げるだろう。
もともと、生命とはそういうものなのだ。外来種と呼ばれ排除されている者たちも、何百年も前は全く違う場所に住んでいた者が多い。世界中に住まう人間も、元々はアフリカ原産といわれている。
そうやって世界は長い時を掛けて『進化』をしてきたし、これからもそうだろう。たとえ異世界を跨いだとしてもだ。
「さて、なかなか面白い見世物をしていただいたお礼に、そろそろ帰還させてあげましょうか?」
「本当ですか!?」
ボインプルンのセリフに君子は表情を輝かせた。だが、パラおじは即答しなかった。
「どうしたのですか? 元々あなたは地球に無い特性を求めて旅立ったのでしょう? もうすでに相当な目新しさを得ているはずですがね」
「それはまあそうなんですが」
パラおじの当初の目的は、地球人のために異世界の遺伝子を取り込んで研究することだった。そういう意味ではほぼ達成したと言っていい。しかし――。
「パラオジ、いっちゃうの......?」
テントの陰からそっと小さな影が顔を出した。ハーフエルフの少女マリマリだ。マリマリは泣いていた。
「マリマリ、神獣様は私たちに加護を与えるために君臨してくださったのよ。いつまでも頼っていてはいけないわ」
「やだやだ! パラオジのあるじはマリマリだもん! いかないでってめいれいするもん!」
ムルムルがマリマリを優しく抱きしめるが、マリマリは大泣きし始めてしまった。その声を聞きつけたのか、フェンリルやナターシャ、その他あらゆる者たちが何事かと近づいてきた。
それに構わず、ボインプルンは門を開く。空に開いた円状の結界の向こうには、異世界人からしてみたら奇妙で、パラおじ達からしたら懐かしい日本の街並みが見えた。
「さあ、早く門に飛び込むのです。とっとと飛び込まないと閉まってしまいますよ」
「パラおじさん! 早く行かないと!」
君子はすでに門の前に立っていた。一方、パラおじは下を向き、彼にしては珍しく黙り込んでいた。それから少しだけ間を置き、パラおじは顔を上げた。
「......ご主人様の命令じゃあしょうがないな!」
何かを振り切るように、パラおじは笑みを浮かべて大声を上げた。その瞬間、号泣していたマリマリがぴたりと泣き止む。
「......本当に行かないの?」
「もちろんさ! なにせ俺はマリマリの契約者、神獣パラおじだからな!」
パラおじはそう言って、マリマリを高い高いした。すると、マリマリは涙をごしごしと服で拭い、空に輝く太陽よりもまばゆい笑みを浮かべた。
「やっぱりパラオジは神獣だったんだね!」
「そうさ! それに俺はまだこの世界の強者の遺伝子を全部取り込んでないからな。研究はまだ途中なのさ」
そう言ってパラおじは、マリマリを小脇に抱えたまま、ボインプルンに近寄った。
「というわけでして、俺の日本行きはキャンセルでお願いします」
「本当にいいのですね? 次にこの世界に来るのはかなり先になると思いますが」
「大丈夫さ! 屋久島の杉の木なんか何千年も生きてるんですよ? 俺だって研究に何千年だってかけて待ちますよ」
そう言うと、ボインプルンは微笑んだ。恐らくパラおじがそう答えるのを予想していたのだろう。
「いいでしょう。あなたは中々面白いものを見せてくれますからね。もうしばらく生かしておく価値がありそうです」
「いやだなぁ、まるで悪役みたいな事言わないでくださいよ」
「ふふ、どうでしょうね」
ボインプルンは優雅に笑う。その表情の下で何を考えているかは分からないが、とにかく、パラおじの望みは叶えられたのだから、今はそれでよしとした。
「あ、そうだ! 君子さん、これを持って行ってくれるかな?」
「なんですこれ? たてがみ?」
君子は金色の長毛を一房渡された。
「それには今の俺の遺伝子が詰まってます。まあ現時点での提出レポートみたいなもんですよ。俺自身はこの世界に残りますが、地球のためにやった研究成果の一部として役立ててください」
「はぁ......」
君子はあいまいに返事をする。そして、そのまま一礼し、門の中に足を踏み入れる。その瞬間、君子の意識は朦朧としだした。
「忘れないでくださいよ! たとえ何百何千年経ったとしても、パラおじは必ず地球へ帰還すると!」
薄れゆく意識の中、最後に君子はそんな言葉を耳にしたような気がした。
「……あれ?」
気が付くと、君子はいつもの通学路に立っていた。周りを歩いていく人々は、君子の事など気にも留めていない。辺りを見回してもいつもの風景だし、スマホで日時を確認しても、最後に見た時から一分も経っていなかった。
「幻覚でも見たのかな? あれ、なんだろうこの毛?」
なんだか妙にリアルな夢を見ていた気がするが、その内容が思い出せなかった。ただ、いつの間にか君子の手には金色の動物の毛のようなものが握られていた。
「やだ! 何これ気持ち悪い!」
君子は動物を飼っていないのに、何故か犬の毛ともつかない何者かの体毛を握りこんでいた。それが妙に胸騒ぎがして、慌ててその毛を投げ捨てた。体毛は風に吹かれ、空へと舞い上がりどこかへと飛び去って行った。
「ふう、あっ! 学校行かなきゃ!」
たまたま糸くずでも絡んでいたのだろう。君子はそう考え、日常へと戻っていった。いつもより遅く家を出たので時間に余裕が無く、奇妙な違和感はすぐに日常の時間に押し流されていった。
「ふう、やっぱりそう上手くは受け入れられないかぁ」
はるか遠くの山奥まで、タンポポの綿毛のように飛んで行った体毛が突然喋り出した。その体毛はみるみるうちに姿を変え、体長は軽く3メートルを超え、金色の体毛に覆われた岩のような体。鋭いかぎ爪の付いた腕は六本。背中には翼竜のような翼が生えた怪物――パラおじになった。
前回と違うのは、魔力と異世界の生命体の力を内包した、パラおじ改とでも言うべき新しい生命体である。
「まあ予想してたけどね。しょうがない。異世界の俺も頑張ってるし、こっちの俺も頑張るとするか!」
初めて人間をやめた時は動揺してばかりだったが、今のパラおじは違う。あらゆる脅威を弾き返す力を持ち、異世界でパラオジランドという加護を与えた神に等しい獣なのだ。
ならば、この神無き世界にも、自分の力で加護を与えてやろうではないか。
これから先、また迫害されることもあるだろう。だが、そんな悪意や偏見など気にも留めない自信が内面から満ち溢れている。
パラおじは、前と違ってこそこそ逃げ回ることはせず、まるで王者の行進のように悠々と歩いて山を下っていった。
――それから数年後、異世界パラオジランドと地球パラオジランドという二大超国家が誕生し、文字通り世界を股にかけた交流を始めることになるのだが、それは少し先の話である。




