20:和平交渉
千十院君子は優秀な女子高生である。メガネを掛けていて小柄なので地味な印象を受けるが、顔立ちは驚くほど整っている。勉強も運動も出来るし、家は誰もが知る大企業の一人娘。
まさにガチャSSR。将来は約束されたようなものだと周りからは言われていた。だが、人間の人生とは最初が良くても想定通りに行かないものなのだ。具体的に言うと、現在、君子は異世界に無理矢理召喚されていた。
「おい! 本当にこれがあの神獣の上位種なのか!? どう見てもただの小娘にしか見えんぞ!」
「いいえ、間違いなく神獣の同一種ですし、その中でも上位に属する存在です」
ドンカスターの疑問にボインプルンは答えた。確かにベーシックパラおじと君子を比べたら、社会的な立場は君子の方が上なのは間違いない。つまりボインプルンは嘘は言ってないのだ。
「あの......ここはどこでしょうか? 私、なんだか突然開いた闇の中に吸い込まれて、気付いたらここに」
「☆◆×!!」
「えっ? あの、意味が分からないんですけど、外国の方でしょうか?」
君子はおずおずとドンカスターに尋ねたが、まるで聞いたことの無い言語に戸惑った。君子は五か国語を喋れるエリートだが、そのどれでもない言語だった。
「実は、彼らは今危機に瀕しています。一国が滅ぶか否かの瀬戸際なのです。そこで、救世主としてあなたをお呼びしたというわけです」
「あなたは普通に日本語を喋れるんですね」
「ええ、女神ですから」
ドンカスターの代わりにボインプルンが笑みを浮かべながら答えた。
ちなみにパラおじが普通に異世界人と会話出来たのは、パラおじの究極細胞の効果だ。全ての生命の遺伝子を持ったパラおじは、知的生命体ならどんな動物とでも意思疎通ができる。それを流用したのだ。
「女神? 救世主? あの、私にそんな大役務まりませんよ。第一、ここがどこかも分からないんですよ?」
「ここはとある異世界ですが、今、神獣と呼ばれる怪物に世界が支配されつつあるのです。そして、その神獣とはあなたと同じ世界の住人......つまり地球人なのです!」
「ええっ!? 異世界転移ってことですか!?」
君子は驚いたが否定はしなかった。本をたくさん読む君子は異世界転移というジャンルがある事は知っていたし、突然目の前に現れたファンタジックな人々を見て、現実を否定するほど愚かではない。
「彼らは地球人の手によって王国を奪われようとしています。そこで、聡明なあなたにお願いしたいのです。地球から現れて大暴れしている人間を説得するのです」
「そんな......私はただの女子高生ですよ!? そんな人の説得なんて無理ですよ!」
「大丈夫ですよ。相手は理性的で穏やかな人間ですから。きちんと話し合いをすればちゃんとわかってくれますから。女神であるこの私が保証しましょう」
「本当に大丈夫なんですか?」
「もちろんですとも」
ボインプルンは子供をなだめる様に穏やかな口調で説得した。君子はかなり悩んでいたが、やがて表情を引き締めてボインプルンをまっすぐに見つめる。
「分かりました。私がそういう使命を持って呼ばれたのなら、その悪い地球人と対話をしてみます!」
「素晴らしいですね! それでこそ女神が見込んだ人材!」
ボインプルンが拍手をすると、君子は照れたようにはにかんだ。異世界から勇者として呼ばれたという事に、正直なところ少し浮かれているようだった。なお、ボインプルンは元凶をこの世界にぶち込んだことは伏せていた。
「話はまとまりました。早速、神獣と交渉がしたいと使者を出してください」
「我々には話が全然分からなかったんだが、本当に大丈夫なのか?」
「もちろんです。彼女は同一種が暴れまわっているのは許せない。この命に代えても交渉に臨むと言っています」
そこまでは言っていないが、ボインプルンはお互いの言語が分からないのをいいことに適当な翻訳をした。それを聞いたドンカスターたちは、希望の光に表情を明るくした。
「見てください彼らの嬉しそうな表情を。彼らの命運はあなたに託されたのです」
「本当に嬉しそうですね。よほど怖い思いをしていたんでしょうか」
君子は決意を新たに、胸元でぎゅっと手を握る。戦ったりは出来ないが、人間同士なら対話出来る。地球人として頑張らねばと震えを抑え込んだ。なお、ボインプルンはドンカスター達が人間のクズのような行いをしていることも伏せていた。
◆ ◆ ◆
「というわけで、あれが地球から現れた神獣です。さあ、交渉をお願いしますよ」
「話が違うじゃないですか!」
翌朝、まぶしい朝日が降り注ぐ中、王城の中庭で会談が開かれることとなった。パラおじは素直に応じて一人で来ていたが、君子はぶるぶると震えていた。
「人間じゃないじゃないですか! あれ、SNSで見た怪物ですよ!? まさかこの世界に逃げ込んでいただなんて......」
「いえ、あれは間違いなく人間ですよ」
「ど、どこがですか!?」
君子はおぞましい六本腕のライオンもどきを見て、今すぐにこの場から逃げ出したかった。世界を恐怖のどん底に突き落とした後、突如として姿を消した怪物が目の前に居るのだ。
活動していたのは数時間だったし、その後の消息不明となったので、何かのドッキリかフェイクニュースだと多くの人間が思い始めた頃だった。まさか異世界で暴れ散らかしているなんて夢にも思わなかった。
「私を帰らせてください! あんな化け物に近づいたら食い殺されちゃうよォ!」
「いまさら悔やんでももう遅いのです! あなたが逃げ出したら、後ろで待機している皆が全員死ぬかもしれないのですよ!」
「うぅ......でもぉ......」
中庭のはずれで、ドンカスターを始めとする人間たちが会談の様子を窺っていた。この交渉で自分たちの運命が決まるのだから無理もない。
「どちらにせよ、私がゲートを開かない限り帰れないのです。その条件は、あの怪物と和平交渉をすることです」
「こんな話聞いてませんよ! ひどい! 騙したんですね!」
「嘘は吐いていませんよ。それよりも早く行かないと、怪物が痺れを切らすかもしれませんよ?」
ボインプルンが遠回しにさっさと行けと促すと、あわれな君子は半泣きになりながら怪物に恐る恐る近寄った。普通のライオンに近づけと言われた方が数億倍マシだろう。
「あれぇ!? こんなところに女子高生が!?」
「喋ったあああああああ!?」
君子は、突然喋り出した巨大な怪物相手に悲鳴を上げた。思ったより人間っぽい声をしていたのがまだ救いだったが、それでも恐ろしいものは恐ろしい。
「地球に来ただけじゃなくて異世界にまで......やっぱり地球外生命体だったのね!?」
「失礼な! おじさんは誇り高き地球生命体だよ! メイドインジャパン......いやアースだよ!」
パラおじは憤慨した。怪物扱いされることは我慢できても、地球外生命体扱いされるのだけは我慢ならない。それは、パラおじの研究そのものを否定することになるからだ。
「第一、君こそ、そんな悪人たちに加担して非人道的だとは思わないのかね! 交渉役が居ると聞いてたのにガッカリだよ!」
「悪人? あの人たちがですか?」
「え? 知らなかったの?」
「はい。ただ単に国が危機に瀕しているから交渉役になれとしか......」
「あー、そういうことね。じゃあ一から説明した方がいいか」
意図的に説明していなかったボインプルンに代わり、パラおじは今までの事を全て包み隠さず話した。自分の研究内容、この世界に来た経緯、そして、今は新たな国で善良な人々を助けている事をだ。
「その話が本当なら、悪いのはあの人たちじゃないですか!」
「本当だとも。この幌筵原幸之進の命を賭けてもいい」
パラおじはまっすぐに君子を見つめ、そう答えた。今の体を怪物と呼ばれても仕方ないが、心は間違いなく人間なのだ。だから、信じてもらうためには誠心誠意、心を込めてお願いをするしかない。
しばらくお互い見つめ合っていたが、君子がふっと表情を緩めた。
「......分かりました。おじさんは見た目はちょっとアレですけど、善人みたいですから」
「信じてくれるのかい?」
「信じます。これでも人を見る目はある方だと思いますから」
その言葉を聞いた瞬間、パラおじの中で何かが弾けた。そして、顔から出せるだけの体液をドバドバ流しながら泣き出した。
「ちょ、ちょっと! 泣かないでくださいよ!? 私、何かひどい事言いました?」
「ち、違うんだ! おじさん、人間扱いされたの初めてだから嬉しくて......! うおおおおおん!!」
「あーよしよし、大変でしたね」
パラおじはいつまで泣き止まなかったので、仕方なく君子はたてがみを撫でた。その様子を遠巻きに見ていたドンカスター一行はどよめきだす。
「お、おい! あの怪物が泣きだしたぞ!? もしかして交渉は成立したのか!?」
「いえ全然ダメですね」
「は?」
てっきり上位神獣が下位のパラオジをねじ伏せたのかと思っていたのに、ドンカスター達はいきなり冷や水をぶっかけられた。
「どうやらあなたたちの悪事が全部バレてしまったようですね。あんな怪物のたわごとを信じるなんて、君子さんは素晴らしい心の持ち主ですね。私、少々感動してしまいました」
ボインプルンはくすくすと笑う。なにわろてんねん。
「何を笑っているんだ!? 話が違うじゃないか! この国を救ってくれるんじゃなかったのか!?」
「何も話は違いませんよ? 交渉するしか道は無いと言って、交渉相手を用意した、そして決裂したというだけの話です」
「可能性があると言ったじゃないかああああああああああ!!」
「だから、可能性があるだけであって成功するとは言っていませんよ。第一、創作だと1パーセントの可能性とかよく言いますが、1パーセントですよ? 100回やったら99回は失敗するんです。この結果は当たり前でしょう」
ボインプルンはしれっとそう言い捨てた。
「じゃあそう言うことですから。私はこの辺でいったん離れますか」
「ま、待て! じゃあ我々は一体どうなるというんだ!?」
「どうなるもこうなるも、あとはパラオジランド次第でしょう。まあ死にはしないでしょうから安心ですね」
ちっとも安心できない捨て台詞を残すと、ボインプルンはまるで煙のように消え失せた。
「ま、待ってくれえええええええ! ......ぇ?」
虚空に消えたボインプルンを掴もうと手を伸ばすと、毛むくじゃらの何か巨大な物が手に触れた。見たくなかった。信じたくなかった。だが、現実は非情だ。
「こんにちは。ドンカスター王」
「げぇ!? パラオジ!?」
交渉が終わったのか、いつの間にかパラオジはドンカスターの目の前に立っていた。そして、そのままドンカスターの腕を掴む。
「ちょうどよかった。何度も来るの面倒だし。このままあなたをパラオジランドに連れて行く。もちろん、他の方々も一緒にね」
「助けてくれええええええええ!」
ドンカスターはめちゃくちゃに暴れながら逃げようとしたが、パラおじの剛腕から逃げ出すことは不可能だ。というより、他のメンバーもいつの間にか増えていたパラおじクローンに捕まっており、全員捕虜になっていた。
「じゃあ案内しようか。夢の国パラオジランドへ」
パラおじは冗談で言ったのだが、それはドンカスター一行にとって、地獄への片道切符だった。
次回でたぶん最終回です。




